第4話

▫︎◇▫︎


 この国の住民は皆16歳で成人を迎える。

 そして、貴族の子供たちは16歳になった次の年の新年の夜会で必ず社交界デビューを果たす。

 12の月の31日に生まれたネージュは、遅生まれとして1の月の1日に行われる新年の夜会の最年少デビュー者として夜会に参加することになっていた。

 難聴や盲目は関係ない。

 この夜会には全てのデビュー者が参加しなければいけないという掟が存在しているためだ。よって、難聴であるネージュもまたこの夜会への参加は生まれた頃から決まっていた。


 12の月の1日、ネージュは10年ぶりに屋敷の外に出た。


 きらきらと輝く陽光。

 さわさわと爽やかに揺れる木々。

 ゆらゆらと揺らめく水面。

 のびのびと自由に羽ばたく鳥に蝶々。


 全てがもの珍しくて美しい。何時間でも眺めていられるくらいに美しくて眩しい風景だ。


(10年前までの私の当たり前は、こんなにも眩しいものだったのね)


 クリーム色のレースブラウスにワインレッドのスカートを合わせたネージュは、ふわっとスカートを揺らして、にこっと笑う。


[久しぶりのお外は気持ちいいわね]

[そうですわね。お嬢さま]


 はしゃぐネージュに優しく笑いかけたエリアンヌに、ネージュは満足そうに頷いた。頷いた際に、ネージュの身につけているアクセサリーが陽光にきらきらと輝いた。

 しゃらしゃらと揺れる頭と首、腕、耳、足に輝く黄金とルビーのアクセサリーは、もちろんオリオンからの贈り物だ。可愛らしいけれど繊細でいて、そして何より上品な作りのアクセサリーはネージュのお気に入りだ。お値段は知らない方が身のためだと感じ取っているネージュは、あえてこのアクセサリーたちの価値を考えないようにしていた。

 可愛くて嬉しければ、控えめに言ってなんでもいいのだ。


「ご機嫌よう、オリオン殿下」


 馬車に乗る前に、意識しなくてもできるまでしっかりと身体に叩き込んだカーテシーと挨拶の言葉を口にする。


[ちゃんと言えていたかしら?]

[はい!しっかりと言えておりましたわよ。再開が楽しみですわね]

[えぇ!]


 手話で会話をしながら、ネージュは馬車に乗り込んだ。

 遠い遠いネージュが今いる離領から、オリオンの住む王城がある首都までは早馬の馬車で早くて1週間。


 ネージュの長い長い旅が始まる。

 幸せに向かう旅が始まる。


 わくわくが止まらないネージュの視界には色鮮やかな世界が広がっている。

 全てが新鮮でネージュの心を浮き足立たせて、幸せにしてくれる。嬉しくて嬉しくて仕方がない。


(うふふっ、本当に楽しみ)


 しゃらしゃらと揺れるブレスレットを撫でて、ネージュは離領から旅立った。


 1日目にはお花畑で花冠を作って、押し花をお土産にした。

 赤いお花と水色のお花が巻き付くようなデザインの栞を2つ作ったネージュが、侍女に生優しい瞳で見られたのは言うまでもない。

 そして、彼からもらった本に1日目の報告をしたが、そのことを書けなかったのも言うまでもない。


(お、オリーには栞をサプライズプレゼントにするから報告できないわね)


 それっぽい理由を付けて言わなかったのも言うまでもない。


 2日目には湖畔で少し怯えながらも真っ白な美しい鳥を見た。

 羽ばたいた時に落ちてきた真っ白な羽をオリオンへのお土産にすることにした。とっても美しいし、何よりネージュの髪の色とお揃いだ。

 湖畔について本に書いたら、オリオンにとても叱られた。本からはものすごく心配する文章と、彼は未だに水に怯えているということが綴られていた。


 3日目には商店街に寄った。

 沢山の人々がいて、びっくりするぐらい物に溢れていた。きらきら輝いていて世界が眩しい。ここでもオリオンに沢山のお土産を買った。買った物の内容については報告しなかったが、オリオンは楽しみにしていると本に綴ってくれた。

 ネージュは4年かけて上手になった技術をふんだんに使って、その日もオリオンのお返事へのお返事である恋文をしたためたのだった。


 4日目、動物園に行った。

 ゾウさんやライオンさん、ヒョウさんにウサギさん、モルモットさんにキリンさん、ヒツジさんを見て、周囲の人が楽しそうな声を上げているようだ。

 けれど、ネージュはには聞こえない。少し寂しさを覚えながらも、エリアンヌが楽しそうなのを見つめて満足することにした。

 本にしたためていて悲しくなったけれど、オリオンには気付かれないように必死になって取り繕って文章を考えた。


 5日目、王都に近づいているからか街に賑わいを感じるようになった。

 音が聞こえないから喧騒は感じられない。けれど、人々の服装はどんどんオシャレになっていって、洗練された雰囲気を纏う者が多くなっていった。自分の疎外感を僅かに感じながらも、ネージュは負の感情を払うために首を少しだけ左右に振った。


〜〜〜


 愛しのネージュへ


 そろそろ王都へ近づいてきたくらいかな?

 僕は君に会いたくて仕方がない。迎えに行ってもいい?

 ねえ、いいよね!?

 駄目とは言わせないよ!!

 僕もうお城を出ちゃったからね!

 可愛い可愛いネージュに会えるのを楽しみにしているよ。

 僕の愛しい精霊姫へ愛を込めて


 オリオンより


 ps.明日には合流するね〜。


〜〜〜


「!?」


 びっくりしながらも本を落とさないように抱きしめたネージュに、エリアンヌは不思議そうに首を傾げた。


[どうかなさいましたか?]

[………オリオン殿下が明日合流しに来るそうよ]

[はい!?]


 驚いて口をあんぐりと開けたエリアンヌにネージュは大きなため息をついた。突拍子も無いことをしでかすのが日常らしいオリオンは、今回も今回で従者やら騎士やらを振り回しているらしい。本当に、迷惑王子だ。


(オリーは相変わらずね)


 はしゃぐ声を上げながら全力疾走で教育係から一緒に逃げていた頃を思い出して、ネージュはくすっと笑う。

 お互いに変わったところも変わっていないところもあるだろう。

 けれど、オリオンはオリオンで、ネージュはネージュだ。

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