第12話
(っ、)
会場にいる人たちの視線が一斉にネージュたちに向いた。
ーーー妬み、蔑み、下心、
ありとあらゆる負の感情がネージュに向けられる。
ぎゅっと息が詰まって泣きそうになるが、オリオンの隣に在りたいのであれば、このくらいは微笑んで流せなくてはならない。ネージュは淡く微笑んで、真っ直ぐレッドカーペットの上を歩く。
この国の社交界に出るための許可をもらうために、ネージュは射殺さんばかりにきつい視線を向けてきている王妃の方へ歩くのだ。
周囲からざわざわとした雰囲気が伝わってくる。音が聞こえなくとも分かる。ネージュに対するたくさんの悪口が飛び交っていると。
怒りを必死に抑えて微笑んでいるオリオンの手には、青筋が立っていた。余程の怒りを抑え込んでいるのであろう。逆に言えば、ネージュはそれだけのことを言われているのだ。
[大丈夫よ、オリー。だって私、聞こえないもの]
エスコートで重ねている手に文字を書いて、オリオンに伝える。彼はぐっと怒りを抑え込んで、国王と王妃の前にネージュを無事に連れて行った。
2人は国王夫妻に跪いて首を垂れ、社交界にこれからは顔を出すという旨を王妃に向けて言わなければない。
けれど、ネージュは言えない。言えるわけがない。だからこそ、周囲はネージュのことを侮るようにして嘲笑している。
ネージュは悔しさをバネにして、オリオンの挨拶が終わる頃を見計らって、満面の妖艶な笑みを浮かべて王妃を見上げ、そして口を開いた。
ぐっと息を呑んだ王妃にしてやったりと笑ってやりたいが、そうやって馬鹿にするにはもう少しあとだ。
今はもう少し、ネージュが彼女を驚かす番である。
「ご機嫌麗しゅうございます、王妃さま。此度オリオン殿下の婚約者としてデビュタントを迎えられましたことを、大変嬉しく思います。今後とも、よろしくお願い申し上げます」
ネージュが言葉を発した瞬間に、周囲に異様なざわめきと驚きが広がる。発音や声量自体は間違っていないはずだから、おそらくネージュがお話しできることに驚いているのだろう。
本当に笑えてくる。
ネージュは何に怯え、怖がり、震えていたのだろうか。分からなくなってくる。でも、今平気なのは初めの頃の怯えや恐怖のおかげなのだろう。だからこそ、ネージュは今までの自分を否定できない。
努力が全ての世界で、ネージュの努力は報われた。報われない努力がある中で、数多くの努力が実を結んでくれた。
《………あなたたちのこれからに、幸多からんことを》
歯軋りをしながら瞳に憎悪を宿した王妃は、デビュタントで王族やそれに準ずる子供にのみ与えられる薔薇の花を2輪手に持った。
そして、侍従を通じてネージュとオリオンに花を手向けた。
(黒赤色の薔薇、ね………)
ネージュはこの薔薇の色が表す意味に気づかないほど馬鹿ではない。だからこそ、オリオンと共ににっこりと笑って、王妃に向けてすっと手を動かす。
[[そっくりそのままお返しします]]
手話が分からない王妃は何を言われたのか分からないだろう。それどころか、笑みからお礼を言われたと勘違いするかもしれない。
けれど、そのくらいがちょうどいい。
ネージュとオリオンは手と手を取り合って国王夫妻の御前から退いた。
ネージュたちの後には今日デビュタントを迎える子供たちが薔薇以外の門出に相応しい花言葉を持つ花を優しい笑みの王妃から受け取っていた。
そんな風景を見つめながら、オリオンとネージュは受け取った黒赤色の薔薇をそれぞれの胸に飾る。
『死ぬまで憎みます』
この言葉を持つ花を公の場で与えるほどに、王妃はオリオンとネージュを恨み、憎んでいるのだろう。
けれど、それはネージュとオリオンも同じだ。
胸元に咲く花に誓いを込め、ネージュとオリオンは手と手を取り合い、ダンスホールの真ん中に躍り出る。そして、躍り出ると同時にオリオンと共に前日から予定していた魔法を展開させる。
美しい蝶が飛び、花びらが舞い、ダイヤモンドダストがきらきらと輝く美しい高度な幻影魔法だ。
これら全ては、ネージュのためのものだ。
ネージュへの嘲りを減らすためのものだ。
美しくステップを踏みながら、ネージュとオリオンは親から向けられる無関心、憎しみ、恨みに胸元の花を見せつけるように艶やかに動く。
(私たちは、あなたたちを死ぬまで憎み続けるわ。絶対に許さない)
ネージュの思いは、決意は、どれほどまでに届いたことだろうか。
無表情、無関心を貫く父公爵を睨み付けつつもオリオンとのダンスを楽しむネージュは、少しだけ気になったのだった。
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