第8話

[オリー、何が………]

《………………》


 無言でくちびるを動かすことなくにっこり笑っているオリオンに、馬車に乗り込んでしばらく経ってからネージュは問いかけた。

 本を彼が取り出したので、それに合わせて本を開くと、魔法の本は次のページに文字を浮かべ始めた。

 彼の美しくて乱れのない、その筈なのにどこか歪んだ文字を。


〜〜〜


 僕は秘密裏に君に護衛を送っていたんだ。

 昨夜、何が起こったと思う?


〜〜〜


 たった2行。

 けれど、彼が言いたいことの意味がわからないネージュではない。ひゅっと息を吸い込んで、ネージュは震える手で答えを書き記す。


〜〜〜


 暗殺でしょうか。


〜〜〜


 ついつい敬語になりながらも、丁寧に書き記して、ネージュは今自分が置かれている状況が如何に危ないものかを理解する。

 分かっている“つもり”だったものが、どんどん真の理解になっていく。

 難聴になって全てを失ったように思っていたが、これまでが地獄の入り口であり、これからが本物の地獄のようだ。

 全ては崩れ去っていく。


 あまりの事態に、乾いた笑いがこぼれ落ちる。


(私ってこんなに嫌われていたのね)


 分かっていた。

 知っていた。


 疎まれているとも、嫌われているとも、死んでほしいと願われているとも、全部全部知っていた。でも、理解したくなかった。頭が理解を拒んだ。だからこそ、ネージュはずっと知らないふりをしていた。

 でも、それも今日で終わりにしないといけないらしい。


 父との優しい幸せな記憶なんてこれっぽっちも持っていない。

 でも、唯一の肉親としての情くらいは持っていた。


(捨てないと。………綺麗さっぱり、全部を………捨てないと)


 ぎゅっとドレスの裾を握りしめて、ネージュは馬車の外の美しい王都に視線を向ける。


(道は違えた。………私はもう、公爵さまを信じない)


 ゴロゴロと揺れる馬車の中、ネージュは誓う。

 ネージュが生まれてすぐに亡くなった、顔も知らぬ母に謝罪しながら、唯一の肉親への別れを告げる。


(さようなら、“お父さま”)


 ネージュが呼ぶ最初で最後の父公爵の呼称は、ネージュの心の中で淡く儚く、雪の結晶のように消えていった。

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