13話 はじめてのお家デート

 ほとんど梅雨の開けた6月末。

 最近は少し暑さが増し、いよいよ夏が来ると感じさせられる。


 そんな中、俺の前の席の奴は、下敷きをうちわ代わりにして、完全にダウンしていた。


「あづい……」

「お前な、俺の机で寝るな」

「いいじゃん、話したいんだし」

「あのな……」


 昼休み、今日は久々に俺と瑞希の二人だった。

 最近は花奈も一緒にいるため、改めて二人になると、少しだけ変な気分になった。


 今日は委員会の集まりがあるらしく、花奈は断りを入れて、休み時間になるとすぐに出て行った。


 いや、普通一緒にいる時に断りを入れるだろ。

 はじめ以降一度も断りを入れられていないんだが。


 まぁ別にいいんだけどさ……。


 実際、なんだかんだ賑やかになって嫌な気分はしていなかった。

 花奈の友達なんかも一緒に食べることもあり、よくも悪くも今までの日常ではなくなった。

 なくなったのだが、思い出した。


 俺、女子としか関わってないな。


 そうなのだ。

 こんなにも人と関わる機会が増えたのに、男は一人も寄ってこない。

 というか、もはや俺のおかげで俺以外の男共がみんな仲良くなっていた。


 はぁ、三年になったら頑張ろう。


 俺がそんな決意をしていると、ヘタレきっていた瑞希が、フッと体を起こした。


「そうだ、今週末天斗の家行かせてよ」

「ああ、前に言ってたやつな」

「そう。そろそろ期末の時期だし、今ぐらいじゃないといけないじゃん」

「まあな」

「でしょ」


 そう言って、瑞希は体を捻って弁当を取り出した。


「はい」

「ありがとう」


 いつも通り感謝を伝え、俺は弁当を食べ始める。

 最近は瑞希の弁当が密かな楽しみになりつつあったりもするが、それは瑞希には秘密である。


「ま、俺は良いぞ」

「ほんと?なら、決まりね。楽しみにしてる」

「おうよ」


 俺はそう返事をすると、お気に入りの卵焼きを口に運んだ。




「あんた、冷房つけなさいよ」

「分かっているよ」


 日曜日の昼下がり。

 俺は掃除機をかけたり、部屋を片付けたりとバタバタとしていた。


 理由は単純、今日は瑞希が遊びに来るからだ。


 何でそんなにわちゃわちゃしているのかって?


 仕方ないじゃないか。

 初めて友達が家に来るのだから。


 まぁ、確かに花奈はよく家に来るが、花奈はあくまでも幼馴染みだ。

 友達は来たことが無いのだ。


「ふう。とりあえず、これでいいか」


 汗をぬぐい、綺麗になった部屋を見て、俺はそう口にした。


 すると、タイミングを見計らったかのように、インターホンが鳴った。


「はーい」


 俺はそう返事をしながら階段を下りて、扉を開けた。


「おはよう、天斗」

「おはよう。上がってくれ」

「おじゃましま~す」


 そう言って、彼女は恐る恐ると言った感じで扉をくぐった。


 すると、そのタイミングを見計らってか、リビングから母さんが出てきた。


「いらっしゃい」

「お義母さん。お邪魔します」

「まぁ、お義母さんだなんて、こちらこそ馬鹿な息子をお願いね」

「いえいえ、こちらこそよろしくお願いいたします」


 そう言って、瑞希と母さんは談笑を始める。


 なんだろうか、一瞬にして、外堀を埋められたような気がしてしまった。


「じゃ、部屋見せてよ」

「おう、そうだな」


 話がひと段落したのか、不意に瑞希がそう言ってきた。


 俺は、本来の目的を思い出し、どこか本調子の出ないまま、彼女を部屋に案内した。




「おぉ……」


 部屋に入ると、瑞希は驚いた声を上げた。


 まぁ、理由は分かる。

 俺の部屋はオタクっぽくあり、オタクっぽくないからだ。


「いいね、オタクと日常が程よく調和した部屋って感じ」

「ま、俺は部屋一個しか持ってないからな。オタクっぽさをあんまり強めるとそれはそれで生活しずらいから

「確かにね。私も一つだったらこうしてたかも」


 六畳ほどの広くも狭くもない部屋に、ベッドと机があり、壁には数個のタペストリーを飾っている。

 本棚はいくつかあり、その上にフィギュアなんかを飾ったりしている、場所を有効活用しているのだ。


 我ながら見事な味付けだと思っている、最高のオタク部屋である。


「テレビもあるんだね」

「まぁな。夜中にリビングでアニメ見るのは家族に迷惑だから買った」

「確かにね。こうすれば人の目を気にせずに好きな時に見れるしね」

「そうそう。録画してるやつとかネット配信とかも見れるからな」


 俺たちはそう言ってアニメに関する話を始めた。


 二人でベッドの前に並んで座り、数時間話ていた。

 そして、日が傾きだしていることに気が付いたのは、瑞希のスマホに電話がかかってきてからだった。


「ごめん、お母さんから電話来ちゃった」

「全然大丈夫だよ」


 瑞希は一言断りを入れると、部屋を出た。


「ごめんね」

「いいよ。それより、何か急用だった?」

「えっとね、帰りに醤油買ってきてって話だった」

「そっか。でも、そろそろいい時間だし今日はお開きにするか」

「そうだね」


 窓に差し込む茜色の光を見て、俺たちはあまりに長い間話していたのだと気が付いた。




 近くの駅まで一緒に歩いて行った俺たちは、今度はすんなりと会話を終わらせた。


「今日はありがとね」

「おうよ。また誘うよ」

「ありがと。でも、今度は私の自慢のオタク部屋を見せるね」

「確かにそうだな。楽しみにしとく」

「次は期末終わったらだね」

「そうだな。じゃ、また明日」

「うん、また明日」


 そう言って、改札に入っていった瑞希は、もう一度こちらに振り返って手を振ってから、ホームへと向かった。


 俺はそんな彼女の消えてゆく背中を眺めながら、一度大きく息を吐いた。

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