第11話

 会場への道のりは短いようで遠くて、ネージュはハイヒールによって傘増しされた身長でぼーっとしながら歩く。


《あら、本当にきたのね。恥晒し“たち”が》


 ネージュのことを蔑むように見てきたのは義母にあたる王妃だった。けれど、彼女の言葉にネージュは違和感を感じた。

 どうして、ネージュ“だけ”でなく、オリオンまで罵倒されるのだろうかと。


[………僕のお母さん、王妃殿下じゃないんだ]

[っ、そっか]


 周囲は絶対知らないであろう情報がさらっと出てきて、ネージュはビクッと身体をこわばらせた。

 同時に、何故か父公爵の顔が頭に浮かんだ。


『ーーー無能が』


 あの言葉の真の意味は、ネージュへの罵倒だけではなかったのではないか。

 王子と結ばれるという表向きはとても栄誉なことを父公爵が嫌がる理由が、オリオンには存在するのではないか。そう思いついた。

 父公爵はこれでもかというほどに平民を嫌っている。つまり、選民意識が強い。メイドや侍女、従僕のことを奴隷のように扱うことは日常であり、使用人の死には一切の関心がない。人形が壊れた方がまだ反応を示すのではないかというくらいに、本当に関心がないのだ。

 オリオンの母の真相に今まで全く気が付かなかった自分に、ネージュは恥た。

 幼き頃から王城に出入りしていたネージュは、彼が城内で圧倒的に冷遇されていたことを知っていたはずだ。

 教育係には無能が多くつけられ、食事や服にも僅かな違和感があったし、彼専用の使用人はとても少なかった。


 もっと早くに気がつくべきだった。気づいてあげるべきだった。

 彼の苦しみを、悲しみを、痛みを。


《はぁー、ほんっと迷惑な子たち》

《………申し訳ございません、王妃殿下》


 頭を下げたままでいるネージュと謝り続けているオリオンがスタンバイしている横を、ただ冷酷で周囲に、息子にさえも興味がない国王とオリオンに歯軋りしそうなほどの憎しみを向ける王妃が通り過ぎる。

 屈辱に表情を歪めているオリオンに、ネージュは僅かに手を伸ばして、そしてやめた。

 親からの仕打ちに同情されることほど居心地の悪いものはない。こういう時はただ静かにそばにいて、放っておいて欲しい。そう思うことは他ならぬネージュがよく、そう。本当によく知っている。


「大丈夫よ、オリー。だって今日は私たちにとって最高の日でしょう?」


 静かに告げると、オリオンは泣きそうに破顔した。

 国王と王妃が踊った後、ネージュたちデビュタント組が位順に入場していくのがデビュダントのルールだ。だからこそ、大きな拍手が起こってからネージュたちは入場になる。

 けれど、ネージュの世界には音が存在していない。ネージュには、いつ会場に入ればいいのか分からない。


 オリオンだけが頼りだ。


 周囲の緊張しきって硬い顔をしている同じ時期にデビュタントを迎える人たちは、全くもって当てにならない。


[そろそろだよ。大きな拍手が聞こえてる」

[分かったわ]


 強く握った手からはお互いの緊張が伝わり合っている。

 エスコートをしてくれているオリオンが、開け放たれた扉に向けて1歩前に出た。

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