第20話 番外編 Side.オリオン 何もできない辛さ
▫︎◇▫︎
「あああああぁぁぁぁぁぁ!!」
「頑張ってください!王妃さま!!」
「オリー!オリー!!いやああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
耳を刺すような叫び声が聞こえて、オリオンはくちびるを噛み締める。仕事は全く進まないし、ネージュが心配すぎて全く眠れない。
出産に立ち合わせてくれと強請っても、誰も取り合ってくれない。
もう丸1日だ。
ネージュが苦しみに喘ぎ悶え始めてから丸1日経ってしまった。
彼女が毎日恋文をしたためてくれていた本も、一昨日の夜中に書かれた文章を最後に、全く増えなくなった。
まるで地獄だ。
もう何時間経ったかわからない。
いつしか空は明るくなって、そして暗くなっていた。
断続的に響き渡るネージュの絶叫も、疲れからかだんだん弱々しく、それでいて掠れてきた。
「おぎゃあああああぁぁぁぁ!!」
ネージュの声が聞こえなくなった次の瞬間、オリオンの耳にネージュの声とは違う泣き声が聞こえてくる。
「!?」
「お湯!お湯を持って用意して!!こんなんじゃ足りないわ!!」
「タオルも足りないの!!早く!!」
飛び交う怒声の間を縫って、オリオンは愛しのネージュの元に走る。
「オリオン陛下!?」
扉を開け放って中に飛び込むと、そこには汗をびっしょりにして疲れ果てたネージュと真っ赤な赤子がいた。
「ここは男子禁制です!!さっさと出て行ってください!!」
「魔法でお湯を作る!下働きでもなんでもする!!だからここにおいてくれっ!!」
視界がぐらぐらと歪む世界で、オリオンは直角に頭を下げる。
「………陛下、泣くほど王妃さまが心配だったのですか?」
「え………?」
オリオンの乳母であり、侍女長を務める初老の女性の声で、オリオンは初めて自分が泣いていることに気がついた。
「王妃さまはお強いお方です。難聴でわたくしどもとうまく意思疎通が図れずとも、激痛に長時間苛まれようとも、決してわたくしどもに苦言を申されませんでした」
「ネージュが強い女性であることぐらい、僕が1番知っている………、ずびっ、」
どれだけ辛い訓練で大怪我を負うことになったとしても、オリオンは今まで1度として泣かなかった。けれど、オリオンはネージュが苦しんだのにも関わらず何もできなかったという現実に叩きつけられただけで、涙を流してしまった。
オリオンにとって、ネージュは全てであり、生きる意味だ。
侍女長はそれを分かっているからか、柔らかく微笑んだ。
「………普通、女性は出産時、あまりの痛みや苦しみで、我を忘れて周囲を罵ります。1番罵られる標的となるのは、夫ですわね」
あまりの衝撃告白に、オリオンはサッと顔を真っ青にした。
(ネージュは役立たずな僕を………、)
ぐっと拳を握り込むと、侍女長は苦笑してそっとオリオンの拳を解いた。手からは淡く血が溢れている。
「ーーーでも、王妃さまは、陛下の名前を呼びながら、ずっと『助けて助けて』とおっしゃっていました。それが何を意味するかお分かりになりますか?」
「………分からない」
「王妃さまは、そんな苦しい場面ですら、あなたのことお慕いしているということです。自信を持ってください。そして、このお部屋から直ちに出て行ってください」
にっこり笑った侍女長はオリオンの背中を押す。
ーーーぎいぃー、がちゃん………、
「え?」
目の前で扉が閉ざされて、オリオンは気が付いたらネージュの寝室の隣にある夫婦の寝室に追い出されていた。
「ほら!さっさとお湯とタオルを用意する!!陛下のことはこの際どうでも構いません!何を言われようとも、無視してください!!」
隣の部屋から聞こえる怒声を聞きながら、オリオンは背中を扉に預けて本を開く。
(僕はやっぱり役立たず、か………)
ここは何もしないことが1番の手伝いだと冷静になってやっと気がついたオリオンは、血だらけの手を魔法で癒やし、清める。
(彼女に、ネージュに恋文を書こう。言葉でにできないほどの感謝を、『ありがとう』を、恋文に………)
ペンを手に取ったオリオンは、初めての自分の子供が生まれた感動を、ネージュが苦しんでいる時に何もできなかった悔しさを、そして誰よりも何よりもネージュを愛しているという事実を、感情が赴くままに綴ったのだった。
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