第6話

▫︎◇▫︎


 7日目である次の日、ネージュ達は予定通り王都に到着することができた。

 10年ぶりの王都はネージュの想像よりもずっとずっと発展していて、やっぱりお上りさん気分になってしまう。


 到着までは馬車の中でオリオンと一緒に魔法の本や手話で会話をして、穏やかな時間を過ごしたネージュは、派手派手しい場所に入るにつれて会話も忘れて色々なものに魅入っていた。


 魔法の本は、2人での話し合いの結果、毎日お互いの日記や対面では言えない・言いにくいことを書き続けることになった。

 ネージュはそれがちょっとだけ嬉しくて、オリオンの目の前であったとしても恋文をしたため続けた。

 顔を赤く染めながらも一生懸命に考えて恋文をしたためていたら、オリオンも心底嬉しそうにお返事を書いてくれるものだから、ネージュは調子に乗ってちょっとダイナミックな恋文をしたためてしまった。後になってそのことに気がついた時には時すでに遅し、オリオンが上機嫌でネージュを抱きしめて真っ白な髪に顔を埋めてきていた。あの時は本当に顔から火が出るのではないかと思った。


[もうちょっとでアクアマリン公爵邸に到着するね]

[もうちょっと後でもよかったのに]


 ちょっとだけオリオンと離れがたくて、ネージュは甘えるようにしてオリオンの肩に自分の頭を乗せた。でもそういうことを言っている場合ではないことがちゃんと分かっていたので、ネージュはほっと溜め息をついてたった今到着したアクアマリン公爵邸の敷地内に降り立った。


「送ってくださりありがとうございました、オリオン殿下。また本で」

《あぁ。また今夜本で話そう。後、明日は一緒にドレスの試着に行こう。迎えにいくから待っていてね》

「分かったわ」


 ネージュは多分合っている発音で丁寧にオリオンと別れの挨拶をした。


(明日が楽しみね)


 小さな想いは大きな想いに変化して、どんどんどんどん貪欲になっていく。会いたい、会えればそれで良いと思っていたのに、いつのまにかもっと一緒にいたいと願ってしまっていた。

 自分の感情の制御のできなさに怯えながら、ネージュは去っていくオリオンの乗る馬車を見つめ続けた。


 ーーーとんとん、


[お嬢さま、そろそろ]

[分かっているわ。公爵さまがお待ちなのよね]


 エリアンヌに促されて、ネージュはずっと見つめていたい馬車から視線を外して王都にあるアクアマリン邸に約10年ぶりに足をふみ入れた。

 ばっとたくさんの使用人が頭を深々と下げて、何かを言っている。けれど、下を向かれてくちびるが見えない為に、ネージュは何を言われているのか分からない。

 でも、多分『おかえりなさいませ、お嬢さま』と言われているのではないのだろうか。


[みんなはなんて言ったの?]

[『おかえりなさいませ、お嬢さま』とおっしゃっています]


 エリアンヌに『ありがとう』と微笑んで、ネージュは腰を落としてカーテシーを行った。


「ただいま戻りました」


 涙ぐんでいる使用人の奥、吹き抜けの2階からネージュの父公爵が立っていた。ネージュと同じアクアマリンの瞳に、ネージュと正反対の漆黒の髪を持った壮年の男は、冷酷な瞳でネージュを一瞥し、そして口元を僅かに動かした。


『ーーー無能が』


 普通ならば絶対に見えず、聞こえない距離。

 故に、父公爵の言葉が心からの言葉であるとネージュは理解してしまった。ぎゅっとくちびるを噛み締めながら、ネージュはドレスの裾を握りしめてにっこりと使用人たちに向けて微笑んだ。

 父公爵はたった一言をネージュに残して奥の部屋へと去っていた。

 だから、ネージュが次に父公爵がいるであろう場所に視線を向けた時には、既に誰もいなくなっていた。

 残ったのは空虚な寂しさと絶望だけで、でもそんなのはずっと前から分かっていたことで、ネージュはそっと溜め息をついた。


[そろそろお部屋に戻りましょうか]

[そうね。行きましょう、エリアンヌ]


 ネージュが後ろを向いた後、使用人たちが何を言っていたかは分からない。けれど、エリアンヌが顔を顰めていたのだから、碌なことは言っていないのだろう。ネージュはぐっと拳を握りしめた。

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