第13話

▫︎◇▫︎


 ダンスが終わってからは、本格的な社交の場へとホール内は変化する。

 本格的な社交の場になればなるほど、ネージュの苦しみは深く根強く、ネージュの心を抉ってくる。


 知識はある。

 アイデアもある。

 活用し、応用する頭脳もある。


 けれど、ネージュにはそれを伝える音と、聞き取る聴覚がない。

 扇子で口元を隠す女性たちとはまともに会話できないし、難しい話ばかりをする男性と話すには、ネージュの話せる語彙が足りない。


 悔しい、苦しい、悲しい。


 王妃との挨拶で一瞬だけ芽生えた自信も、社交の場に入ってしまえば、割れた風船のようにみるみるうちに萎んでいく。

 出来ないことが多すぎる。

 自分の無能さが、出来ないことの多さが、どんどん浮き彫りになっていく。


 オリオンはたくさんの人と挨拶をしながら、完璧な社交に加えて手話や手に文字を書くことによってネージュのフォローをし続けてくれている。


 それが無念で、息苦しくて、彼の隣にいる自分をどんどん惨めにしていく。


 自分が彼の荷物になってしまっていることが、何よりも許せなかった。でも、ここで不用意に動けば、なおのこと彼に負担をかけてしまうことを、ネージュは分かりきっていた。

 動けない息苦しさに、濁った水に溺れていく感覚に、ネージュは微笑みを浮かべたまま囚われていった。


 ふっと視線を外すと、嘲笑うような表情をした少しだけ年上であろうご令嬢たちの集団がネージュの視界に入った。

 ピンク、水色、黄色、若草色、色鮮やかなドレスを身に纏い、金や銀、漆黒、ミルクティー、さまざまな色の艶やかな髪を美しく結い上げたご令嬢たちは、見た目だけはまさに、目を引く社交界の麗しい花だった。

 だからだろうか、ネージュは運悪く、彼女たちのくちびるの動きを読んでしまった。


《まあ!本当に無様ね。夫に社交を任せるだなんて、わたくしなら死んでしまいたいわ!!》

《そうですわね!あぁ可哀想!!》

《可哀想というよりも滑稽ですわ!!》

《あははっ!そんなふうに言ってはいけませんわよ。あのお方も必死なのですからっ!》

《うふふっ!!》

《あははっ!!》


 呪いのような言葉に、呪詛に、耐え難い吐き気を覚えた。

 人をあんなにも美しい表情で嘲笑うことができるものだろうか。馬鹿にすることができるものだろうか。


 ネージュはなりたくて難聴になっているわけではない。

 なりたくて無様になっているわけではない。

 なりたくて可哀想になっているわけではない。

 なりたくて滑稽になっているわけではない。

 なりたくて必死になっているわけではない。


 ただただ必要だから、こうしなくては何も出来ないから、だから無様でも可哀想でも滑稽でも、必死にならなくてはならない。


 彼の隣に在るために、ネージュは無様でなくてはならない。

 可哀想でなくてはならない。

 滑稽でなくてはならない。

 必死でなくてはならない。


 そこまでしてやっとネージュはスタートラインに立てるのだから。

 他のご令嬢と同じ視点へと、同じ地点へと、たどり着くことができるのだから。

 頑張らなくてはならない。

 足掻かなくてはならない。


(あぁ、本当に。………苦しい)


 魔法があっても、頭脳があっても、比較的整った容姿があっても、聴覚がなければ何も意味をなさない。

 息苦しい世界で、ネージュはオリオンの隣で微笑み続けた。

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