4話 動き出す日常?

 翌日になった。


 俺はいつものように瑞希と駅で合流して学校へと向かった。


 しかし、教室に入るといつもとは違った雰囲気が漂っていた。


「どうしたんだろう?」

「さぁ……」


 俺がそう言った瞬間、数人の男に取り囲まれた。


「え、何?」


 俺と瑞希を引き離すように現れたそいつらに、瑞希が驚きの声を上げる。


 そして、俺はその男達にガシッと担がれて、どこかの教室へと連れていかれた。


 あまりにも突然の行動に、俺は言葉を発することはできなかった。



「痛っ!」


 薄暗い部屋に連れてこられた俺は、着くなりすぐにポイっと放り投げられ、床にたたきつけられた。


 いったいここはどこなのだろうかと考えながら、辺りを見回していると、突然ろうそくの灯がともり、数名の仮面を被った男達が現れた。


「裁判をはじめる」

「は?」


 仮面男のうちの一人が、そんなことを言い放ち、俺は訳が分からなくて思わず変な声が漏れた。


「被告人は、昨日2年5組の冬野瑞希とショッピングモールにて仲良くデートをしていたとの目撃情報がございます。また、その時の雰囲気が、明らかに恋愛的なムードだったとの報告があります」

「ありがとうございます。被告人、この証言に嘘偽りはありますか?」

「え?あぁ、いや、遊びに行ったのは事実ですけど……」


 理解に苦しむこの状況に、まともな思考が追いついてくるはずもなく、俺は何も考えずにそんな返事をしてしまった。


 言ってから気が付いた。

 まともに取り合う必要は無い事に。


「弁護人、何かありますか?」

「いえ、何もありません」

「そうですか」


 おい、弁護人!何もないとはいかがなものかと思うぞ!

 それでも俺の味方かほんとに。


 そして、裁判長らしき人物は、うんうんと何度か頷いてから、金槌で机叩き、判決を下した。


「被告人、死刑」


 そう言い放たれた瞬間、教室中で拍手が鳴り響いた。


 いや、それにしても死刑とかそんな簡単に出しちゃいかんでしょ。


 なんて、少し苦笑いしながら、ここから立ち去るために立ち上がろうとした瞬間、学校で聞こえてはならない音が聞こえてきた。


「おいおい死刑囚。どこへ行こうと言うのだい?」

「いやいや、あんちゃん。その手に持ってるのは何だい?」

「ん?チェーンソーだけど?」

「あはは、だよね」


 は?


 何で学校にチェーンソーなんて持ってきてんだよ。

 てか、何で一端の高校生がそんなもん持ってんだよ。


 無表情でチェーンソーを持ちながら近づいてくる仮面の男に、俺は少しずつ後ずさりしていたのだが、ついに壁まで来てしまった。


「控訴だ控訴!こんな判決認められるか!」

「なるほど、そうきましたか。では始めましょうか」


 死に際で俺の思考が追いつき、どうにか遅延に成功した俺は、もう一度被告人席に座らされた。


「先ほどと、同じように、こちらからは目撃証言とその証拠写真です」

「なるほど。確かにこれは核心的だな。被告人と冬野さんの距離が明らかに近い」

「そして、新たに証人を連れてきました」


 そう言われ、教室に入ってきたのは、クラスでそこそこ話をする男友達だった。


「証人、証言を」

「彼は、本当に優しい人でした。ですが、僕は聞いてしまいました。彼と冬野さんが付き合っているという噂を」


「なんと」

「これは決まったな」


 証人がそう言うと、野次馬がこそこそと話始める。


 いや、何も決まってないだろ。

 さっきとさほど変わってねぇよ!


 てか噂ってなんだよ噂って!

 そんな事実はどこにもねぇよ!


「弁護人」

「何もありません」


 だから、何もありませんじゃねぇよ!

 ちょっとは機能しやがれこのポンコツが!


「被告人、死刑!」


 裁判長がそう言い放った途端、さっきの奴がエンジンをかけて迫ってきた。


「悪く思うなよ」

「いやおかしいだろ!」


 俺は少しツッコミを入れる余裕を見せつつ、最終兵器をくりだした。


「上告だ!」

「ちッ!しぶといですね」


 裁判長舌打ちしてはりますけど?

 キャラぐらい守ろうよ。


「では、新たに証人をお呼びしましょう」


 そう言って、また証人が入ってきた。


 さっきから向こうの有利になることしか起きていない。


 というか、そもそも有罪なのか、俺は。


 そんなことを考えながら、この茶番をどう終わらせようかと模索していたのだが、新たな証人は、意外な人物だった。


「証人冬野瑞希。あなたは被告人とはどういった関係ですか?」

「友達……かな」


 そう言って、瑞希は丁寧に返事をした。


 てか、ほんとにこの茶番はいつまで続くんだ。


「では、昨日ショッピングモールにてデートをしていたとの目撃情報がありますが、こちらについてはどうですか?」

「デートというよりは、遊びに行っただけかな」


 そう言った瑞希は、俺に目配せをした。


 いや、ほんとにナイスすぎる。


 このまま行けば解放されるなという空気になったところで、裁判長から最後の質問がなされた。


「では、昨日は何事もなかったと言うことですか?」

「そうですね……」


 瑞希はそう言うと、少しだけタメると、少しだけ頬を赤らめた。


「ご想像にお任せします♡」


 そう言った瞬間、男共が荒れた。


「ギルティー!!」

「その男に制裁を!」

「静粛に!」


 そして、場を収めた裁判長が判決を言い渡す。


「被告人、死刑!!!」

「よっしゃー!」


 その声をと同時に、チェーンソー野郎が威勢よく飛び出してきた。


「行こ!」

「お、おう」


 それと同時に、瑞希が俺の手を引いてきて、俺たちは共にその教室から抜け出した。




 なんてことがあった日の昼休み、俺と瑞希は屋上に来ていた。


「今朝は災難だったね」

「ったく、これだから男は終わってるよ」

「あはは。まぁ、女の子もすごかったけどね」


 瑞希が他人事のように労いの言葉をかけてきたことには目をつぶり、俺は苦笑いを浮かべた。


 俺が裁判ごっこに付き合わされている間、どうやら教室では瑞希が女子たちによる質問攻めに遭っていたらしい。


 確かに、学校で一緒にいるところはよく見られていたが、休日にしかも二人で遊んでいたとなれば話は変わってくるらしい。


 まぁ、実際俺もデートだと思っていたし、意識していたから仕方が無い事だが。


「ま、どうにせよしばらくしたら収まるだろ」

「だね」


 そう言って、気楽に考えることにして、俺たちは普段通りアニメの話を始めた。


 ちなみに余談だが、チェーンソーを持ってきていたあいつは、2週間の停学処分となった。

 当たり前すぎるが、少し気の毒に思った。




 放課後になったころには、ほとぼりは冷めていて、俺と瑞希はいつも通り二人で帰ることができた。


 俺は家に帰ると、無言で鍵を開けて扉を開けた。


 俺の両親は、俺が小学生の時から共に仕事に行っていて、平日は家に誰もいない。

 そのため、俺は家に帰ってきてもただいまと言う習慣がなかった。


 そう、それがいけなかったのだ。

 ほんの一声かけていれば、この後起こってしまうハプニングは、未然に防ぐことができたと言うのに。


 そんなことを知らない俺は、普段通り自分の部屋の扉を開ける。

 しかし、目に映る光景は、普段通りではなかった。


「え?」

「あ……」


 扉の先には、下着姿の女神がいた。

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