第22話 番外編 愛おしい我が子たち

▫︎◇▫︎


 10年後、中庭のカウチに赤子を抱いてゆったりと横たわっているネージュの元に、1人の少女が走ってくる。弟2人を連れて走ってくる少女は、黄金のまっすぐな髪を靡かせて、氷色の瞳を爛々と輝かせた。


《お母さま!あのねあのね!!今日はヴァイオリンのレッスンで先生にお褒めいただいたのよ!もうオーケストラでソロ演奏をしても問題ない腕前だって!!》


 賢い少女は、いつもネージュに学んだことを話して報告してくれる。

 本当に賢い少女の声は、ネージュには全く聞こえない。

 魔法の才に恵まれ、勉学の才に恵まれ、身体能力に恵まれ、容姿にも家柄にも恵まれた、完璧で可愛くて、愛おしい我が子。

 叶うことならば、ネージュはこの子の声が聞きたい。


「そう、すごいわね、エリー」


 エリーことエリザベスは、今年で10歳を迎えた。

 ふにゃふにゃの赤子だったエリザベスは、何をどうすればこうなるのか分からないくらいに、しっかりとしたレディーへと成長を遂げていた。


《ーーーねえ、お母さまはお父さまが大好き?》

「えぇ、大好きよ。突然どうしたの、エリー」

《なんでもないわ》


 ネージュがよしよしと撫でるエリザベスの後ろには2人の少年がいる。

 エリザベスにへばりつくようにぴっとりと寄り添っているのは、今年で5歳になる双子の長男レオナルドと次男のレイナルドだ。

 真っ赤な炎のような瞳にストレートな銀色の髪を持つ、オリオンそっくりの容姿の双子は、いつもぴっとりとお互いの手を繋いでいて愛らしい。


《あのね、ぼくたちね、》

《きょうね、おべんきょうのね、》

《先生にね、ほめられたの!》

《ほめられたの!》


 2人で1つの会話を繰り広げる愛おしい夫そっくりのレオナルドとレイナルドの頭をを、ネージュはよしよしと同時に撫でる。


「ふふふっ、そう。とってもすごいわね、レオ、レイ」


 ふにゃっと幸せそうに笑った双子を見て満足そうに笑ったエリザベスを、ネージュは最後にもうひと撫でしてぐずり始めた生後半年の次女アンジェリカをあやし始める。

 オリオンそっくりのくるくるした金髪に、右目がオリオンそっくりの炎の瞳、左目がネージュそっくりの氷色の瞳を持つアンジェリカは、ネージュと瓜二つの容姿だ。


《………アンばっかり、》

《ままのことをとる》


 不服そうに頬を膨らませるレオナルドとレイナルドに、ネージュとエリザベスは苦笑する。


「ふふふっ、レオとレイもエリーみたいなカッコいいお兄さまになれるわ。エリーもね、最初はレオとレイみたいに頬を膨らませていたのよ?」

《えぇー、》

《嘘だよー!》


 カッコいいお姉さまであるエリザベスに憧れを抱いている双子は、エリザベスに視線を向けた。しかし、少し顔を赤らめてそっぽを向くエリザベスに、双子は大好きなお姉さまも自分たちが生まれた頃は我慢に苦労していたのだと気がついた。


《あ!お父さまだ!!》


 いきなり現れたオリオンの元に、話を逸らしたいエリザベスが走る。オリオンはエリザベスをぎゅっと抱き上げて、幸せそうに笑っている。

 ネージュは、そんな光景がとても幸せなものに見えた。


[みんなのことを見にきたよ、ネージュ]

[ふふっ、みんな元気でしょう?]

[そうだね]


 エリザベスを抱き上げたままやってきたオリオンは、カウチに座っているネージュの隣に手話で会話をしながら腰掛けた。

 レオナルドとレイナルドが自分たちも座りたいと両腕を上げてばたばた強請る。オリオンはそんな双子を抱き上げてカウチに座らせながら、ネージュの頭を優しく撫でた。

 彼の手に癒されながら、ネージュはアンジェリカの目元を撫でる。


[アンジェリカの瞳がそんなに心配かい?]

[………オッドアイの子供は、片目が弱視のことが多いのでしょう?それに難聴も………]

[その時はその時だ。盲目でも、難聴でも、この子を愛してくれる人は必ずいるよ]


 慰められるように抱きしめられて、ネージュは穏やかに笑った。


[そうね。この子が盲目や難聴だったら、オリーみたいなモノ好きを見つけてあげなくちゃね]

[むっ、誰がモノ好きだって?ネージュはとっても美人だよ]

[ありがとう]


 子供たちの前であるにも関わらず、躊躇うことなくキスを交わした。


 キスが終わってとろんとした顔になったネージュが元の戻り始めた頃、エリザベスがオリオンに抱きつく手を緩めて質問をした。


《お父さま、あのねあのね。お母さまがね、お父さまのこと大好きだって言ってたの!婚約者さまもエリーこと、そんなふうに大好きになってくれるかしら?》


 無邪気でいて不安げな笑顔を浮かべているエリザベスは、いずれこの国を背負わなくてはならない使命を、その小さな肩に背負っている。

 故に、姉弟の中でも唯一早い時点から婚約者が決まっていた。


 誠実で優しく真面目な婚約者に、エリザベスはめろめろだ。だからだろうか、エリザベスは時々不安げに両親に問いかける。


「大丈夫よ、エリー。それに、エリーを愛してくれない人なら、エリーから捨てちゃえばいいの」

《ね、ネージュ!?》《お、お母さま!?》


 ころころ笑うネージュは、母親になってもっと強くなった。


 だからこそ言える。


 その人の本質を見ようともしない人と、付き合わなくてもいいと。無理して添い遂げなくてもいいと。

 幸い、ネージュとオリオンがとても仲が良い夫婦故に、この国では自由恋愛で結ばれる夫婦が貴族間でも増えている。余程気性が合わなかったり、不貞行為をされたら、婚約破棄は簡単にできるだろう


「でもね、根気強く関わって話し合うというのは重要なことだと思うわ。時に、強引な行為に出てみるのもアリ」


 ふわふわとレオナルドとレイナルドの頭を撫でて妖艶に微笑みながら、ネージュはご機嫌に笑っている双子の頭からのけた手の人差し指を、くちびるに当てる。


「本当に欲しいものは、自分で勝ち取りに行くのよ、エリザベス」

《ーーーお母さま、カッコいい………!!》

「うふふっ、分かった?エリー?」

《はい!お母さま!!》


 にっこり笑ったエリザベスとネージュに、オリオンは頭を抱えていた。


 でも、ここには本当に幸せな世界が満ちていた。

 咲き誇る美しい庭園の花、美味しいお茶とお菓子。

 穏やかで幸せな表情をしている家族。


 ネージュは目を細めて、愛おしい夫とその間に生まれた愛らしい子供たちを見つめる。


(今日という日の幸せを、オリーへの恋文にしたためなくちゃね)


 さあっと吹き上げた風は、穏やかに幸せな家族を包み込んだ。

 今夜も子供たちが寝静まった後、ネージュはあの魔法の本に、オリオンへの恋文をしたためる。


 愛おしい彼に、愛しているよりも愛を届けるためにーーー。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

難聴令嬢は今日も恋文をしたためる 水鳥楓椛 @mizutori-huka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ