2話 変わらない日常
翌日になった。
淡い春の日差しがカーテン越しに差し込み、俺は目を覚ました。
「学校か……」
重い体を起こし、ゆっくりと支度を始める。
「眠い」
昨日は色々なことがありすぎて、眠れなかったのだ。
仕方ないだろ?人生で初めて失恋して、人生で初めて告白されたんだから。
覚悟しててねって言われたけど、果たしてどうなるのやら……。
そんなことを考えながら準備を終えた俺は、ちゃっちゃと家を出た。
学校までは電車通学なので、いつも通り最寄りの駅で他の生徒と共に降りたのだが、今日は普段と違って何やら人だかりができていた。
少し気になりつつも、その集団を横目に立ち去ろうとした時、集団の中から声を掛けられた。
「あ、天斗!おはよう!」
「え、あぁ、おはよう、瑞希」
聞き覚えのある声に、俺は反射的に返事をした。
そう、どうやらこの集団の中心には瑞希がいたらしい。
そして、俺はそんな瑞希に声を掛けられた。
そのため集団の男共は、いっせいに俺に視線を向けた。
あ、コレやばいやつだ。
察した。俺は昔から花奈と共にいることが多かったので、この視線には慣れていた。
「冬野さんの待ち人ってあいつか?」
「あぁ、確かいつも一緒にいるやつだ」
「あー、あの」
「なら大丈夫か」
「だな」
これはヤバいやつ……と、思っていたのだが、俺を見た男共は、何故か殺気を消した。
何故だろうと考えた結果、俺は一つの答えにたどり着いた。
そういや、俺が意識してただけで、俺と瑞希が二人でいるのは日常茶飯事だったからか、と。
そうして俺は安心して瑞希に手を振ると、瑞希も嬉しそうに手を振り返してきて、そのまま俺のところまで来て、俺の腕に抱き着いた。
腕には柔らかな感触はなく、着やせするタイプでもなく本当になかったんだなと感じて……じゃなく、え、何で?
「遅いよ、天斗」
「あぁ、ごめん」
何が何だかよく分かっていない俺をよそに、瑞希はさも当然のように歩き出した。
戸惑っている俺だが、何もそれは俺だけではなかった。
「え、どういうことだ?」
「冬野さんがあいつに抱き着いてるように見えるけど」
「何が起きたんだ?」
「ま、いつもあんな感じじゃなかったか?」
「そう……か?まぁいいか」
外野のやからも頭に疑問符を浮かべながらそんな会話をしていた。
結局、彼女はしばらく歩いた後は腕を離してくれた。
俺が恥ずかしと言ったからだ。
しかし、距離はいつもより明らかに近かった。
それ以外は特におかしなことは無く、その後はいつも通りラノベの話をしながら登校した。
一緒に登校したのは久しぶりだったので、教室に入った時は少し驚かれたが、それ以外は特に何事もなかった。
そんな感じで迎えたお昼休み。
彼女は爆弾を投下した。
「今日も購買にいくの?」
「あぁ、いつも通りパンでも買おうかなって」
「そう言うと思って、お弁当作ってきました」
「へ?」
あまりにも唐突な発言に、変な声を出してしまった俺をよそに、瑞希は手提げから二つの弁当を取り出し、片方を俺に渡してくれた。
「前に食べたいって言ってたから作ってきたんだけど、迷惑だった?」
「いや、うん。ありがとう」
確かに、瑞希は毎日自分で弁当を作ってきていて、おいしそうだなと思っていたし、何度か食べたいと言ったこともあった。
しかし、まさか本当に作ってきてくれるとは思わなかった。
教室ということは、勿論他の生徒もいる。
そのため、今朝と同じように外野がざわざわとしだした。
勿論男共だけではなく、女の子たちもお得意の噂話を始めた。
「あの二人、あんなに仲良かったっけ?」
「うーんどうだったかな」
「まぁ、いつも通りだろ」
「多分な」
おい、明らかにいつも通りではないだろ!お前ら思考を放棄するな!
しかしそんなことは口にできるはずもなく、俺は状況をいまいちつかめていないまま、二人でいつも通り昼食をとった。
結局、昼休みも弁当以外はいつも通りだった。
いったい何故なのか、見当がつかないわけではなかった。
「昨日の話、だよな」
意識しないように、昨日のことは忘れていた。
いや、正確には思い出さないようにしていた。
瑞希が俺のことを好き。
その事実は、昨日確かに彼女の口から述べられた。
しかし、それを意識してしまうと、いつも通り彼女に接することができなくなってしまうのではないか。
そう思うと、忘れる他なかった。
そしてまた彼女もそうだった。
ところどころで意識させてくるが、そこ以外は今まで通りだった。
「どうすればいいのやら……」
俺はそう呟いて、紛らわすことしかできなかった。
翌日も彼女は駅で待っていたし、弁当も作ってくれた。
俺はどうすればいいのか分からず、できるだけ普段通りに接していた。
「天斗ー。今日帰りに本屋寄らない?確か新刊発売の日だから」
「おう、そういや今日だったな。いいぞ」
放課後になり、皆がそれぞれの活動へと向かう中、そう声を掛けられ、俺は意識を戻した。
今は、何も考えない方がいい……か。
俺はどこかもやもやとする気持ちを抱えながら、瑞希の元へと向かった。
「残ってて良かったね」
「あぁ、そうだな」
学校の近くの大きめの本屋に向かった俺たちは、目当ての本を共に買い、その流れでファストフード店へ来ていた。
「表紙から最高にワクワクするね」
「そうだな、ほんと……」
俺は、どうも調子が出なった。
理由は分かっている。瑞希のことだ。
俺は花奈のことが好きだ。
これは十年以上の思いで、そう簡単に消えることは無い。
そして、たぶん瑞希はそのことを知っている。
それなら、俺はそのままでいいのだろうか。
彼女のことを好きになることは無いとまでは言わないが、やはり花奈を好きな気持ちがフラれたぐらいでそう簡単に消えることはない。
だから、彼女にどれだけ好意を向けられても、それに応えてあげられない可能性の方が高い。
そんなことで、本当に彼女はいいのだろうか。
そう考えると、このままではいけない気がした。
「やっぱり幹部戦に入るから━━」
「なぁ、瑞希」
楽しそうに新刊への期待を語る彼女の声を遮って、俺は話を切り出した。
「どうしたの?」
「やっぱり、辞めよう、こういうのは」
「どういうこと?」
俺がそう言うと、彼女は訳が分からないと言った様子できょとんとした。
「俺はやっぱり花奈が好きだ。フラれたって言ったって、そう簡単には忘れられない」
「うん」
「だからさ、ダメだよ、このままじゃ。きっと瑞希はこれからもこうやって俺にとって楽しい時間を作ってくれる。今日の弁当だってそうだ、時間だって手間だってかかるじゃないか。だから……」
「それで?」
俺の話を遮るように、彼女はそう聞いてきた。
「だから、これ以上瑞希の時間を奪うのはって」
「そんなの、勝手に天斗が決めないで」
「え?」
彼女の強めの言葉に、俺の口は止まった。
そんな俺を見た彼女は、今度はいつも通りの口調で話し始めた。
「私は天斗が好き。昨日も言ったけど、この気持ちは隠しきるつもりだった。でも、天斗がフラれた今、天斗が私を好きになる可能性がわずかながらに生まれた。だったら、やらずに後悔するより、やって後悔したい」
そう言った彼女は、どこかすがすがしい顔をしていた。
「だからさ、私の時間は私がしたいように使う。これは私が決めたこと」
俺は、呟くように、言葉を紡ぐ。
「それでも、やっぱり俺は花奈が好きだ」
「知ってる」
「瑞希の気持ちに応えられないかもしれないぞ」
「分かってる。元々諦めてた恋だもん。端から天斗が私を好きになるなんて思ってないから」
「じゃぁ、どうして……」
「好きだから、天斗のことが」
瑞希はそう言って微笑んだ。
その笑顔にドキッとした俺は、思わず目を逸らしてしまった。
なるほど、覚悟の意味を、間違えてたみたいだ。
俺は、彼女の気持ちと真剣に向き合う覚悟が足りていなかったのだ。
俺が花奈を好きなように、瑞希は俺に好意を持ってくれているのだろう。
なら、真剣に向き合うのが筋と言う物だ。
「俺のガードは固いぞ?」
「望むところだよ」
昔、どこかで聞いたことのあるようなセリフを、俺たちは互いに言って笑い合った。
家に帰り、ベッドに寝転がった頃には、先ほどまでのモヤモヤはなくなっていた。
どうやら俺は、人に好かれたことが無かったので、対応の仕方を分かっていなかったみたいだ。
「気持ちは一緒、か」
俺はそう呟くと、そっと瞼を閉じた。
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