3話 初デート
あれから一週間がたった。
少しだけ近くなった俺と瑞希の距離に、最初こそ周りは噂をしていたが、三日もしたらそんな噂も消えて、日常となっていた。
「卵焼きが美味い」
「でしょ!今日の卵焼きは自信作なんだよね」
「やっぱりか。いつも美味いけど、今日は特に気になったんだよな」
初めこそ戸惑ったお弁当も、気が付けば感想を言えるぐらいになっていた。
たったの一週間で。
人間の適応能力すげー。
ただまぁ少し気になることがあるとすれば、最近花奈の成績が下がり気味なことかもしれない。
俺と瑞希の距離が近くなったと同時ぐらいに、花奈が授業中些細なミスをするようになった。
まるで俺と瑞希が仲良くなったことに動揺しているかのように。
ま、そんな訳ないのは俺が一番理解しているんだが。
あぁ、思い出したら泣けてきた。
「でさ、って聞いてる?」
「あぁごめん、ちょっと考え事してた」
「だからさ、今週末映画見に行かない?って」
「あー昨日公開のやつね」
「そうそう」
彼女はそう言うと、期待の眼差しで俺を見つめてきた。
映画か。
まぁ、どうせ見に行くつもりだったし、別に予定もなかったので、俺はその期待に応える返事をした。
「分かった」
「ほんと?」
「あぁ、勿論」
俺がそう返事をすると、彼女は嬉しそうに笑った。
「じゃぁ、日曜日に駅前集合で」
「分かった、楽しみにしてるね」
そう言って、彼女は去っていった。
日曜日になった。
あんな約束を教室でしたために、一時は噂になったが、これまた一日でその噂は消えた。
え、ほんとになんで?
俺はそんなことを考えながら、待ち合わせ場所で瑞希を待っていた。
別に彼女が遅刻をしているわけではない。
俺が三十分も早く来てしまっただけだ。
「我ながら、遊び慣れしてないな……」
よく遊ぶ友達はいた。
でも、大抵は放課後とかオンラインでの話だったので、こうして休日に出かけることはほとんどなかった。
そのため、出かけることが楽しみで、今日は早く起きすぎてしまったのだ。
ほんと、情けない……。
「お待たせ」
「おっす」
俺が自虐で心を痛めていると、瑞希が少し駆け足でやってきた。
集合時間よりもかなり早いと言うのに、彼女は俺を見つけるなり駆け走になった。
「別にまだ遅れてないぞ」
「いや、やっぱり待たせるのは悪いから」
「そっか」
そう言って、少し身だしなみを整え始める瑞希。
俺はそれを見て、これからは少しギリギリに来ることを心に決めた。
「それじゃ行くか」
「うん」
そうして俺たちは歩きだした。
最寄り駅から徒歩数分。
俺たちは近くのショッピングモールに来ていた。
「アニメは見てきた?」
「ばっちり復習済み」
「さすが天斗」
「瑞希ももちろん?」
「当たり前よ」
そう言って、俺たちはグータッチをした。
今日見る映画はアニメ化されたラノベの続きであり、完結作である。
実は、俺と瑞希が仲良くなるきっかけとなった作品だったりする。
「内容は知ってるけど、どうなるか楽しみだよな」
「そうだね、四葉工房なら大丈夫だと思うけど」
「ま、確かにそうだな」
俺たちが二人並んで歩いていると、やはり彼女は可愛いので、周りからの視線が痛い。
学校では見慣れた光景となり誰もそんな視線を送らなくなっていたので忘れていた。
そう言えば、俺たちは高一の時から仲が良く、いつも一緒に話をしていたが、よく考えれば今まで一度も一緒に出掛けたことが無かった。
休日に電話をしながらゲームをしたことはあるが。
え、待てよ。
よく考えたらこれはデートじゃないか?
男と女が二人で出かける、つまりそれはデートと呼ばれるやつだ。
アニメの世界でしか見たことが無い、あのデートを俺がしているのか?
やばい、意識したら変に緊張してきた。
変に意識したためにおかしな気持ちになった俺は、ふと隣を歩く瑞希を見た。
目に映った彼女は、いつもと少し雰囲気が違うように見えて、何だか可愛く感じた。
何故だろうかと視線を動かすと、彼女の服装に目がいった。
あぁ、そうか。
俺は瑞希の私服を初めて見たのだ。
当たり前だ。
だって俺は、彼女と休日に会うのは初めてなのだから。
ギンガムチェックのプルオーバーと少し濃いめのジーンズ。足元は白のスニーカーで黒の肩掛けバッグを身に付けていた。
瑞希の細身なスタイルにはすごくマッチしていて、可愛らしさを出しつつも、それを押し出していない、何とも絶妙なバランスだ。
控えめに言ってすごく可愛い。
「今日の服、似合ってるな」
「へ?」
気が付けば、思わずそう口にしていた。
俺から予想外の言葉が出てきたからか、瑞希は今までに聞いたことのない声を出して、顔を真っ赤にした。
恥ずかしがりつつも「ありがとう」と言った彼女は、それでもどこか嬉しそうに見えた。
そこからはどこか気まずくなって、お互い会話のないまま映画館へと向かった。
「神だった」
「うん、神だった」
映画後、俺たちは速攻でショッピングモール内のファミレスへと入り、こうして語り合っていた。
第一声はどちらもそれしか出てこなかった。
それぐらい、感無量だった。
「何て尊いんだ」
「それ」
今日見たのはラブコメ。
アニメでは主人公とヒロインがそれぞれの道へと進み、離れ離れになる所で終わっていたが、この映画で二人は偶然再会するが、ヒロインにはイケメンで有能な男が近くにいて、自分の無力さに挫折する。しかし、ヒロインは主人公を諦めきれずにいて、そろそろ目の前の恋に向き合おうとした矢先に、主人公と出会い、気持ちが惹かれ、そして二人は紆余曲折の末付き合うことになる。といった内容だった。
「主人公の諦めと、ヒロインのアピールのすれ違いがもどかしすぎてしんどかった」
「それな。もう、主人公何してんだお前!ってなった」
「だね」
俺たちは互いに感想を言い合う。
一通り意見を言い合った俺たちは、ふっと息をついた瞬間に自分たちの空腹に気が付いた。
「飯、食うか」
「そうだね」
そうしてそれぞれの好きなモノを頼み、談笑しながら昼飯を楽しんだ。
「いやー楽しかったな」
「そうだね」
ファミレスを出た後、本屋に寄った俺たちは、現在帰路についていた。
そんな話をしながら歩いていた俺たちだったが、不意に瑞希がいつもと少しだけ違った口調で話を切り出した。
「ねぇ、天斗」
「どうした?」
「また、遊びに行こうね?」
「もちろん、次はどこか別の所に行こうぜ」
「うん!」
そう言って、瑞希は先ほどまでの不安げな顔から、一瞬で笑顔へと変わった。
しかし、彼女のそんな変化に俺は気が付いていなかった。
ただただ思ったことを口にしていた。
そんな感じだった。
「じゃぁ、また明日」
「うん、また明日」
帰る方向が違う俺たちは、そう言って駅のホームで別れた。
彼女の乗った電車を見送った後、俺は自分の電車に乗った。
「ほんと、楽しかったな」
俺は一人ボソッとそう呟くと、そっと瞼を閉じた。
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