戦車との戦い
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──戦車との戦い
一方、マリーの屋敷にはクーデター軍が向かっていた。
無線で連絡を受けた近衛装甲擲弾兵師団の機械化歩兵大隊に加えて近衛装甲師団から戦車中隊が加わっている。
「いい夜だ」
屋敷の外に出たセラフィーネが夜空を見上げてそう言う。
空は暗く、星が僅かに輝き、月は赤い。
「お婆様。本当に迎え撃つのですか?」
「この私に敵を前にして背中を向けろと言うのか? 言語道断。敵が来るならば皆殺しにするまでだ。殺し甲斐のある連中が来てくれるならばいいのだがな」
マリーが心配そうに尋ねるのにセラフィーネがからからと笑う。
「しかし、状況がいまいち分かりかねる。何故王族が逃げている? 何故戦わない?」
「クーデターです。第2王子が謀反を起こしました。アウグスト殿下が仰るには近衛はほぼ敵についたということです。今のアウグスト殿下に忠誠を誓う部隊がどこにいるかもわかりません」
「謀反か。昔と変わらないな。兵を得て、武具を得て、力を得れば上を目指す。それが人の業よ。力なき主君への忠誠など脆くも崩れ、力あるものたちが争い続ける。そういうものも嫌いではないがな」
マリーの説明にセラフィーネがそう返しながら正門を抜けて通りに出た。
「鉄の臭い。近いな。そろそろか?」
セラフィーネが周囲を見渡しながら朽ちた剣を握り締める。
「重々しい鉄の音がするぞ。何を生み出したのだろうな。人が人である限り戦争はなくなることはないし、戦争という人殺しの技術の披露宴は永遠に進化し続ける。楽しみだ。楽しみでならない。胸が躍る。血が騒ぐ」
戦車と
「誰かいるぞ」
「夜間外出禁止令が出ているから市民ではない。撃て!」
車列の先頭を進んでいた機械化歩兵大隊に所属する偵察用の小型装輪装甲車が、装備している口径7.62ミリ車載機銃の銃口をセラフィーネに向けた。
「撃て!」
車載機銃が短く掃射され、セラフィーネに銃弾が叩き込まれる。
「なっ!?」 当たってないぞ! 何をやってる!」
「ね、狙いは正確でした! 外したはずがありません! 何か妙なこと──」
装輪装甲車の車長がセラフィーネを見て叫ぶのに車載機銃を発砲した砲手が言い返そうとしたときだ。
装輪装甲車が縦に真っ二つになった。
積んであった20ミリ機関砲の砲弾や近接防衛用迫撃砲弾が暴発して爆発し、さらにガソリンエンジンの燃料が炎上して乗員ごと燃え上がる。乗員が火だるまになりながら装輪装甲車から放り出されて転げ回った。
「まずはひとつ」
朽ちた剣を構えたセラフィーネが犬歯を覗かせて笑っていた。
『リラ・アイン、リラ・アイン。何が起きた? 報告せよ!』
無線が撃破された装輪装甲車を呼び出すが既に無線も破壊されている。乗員は焼死し、答える者もいない。
「リラ・アインが接敵した模様。大隊全員降車せよ。戦車中隊を前に。歩兵は戦車を支援しながら前進せよ。敵は対戦車兵器を保有している可能性が高い」
近衛装甲擲弾兵師団隷下の機械化歩兵大隊の大隊長である陸軍少佐が無線に向けて命令を下し、
近衛装甲師団から派遣された戦車中隊の戦車は車列前方に進出。50口径90ミリ戦車砲を主砲とする第1世代主力戦車を装備した近衛装甲師団の戦車中隊には、中隊指揮車を含め全17両の戦車が所属している。
歩兵は戦車を盾にしつつ、かつ戦車を狙う対戦車兵器を探る。
戦車という兵器は視界が悪く、索敵において歩兵に劣る。故に歩兵が索敵して脅威を攻撃し、戦車は歩兵に装甲と火力を提供する。理想的な諸兵科連合だ。
『ゲルプ・ツヴァイ。目標らしきものを発見』
『大隊本部よりゲルプ・ツヴァイ。目標について報告せよ』
『少女だ。剣で武装しており、撃破された装輪装甲車が見える』
前方に出た戦車の通信兵が大隊本部に報告する。
『少女だと? 冗談を言ってるのか?』
『嫌な予感がする。途轍もない殺意を感じる。射撃許可を求める!』
『轢き殺せ。砲弾の無駄だ』
『クソ』
大隊本部の命令に戦車が42トンの重量のあるそれを大出力のガソリンエンジンで可能な限り加速させ、セラフィーネに向けて突撃した。
「さながら騎兵突撃だな。だが、もっと恐ろしく、もっと獰猛で、もっと殺意に満ちたものになった。素晴らしい。だが、相変わらず怯えの色が見える。戦場に立つ戦士らしからぬ感情だぞ?」
自分に向かって突撃してくる巨大な鋼鉄の怪物を前にセラフィーネは嘲るようにしてそう言い、その朽ちた剣を横に振るう。
『うわっ──』
次の瞬間戦車の正面装甲が切り裂かれ、砲塔が弾薬の誘爆を起こして大爆発し、砲塔が空高くに吹き飛ぶ。車体は爆発によって炎上し、強力な戦争の主役である戦車は一瞬でスクラップと化した。
『ゲルプ・ツヴァイが撃破された! 敵は対戦車兵器を所持している!』
『歩兵の援護を受けて進め! 随伴歩兵から離れるな!』
機械化歩兵大隊の兵士たちが戦車の傍に立ち、歩兵の携行する小火器によって戦車を援護する。戦車は一度後退し、距離を取りながら砲塔を旋回させ主砲をセラフィーネに対して向けた。
『ゲルプ・ドライ、目標を攻撃する!』
そして、主砲から砲声を響かせて榴弾がセラフィーネに叩き込まれた。
「ほう。何とも威勢がいい。人狼の雄たけびにも似ている。聞くものを怯えさせ、戦意を削ぐ戦争の音楽だ。戦争と音楽は切っては切り離せない。戦士たちは己を鼓舞し、敵を震えさせるために歌う」
『ゲルプ・ドライより中隊指揮車! 大尉殿! 砲撃が効きません!』
戦車の主砲からセラフィーネに向けて放たれた榴弾は空中で停止し、セラフィーネがそれをみて獰猛な笑みを浮かべていた。
「お返しだ。貰っておけ」
セラフィーネは榴弾の向きを変えて、発射した戦車に向けて放つ。
榴弾が戦車の正面装甲に命中し、戦車が揺さぶられる。
『ゲルプ・ドライ、被弾、被弾!』
『照準器破損! それ以外に損害ありません! 戦闘可能!』
流石に榴弾では主力戦車の正面装甲は破壊できない。戦車は生き残った。
『とにかく撃て! 撃ち続けろ!』
戦車が主砲と同軸機銃をセラフィーネに向けて乱射する。再び装填手が砲弾を装填し、砲手が壊れた照準器で狙って榴弾が放たれ、さらには同軸機銃が連続射撃。
「戦車を援護しろ! 機関銃班、制圧射撃だ!」
随伴歩兵も重機関銃を装備する機関銃班がベルト給弾式の機関銃を使って射撃し、歩兵たちが小火器でセラフィーネを撃ち続ける。
ただひとりの相手を攻撃するのにここまでの規模の攻撃が行われることは稀だ。狙撃手を叩く場合ぐらいにしかここまでの総攻撃は行われない。
「愉快だ。愉快だ。殺意に満ちている。よき戦争だ。武具は変われど戦争は変わらぬ。人が人を憎み、殺す。偉大なる戦士が名誉と武勇を誇り、それを歌ったところで、血にまみれた人殺しであることに変わりはない」
全ての銃弾と砲弾はセラフィーネに達せず、空中で砕かれ、暴発し、見えない壁のようなものに阻まれていた。セラフィーネは自分を殺す、そのことだけに必死なクーデター軍を見て満足そうに笑っている。
「そう、人殺しだ。昔から人は異なるものを殺して来た。人も人ならざるものも。殺人に名誉はあるのかと坊主は問うた。それは名誉ではなく、罪ではないかと」
朽ちた剣をセラフィーネが振るう。
戦車の主砲から放たれた榴弾が運動のベクトルを捻じ曲げられ、随伴歩兵の隊列に突っ込んだ。大きな爆発が生じる。
「ああ! ああ! 俺の腕がっ! 腕が!」
「衛生兵! 衛生兵! 来てくれ!」
「そいつはもうダメだ! 腹が裂けて腸が出てる! 助からん!」
榴弾の爆発と撒き散らされた鉄片によって身体を引き裂かれた歩兵たちが悲鳴を上げてのたうちながらも戦闘を継続する。
「なるほど。武具を持たぬ年寄りや赤子を殺し金を奪うことと戦争において戦士が敵を殺すのは同一かという話だ。どちらも命を奪い、自らが生き延びることだ。坊主は私にそう言って教えとやらを説こうとした」
兵士たちの悲鳴を心地よい音楽のように聴きながらセラフィーネがひとり語る。
「では、人を襲って喰らった熊は罪人か? 兎を狩る狐も罪を負っているのか? 人が獣を殺してその肉で飢えから逃れることと人を殺して生き残ることになんの違いがあると私は坊主に言ってやった」
戦車がまた榴弾を発射するがセラフィーネに達する前に暴発。
「すると坊主のひとりは獣を食らう際には祈りを捧げ、感謝すると言った。では、私も殺す相手を戦神モルガンの名において祈り、感謝してやると返してやった。それで殺される相手が満足するならばと」
重機関銃がけたたましい銃声を響かせて銃弾をセラフィーネに叩き込んだが、屋敷から前進してきたゴーレムがその全てを弾いた。
「装甲目標だ! 戦車に撃破させろ!」
「ゲルプ・ドライ、ゲルプ・ドライ。敵装甲目標を攻撃せよ!」
随伴歩兵が歯が立たないゴーレムに戦車の火力支援を要請する。
「もうひとりの坊主は自分は獣の肉は食わないと言った。ただ木の実だけを食べて暮らすと。私は笑ってやったよ。お前は木の実を必要とする栗鼠や鳥からそれを奪い、そのものたちを飢えさせているではないかと」
『ゲルプ・ドライ、砲撃する!』
戦車の主砲がゴーレムに向けて
だが──。
『弾かれた! 次弾装填! 急げ!』
『クソ、化け物め。あれに重戦車級の装甲があるってのか』
戦車の放った
「結局のところ、この世に生まれた全ての生命には他者を殺して奪う権利があるのだ。弱者は殺されて奪われ、強者こそが奪って生き残って来た。それが摂理よ。人も獣も同じ、血に飢えた略奪者だ」
セラフィーネが歌うように語り、彼女のゴーレムが巨大な剣を構えて前進する。
「私は讃えよう。農村を襲って農民を虐殺して食料を奪う傭兵どもを。その傭兵どもを皆殺しにする騎士どもを。騎士たちに反乱を起こし碌な武具もなく数で殺す農奴どもを。それらは等しい価値の戦士である」
『畜生! 敵装甲目標が接近している! ゲルプ・アイン、ゲルプ・アイン! 援護してくれ!』
高らかを歌うセラフィーネを無視し、戦車中隊はもう1両の戦車が強引に前に出て友軍戦車を支援しようとしていた。
「そして、お前たちもまた人殺しであり、獣であり、戦士だ。殺す価値があるかは自らか示すがいい。人殺しも、獣も、戦士も戦うことで価値を示す。死を恐れることなく、死神と戯れて雄たけびを上げ、敵を殺せ」
『ゲルプ・アイン、砲撃』
前方に出た戦車がゴーレムを
『なんてこった! 化け物だぞ! 砲手、よく狙え! 脚部だ! 敵の足を狙え!』
『了解!』
戦車は狙いをゴーレムの脚部に定める。
『ゲルプ・ドライ、砲撃!』
『ゲルプ・アイン、砲撃!』
そして2両の戦車が同時に
『どうだ? やったか?』
黒煙が周囲を覆い、視野が閉ざされる。
キューポラに備えられた潜望鏡から戦車の車長が砲撃の効果を確認しようと目を凝らして黒煙の中に注目していた。
だが、突如として黒煙が切り裂かれた。
『敵装甲目標、健在! こっちに向かって──』
巨大な剣を振り上げたゴーレムがゲルプ・ドライの車長の視界に映ったと同時に剣が振り下ろされ、120ミリはある装甲が紙のように引き裂かれると砲塔が真っ二つになった。砲塔にいた車長、砲手、装填手はその時点で死亡。
さらに弾薬が暴発を起こし、裂けた砲塔から炎が花火のように吹き上がる。
『ゲルプ・ドライがやられた!』
『敵装甲目標、こちらにも接近! 後退、後退!』
戦車がゴーレムに狙われるのに大慌てで戦車が逃げようと後退を始める。
「轢かれるぞ! 道のわきに逃げろ!」
「戦車が逃げるぞ! どうするんだ!?」
随伴歩兵たちは大混乱である。
無限軌道が音を立ててアスファルトの道路を走り、ゴーレムが逃げる戦車を追撃。戦車は装填手が急いで装填した
『やられる! 脱出しろ! 脱出──』
ゴーレムの剣が再び戦車の砲塔を切断。運の悪いことに装填中だった
「負傷者だ! 衛生兵!」
「クソ、クソ、クソ! 血が止まらない! 誰か手伝ってくれ!」
流血、流血、流血。
道路が血に染まっていく。
「戦争だ。戦場だ。殺戮の場だ。野蛮の宴だ。私が生きるのはここ以外に非ず。炎と踊り、悲鳴を歌わせ、血で彩る。さあ、戦士たちよ。私を殺してみろ」
セラフィーネが剣を踊らせるとさらにゴーレムが出現。戦車に随伴していた歩兵に向けて前進を始める。
「銃弾が効かない! 効果なし、効果なし!」
「手榴弾、手榴弾!」
歩兵は自分たちの有する全ての火力をゴーレムにぶつけるもまるで意味をなさない。
『第1歩兵中隊、第1歩兵中隊。こちら大隊本部。前方で戦車が炎上しているのを確認した。何が起きているのか報告せよ』
「化け物です! 化け物と交戦中! 支援をください!」
『正確に報告せよ』
「だから、化け物だ! 化け物がいる! 剣を持った少女の化け物だ!」
『気は確かか? 正確に報告せよ!』
「クソ! いいから支援を──」
そこで大隊本部と繋がっていた無線機が壊れた。
「中隊長殿! 敵装甲目標の進軍、防げません! 現有の火力では効果はありません! 大隊本部に支援を要請してください!」
「畜生。なんてこった」
ゴーレムの後ろからセラフィーネが剣を握って進んできた。
「戦え、戦士ども。臆するものは何もなせず、勇敢なものだけが名を刻む。さあ、武具を握り、蛮勇を以てして奮い立ち、死を恐れず戦って、私を殺してみろ」
セラフィーネが剣を握ったままゴーレムの前に出る。
「クソ、クソッタレ。俺は戦士だ。やってやる。やってやる。やってやるぞ!」
「お、おい! やめろ!」
兵士のうちひとりが工兵用の梱包爆薬を抱えてセラフィーネに向けて突撃した。
「ほう。勇気を示したな。素晴らしい。いい戦士だ。お前のために祈ってやろう。戦神モルガンの名において戦士として死ね」
「くたばれ、化け物!」
セラフィーネが剣を振るい、兵士が腹部を切断され内臓をこぼすが、それでも兵士は進みセラフィーネに肉薄して梱包爆薬を自分もろとも爆発させた。
爆風が吹き荒れ、兵士たちが戦友の恐るべき行動を前に目を見開く。
「ははっ。はははははっ。何という勇敢な兵士であっただろうか。お前の魂は死後の世界にて神々に祝福され祭られるであろう。羨ましいぞ。心から羨望する。素晴らしき死だ。。栄誉ある戦士の死だ! 勇者の死を讃えよ!」
爆発を受けたセラフィーネは左半身が吹き飛んでいたが、それが映像を逆再生したかのように衣服ごと元通りになる。そして、どこまで愉快そうに笑うセラフィーネの蛇のような瞳が兵士たちを見つめた。
「ば、化け物だ……どうしようもできない……」
「に、逃げろ! 殺される!」
ついに士気が決壊。セラフィーネを前に兵士たちが武器を捨てて逃げ出す。
「敵前逃亡は銃殺だ! 武器を捨てるな! 隊列に戻れ!」
将校は拳銃で逃走しようとする兵士たちを銃撃して叫ぶ。
「ふざけるな! あんな化け物に勝てるわけないだろ!」
だが、兵士が将校を銃撃して殺害し、一斉に壊走が始まってしまった。
「勇敢さを示し、率先して死んだ戦士を見て戦意を燃やすのではなく逃げるだと? 何という堕落だ。勇者に続こうというものはいないのか? 戦士としての魂はどうした? 全く、この時代の兵士たちには落胆させられる」
セラフィーネが盛大にため息を吐くと、彼女は無造作に朽ちた剣を振るった。
またいくつもの剣が現れ、逃げる兵士たちを背後から斬り殺してく。
『ゲルプ・フィアより中隊指揮車。歩兵が逃走している。何か不味いことが起きているようだ。前方に炎上している友軍車両が見える』
『中隊指揮車よりゲルプ小隊は前進して状況を確認し、脅威があれば撃破せよ』
『ゲルプ・フィア、了解。ゲルプ・フュンフは本車を支援せよ』
そして、逃走する歩兵から逆走するように戦車が進む。
その後、戦車からの通信はすぐに途絶えた。
……………………
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