10話 水族館は、危険がいっぱい
テストも終わり、少し気持ちが落ち着いた週末、俺は駅前で人を待っていた。
5月も終わろうかという時期なので、日差しがかなり強くなってきた。
「長袖は失敗したか?」
なんてことを呟きながら、俺は空を見上げた。
青い空は、とてもお出かけ日和であることを教えてくれる。
「お待たせー」
そう言って、現れたのは冬野瑞希。
白いレースのついた長袖のシャツに、黒のキャミワンピース。
手には白い手持ち鞄を持っていた。
そして、もう片方の手には、天使を連れていた。
「そらとおにいしゃん!」
その天使は、俺を見つけると、彼女の手を離して俺の元に駆けてきた。
「おー。おはよう、由夢ちゃん」
「おはようございましゅ」
俺は彼女を受け止めると、そっと抱き上げた。
「ごめんね、ちょっと準備に手間取っちゃって」
「いいよ、全然。俺も今来たところだし」
俺は事前に準備していた言葉を言って、腕に抱えた由夢ちゃんの頭をなでた。
すると、由夢ちゃんは嬉しそうに身をゆだねてくれた。
うん、やっぱり可愛い。
天使だ。
「それじゃ、行こっか」
「いくー!」
「そうだね」
元気よく手を挙げた由夢ちゃんを抱えて、俺たちは目的地へと歩き始めた。
ちなみに目的地は水族館である。
そもそも、どうしてこうなったのか。
それは数日前まで遡る。
中間テスト最終日。
テストが終わり、それぞれが喜びの声を上げる中、俺の席に瑞希がやってきた。
「お疲れ~」
「おっす、お疲れ」
「あのさ、今週の日曜って空いてる?」
「あぁ、空いてるけど、どうしたんだ?」
「実は、由夢が天斗に合わせろってうるさくて」
「由夢ちゃんが?」
「そう」
どうやら由夢ちゃんが俺と遊びたいらしく、週末水族館にでも行かないかという誘いだった。
あの天使にまた会いたいと思ってもらえたとは、なんと光栄なことよ。
「分かった。俺もまた由夢ちゃんと遊びたいと思ってたし」
「ほんと?じゃぁお願いしてもいい?」
「勿論。どうせ暇してるんだし、外に出るべきだしな」
「それもそっか」
そうして、俺たちは三人で出かけることになった。
と、言った経緯で今に至る。
現在俺たちはチケット売り場でチケットを購入し、これから入ろうとしているところだった。
水族館に着くと、由夢ちゃんをおろして、俺と瑞希で由夢ちゃんの両手を繋いだ。
「楽しみだね」
「うん!」
瑞希が由夢ちゃんにそう話しかけると、由夢ちゃんは強く頷いた。
こうしてみると、やっぱり姉妹だなと思った。
それに、なんと言うか、お姉ちゃんの瑞希は、普段のフレンドリーな感じとはまた違って、優しさに満ち溢れていた。
やばい、ちょっとギャップかも。
「そらとおにいしゃんはたのしみ?」
「楽しみだぞ」
そう言うと、由夢ちゃんは嬉しそうに笑った。
こうして、俺たちは水族館へと入っていった。
「わあーーー!!」
水族館に入ると、由夢ちゃんは驚いた顔で辺りを見回した。
その目からはワクワク感があふれ出ていた。
「あんまり遠くに行っちゃだめよ」
「はーい!」
そうやって元気よく返事をすると、由夢ちゃんはさっそうと水槽の方へと駆けていった。
「楽しそうだな、由夢ちゃん」
「そうね。たぶん、天斗がいるからじゃないかな?」
「そうなのか?」
「うん。たしかに元気いっぱいの子なんだけど、ちょっとだけ人見知りなところがあるから」
「そうなのか?」
初対面から俺になついてくれていたので、てっきり人懐っこい子かと思っていた。
それを聞くと、俺はあの天使に選ばれた数少ない精鋭なのだと思い、無性に嬉しくなった。
「じゃ、俺たちも行くか」
「そうだね」
そうして、俺と瑞希も由夢ちゃんの後を追った。
「いるかしゃんかわいかった!」
「そうだねー」
少し早めのお昼ご飯を食べ、午後一番のイルカショーを見た俺たちは、少し休憩がてら座りながら見ることのできる大きな水槽の前に来ていた。
「わーおっきなおしゃかなしゃん!」
「あれはジンベイザメって言うんだよ」
「じんべいざめ?」
「そう」
「じゃぁ、あのおっきなかめしゃんは?」
「あれはウミガメって言うんだ」
「しゅごーい!そらとおにいしゃん、なんでもしってりゅんだね」
「まあな。俺もお魚さん大好きだったから」
「しょうなんだ!」
そう言うと、由夢ちゃんはひょいっと立ち会があって、俺の元へと来ると、腕を引っ張ってきた。
「そらとおにいしゃん、あっち見に行こ!」
「おう、いいぞ」
俺はそう言って、彼女について行く。
瑞希に目配せすると、彼女はここで待っているからと言って座ったままでいた。
そのため、俺は由夢ちゃんと二人で水族館を回ることになった。
「しゅごかったね!」
「そうだねー」
「おしゃかなしゃんいっぱいいた!」
「そうだね、いっぱいいたねー」
俺と由夢ちゃんは、手を繋いで色々な水槽を回った。
時間にして、約30分。
幼女の体力は底を知らず、俺は体力の限界を迎えながら瑞希の元へと向かっていた。
そう。
30分は、あまりにも長すぎたのだ。
彼女を一人にしておくには。
俺は完全に忘れていた。
彼女がとても可愛いと言うことを。
「なぁ姉ちゃん。いいだろ?誰も来ねえし」
「あのね、私はいかないって言ってるじゃない」
俺たちが戻ってくると、少し柄の悪い男数人が瑞希の周りに群がっていた。
「どうせ釣れってのも女なんだろ?じゃあ一緒にでいいからよ」
「だから……」
そう言って鬱陶しそうに瑞希が溜息をついた時、男のうちの一人が瑞希の手首をつかんだ。
それと同時に、俺は由夢ちゃんの手を離し、もう片方の手でここで待っているように静止すると、さっと飛び出した。
由夢ちゃんはこくりと頷くと、その場で固まるように待っていた。
「おい」
俺はそう言うと、瑞希の手首を握っている男の手首を握った。
そして、少しだけ力を入れる。
「おまえ、俺の女に何してんの?」
「あ?」
そう言って、強気に出る相手に、睨み返した。
「なに?お前がこの子の彼氏?さえねー」
そう言って、周りの連中と共に笑いだした。
「知ってるよ、俺が冴えねぇことは」
「あ?」
俺はそう言うと、握っている手の力をかなり強める。
すると、先ほどまで威勢のよかった男は、みるみるうちに顔色が悪くなっていった。
「おま、なんちゅう力……」
「で?俺の女になんのようなの?」
俺はそう言って、笑顔で威圧した。
すると、そいつがリーダーだったのだろう。
俺の手を強引に振り切ると、そいつは少し冷や汗をかきながら取り巻きに合図をした。
「おい、もう行くぞ」
「は、はい」
何が起こったのか分からないと言った様子の取り巻きをよそに、リーダーの男は逃げるように去っていった。
「悪い、気が回らなかった」
「いいよ、なれてるから」
そう言って、笑顔を向けてくれる瑞希は、少しだけ震えが見えた。
「ま、あんなに強引なのは初めてだったし、ちょっとびっくりしたけどね」
「悪い……」
「いいって。そんなことより、そっか、私はそ天斗の彼女になったのかー」
そう言って、彼女は悪戯な笑みを浮かべた。
「いや、あれは流れと言うか……」
「知ってるって、からかっただけだよ」
「あのな……」
「おねえしゃんだいじょうぶ?」
俺たちがそんな雑談をしていると、こちらもすっかり忘れていた由夢ちゃんが、姉を心配してこちらにてくてくとこちらにやってきた。
「大丈夫だよ。楽しかった?」
「うん!おしゃかなしゃんいっぱいだった!」
「そっか」
そう言って笑う瑞希を見て、由夢ちゃんは元気一杯の表情で瑞希にそう伝えた。
「じゃあそろそろ帰ろっか」
「うん!」
そう言った瑞希は、もういつも通りというかお姉ちゃんスタイルになっていた。
そうして、俺と瑞希は由夢ちゃんと手を繋ぎ、三人で仲良く帰路についた。
「今日はありがとう」
「こちらこそ、楽しかった。由夢ちゃんも楽しかった?」
「うん!そらとおにいしゃん、いっぱいおさかなしゃんしっててしゅごかった!」
「そっか。それならよかった」
「ほんと、ありがとね、天斗」
「いいって、それより俺の方が気が回らなくて悪い。瑞希に怖い思いさせたし」
「それはいいって言ってるのに」
「でもな……」
俺がそう言うと、瑞希は少しだけ考える素振りをして、笑顔になった。
「じゃあ、今度デートしてよ」
「え?」
「今日は由夢もいたし、今度は私と二人で出かけよ」
「それは、別にいいけど……そんなんでいいのか?」
俺が少し疑問を投げ掛けると、瑞希は笑って答えた。
「だって、好きな人と出かけられるんだよ?そんなの、嬉しくないわけないじゃん!」
そう言った彼女の笑顔は、今日ずっと見ていた姉の優しい表情ではなく、本当に可愛い女の子の笑顔で、俺はまた、ギャップにやられるのだった。
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