朽ちた剣、我が友
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──朽ちた剣、我が友
太古の昔、神々が地上で争っていた時代。
その時代を生きたもっとも偉大なる魔女にして最悪の殺戮者──セラフィーネ。
「何故、お前は戦わなかった?」
マリーに対してセラフィーネが問いかける。
「父を殺されたのならば、そのものたちを八つ裂きにしてやればいいではないか。殺して、殺し尽くせばいいい。中隊が壊滅すれば次は大隊を、大隊が崩壊すれば次は連隊を、連隊が死に尽くせば次は師団を、ただ殺せばいいい。そうだろう?」
心底不思議そうな顔をしてセラフィーネがマリーに尋ねた。
「私には無理です。何もできません」
「そのようだな。私の血を確かに引いているようだが、私の血がここまで衰えたとは。惨めなものだ。全く、何をしていた、お前たちは? 平和の中で腐敗したか? 戦いに身を置くことこそが私の血の在り方だと言うのに」
マリーの言葉にセラフィーネが吐き捨てる。
「まあ、いい。お前は許してやる。だが、忘れるな。お前も私の血を引いているならば戦わなければならない。これ以上私の血が腐敗し、洞窟の中で年老いたドラゴンのような臭気を放つことは許さん」
「しかし、お婆様」
「しかしもだがもなしだ。運命というものを信じるか、小娘?」
「運命……?」
「広大な戦場で相手のもっとも優れ、殺意に満ち、勇敢で、恐れることのない戦士に偶然巡り合える。それは運命だ。運命が私にそいつを殺せと言っているのだ。だから、私は殺す。出会った戦士全てを」
セラフィーネが立ち上がり、右手を宙にかざした。
「私の剣を。永遠に朽ち続ける呪いの剣を」
セラフィーネがそう唱えると、錆びてその刃が切れ味というものを完全に失ったかのような古い剣が魔法陣から現れ、その手に握られる。
「私の剣よ。今再び私の手に収まったな。喜びとはこのようなことを指すのであろう。春の訪れや酒と肉の宴ではなく。さあ、昔のようにやろうではないか。戦争を。我らが戦争を。永遠の喜びとなる戦争を」
その剣を手にセラフィーネが獰猛な笑みを浮かべた。
「いたぞ! 逆賊カールの娘だ!」
「殺せ!」
そこにクーデター軍の兵士たちがやってきてライフルの銃口を向ける。
「何だ、その玩具は? 剣は、弓はどうした、新兵ども?」
「撃て!」
ライフルが火を噴き、銃弾がセラフィーネに直進する。
「くだらん」
だが、銃弾はセラフィーネに到達することなく空中で押しつぶされて消滅した。
「なっ……!?」
「撃て、撃て! 殺せ!」
兵士たちが混乱して何度も発砲するが全く意味をなさない。
「新兵。戦う気がないのか? そんな音の鳴る玩具で何がしたい? 音を鳴らすならば喇叭を吹け。猛々しく楽器を鳴らし、鬨の声を上げて突撃しろ。恐れることなく、歓喜しながら死に飛び込め。そうでないのなら──」
セラフィーネがその朽ちた刃を振るった。
「死ね」
兵士たちの体が血を撒き散らして爆ぜる。
マリーは臓物が、肉が、血が一瞬で周囲をグロテスクに彩るのを見て呆然としていた。そして、セラフィーネは愉快そうに大笑いしていた。
「さあ、皆殺しだ。鏖殺だ。族滅だ。宴は始まったばかりだぞ」
セラフィーネが笑いながら兵士たちの死体を眺める。
「ついてこい、小娘。その瞳に焼き付け、脳に刻め。我々が生きる意味を、我々が生きる場所を、我々の約束の地をお前に教えてやる」
「は、はい!」
朽ちた剣を携えたセラフィーネは堂々と廊下を進み、マリーがそれに続く。
「何だ、あれは」
「逆賊カールの娘です、軍曹殿。殺しましょう!」
「クソ。嫌な予感がする。小隊、構え!」
下士官の命令で立ちふさがる兵士たちがライフルと機関銃の銃口をセラフィーネに対して向けて射撃を開始した。だが、全ての、あらゆる銃弾がセラフィーネに到達することはなく、空中で全て消滅する。
「我が従僕よ。鋼鉄の戦士の
セラフィーネが剣を振るって唱えると、昔の重装騎兵のような、いやそれよりもずっと大きく、全てが鋼に覆われた巨人たちが8体姿を見せた。
セラフィーネの前で隊列を組んだ鋼鉄の巨人──ゴーレムが巨大なクレイモアを構えて射撃を行う歩兵小隊を前にした。
「
セラフィーネがそう命じるとゴーレムがクーデター軍の兵士たちに突撃。
「あれは何だ? どこから現れた?」
ゴーレムを生み出す魔術は太古の時代に使用できるものたちがそれを託すことなく絶えたため、今の時代にゴーレムを知る者はいない。
「う、撃て! 機関銃、撃ち続けろ! 手榴弾も使え!」
「了解です! くたばれ、化け物!」
歩兵小隊に配備されている軽機関銃がけたたましい銃声を響かせてゴーレムの軍勢を射撃し、手榴弾が何発も投擲される。軽機関銃は何十発もの銃弾をゴーレムに浴びせ、手榴弾は爆発の衝撃と鉄片を撒き散らし、殺戮の嵐を吹き荒れさせた。
「こ、効果なし! 効果ありません、軍曹殿! どうすればいいんですか!? 指示をください、軍曹殿! 軍曹殿っ!」
「対戦車ロケットを使え! ここは室内だ! 後方のバックブラストに気を付けろ! 対戦車ロケット、射撃準備!」
ここで無反動砲として設計された携行型対戦車ロケットがそれを担いでいた兵士たちによって構えられ、狙いを迫りくるゴーレムに定める。
「撃て! 叩きのめせ!」
対戦車ロケット弾がバックブラストとして高熱の煙を後方に噴出しながらゴーレムに向けて
いくつかの対戦車ロケット弾が命中し、屋敷の廊下に煙が立ち込める。
「やったか?」
「いくら化け物でもこれを食らってくたばらないはずが……」
爆発によって生じた黒煙の中を兵士たちが僅かに手を振るえさせながら睨む。
「技術は進歩したようだが、その技術によって戦士たちは憶病になり、獰猛さを失い、己の果たすべきことを忘れてしまったようだな。昔の戦士たちは死を恐れず、どのような敵にだろうと、武器がなかろうと挑んだものだぞ?」
セラフィーネの声が響いた瞬間、黒煙が切り裂かれてクレイモアを構えたゴーレムたちが一瞬で兵士たちに肉薄した。
「う、うわあああ──」
ゴーレムの握るクレイモアがまるで熱したナイフでバターを切るようなごとく兵士たちを切り倒し、ゴーレムの無機質な灰色の鋼鉄が表面に真っ赤な鮮血が滴る。
「軍曹殿! 軍曹殿! どうすればいいのですか!?」
「ここは退くぞ! 制圧射撃を行いながら後退! 銃弾を絶やすな! 手榴弾も全て叩き込め! ここから退いて大隊に合流する! 大隊には戦車もいる!」
「了解!」
兵士たちの一部が装備する短機関銃が拳銃弾をゴーレムに叩き込み、手榴弾が何度も爆発する。屋敷の中には銃痕と焦げ跡が刻まれるが、ゴーレムには傷ひとつない。
「退き時を誤らないのもまた優秀な戦士ではある。だが、どうに戦意と勇気が不足しているな。私がお前たちに戦争というものを教えてやろう。異なるもの同士が争い、相手を殺すためだけに進化し続けた戦争というものを」
セラフィーネが撤退しようとする兵士たちにそう言うと彼女は朽ちた剣を構えて、まるで瞬間移動したかのように加速し、兵士たちに肉薄する。
「この剣の刃は朽ちて、何も切り裂くことはできない。ネズミの一匹すらも。だが、私は魔女であり、この剣は私とともに生きて来た。喜びを与えてやろう。人を裂き、血を浴びる喜びを」
朽ち果てた剣が青い光を宿すと、セラフィーネはそれで兵士の首を刎ねた。朽ちているはずの剣はギロチンように容易く兵士の首を引き裂いで、身体から切り離す。
「クソ、クソ、クソ! くたばれ、この化け物め!」
「そうだ。怒り、憎悪し、嫌悪し、敵を化け物だと思い込み、殺意を満たして、勇気を絞り出せ。私を殺してみろ。できるものならばな」
短機関銃を乱射する兵士の胴体をセラフィーネが真っ二つに両断。
「私の剣よ。お前も私も変わらないな。お前は相変わらず私の手に馴染む。多くのものをお前の刃で殺してきた。神すらも。私の一番の戦友だ。さあ、思うがままに殺し続けようではないか」
セラフィーネが返り血を浴びつつ、次の兵士に向かう。
「た、助けて! 死にたくない! 軍曹殿、助けてくだ──」
「戦場に入って泣き言を言うな。私の戦場を汚すようなことを。戦士ならば勇気を示し続けろ。死すら受け入れて戦え。栄誉ある戦いの死は、不名誉な敗残の生より価値がある。戦って、足掻いて、噛みついて死ね」
朽ちた刃に宿った魔女の力によるもうひとつの刃が容赦なく武装した兵士たちを切り裂き、臓物を撒き散らし、鮮血を舞い踊らせ、悲鳴を歌わせた。
「クソ! どうなってるんだ!? 銃弾がどうして当たらないんだ!?」
「手榴弾、手榴弾!」
発射レートは高いが威力は低い短機関銃と射撃感覚は早くないが威力がある半自動ライフルの射撃は、どちらにせよセラフィーネに傷ひとつ負わせられず、撤退しようとする複数の兵士によって手榴弾が投擲される。
爆発。
「ほう。それなりに愉快な戦争になったようだな。だが、やはり技術に頼りすぎで勇気が足りない。兵士としての戦意と殺意が足りない。それではいくら優れた武器を持っていようと何の意味はないぞ」
手榴弾の爆発で生じた黒煙の中でセラフィーネがそう兵士たちを嘲る。
「優れた兵士は優れた兵器に勝る。そのことを教育してやろうではないか。しかと学ぶがいい。その命を以てして」
セラフィーネがそう言い朽ちた剣を兵士たちに向けて構えた。
「どうなっているんだよ!? 銃弾も手榴弾も通じないなんて!?」
「退け! 退くんだ! 交互に援護して撤退しろ! あれは化け物だ!」
小隊の兵士たちは弾が切れていることにも気づかずパニックになって引き金を引き続け、軽機関銃も長時間の連続射撃で銃身が熱によって爛れ、弾詰まりを起こしている。
「剣舞。我が剣よ。舞い、斬り、裂き、貫け」
セラフィーネが朽ちた剣の剣先を兵士たちに向けたまま歌うように唱えた。
次の瞬間、朽ちた剣から全く同様の剣がいくつも複製されたかのように空中に出現するとそれらが一斉に兵士たちに向けて飛翔した。
そして、剣が舞った。その刃を踊らせて、兵士の血で軌跡を描きながら。
「どうだ。この武器は大昔のものだぞ。それでも使い手次第では敵を殺せる」
セラフィーネが唇を歪め、剣を踊らせ続ける。
「ひっ! に、逃げろ! 逃げろっ!」
「負傷者を見捨てるな! 隊列を維持しろ! クソッタレ!」
次々に兵士であった、そして人間であったものの破片が飛び散り、血が屋敷の壁に撒き散らされ、腹から出た臓物が床にぶちまけられ、肉片が天井に張り付く。
「流れる血と汗、そして臓物から漏れる汚物の臭い。戦場の臭いだ。戦争の臭いだ。高ぶるなあ。どのような美酒の香りであろうとこれには及ばない」
セラフィーネが満足そうに笑いながら進み続ける。
兵士たちの死体があちこちに転がり、逃げようとしたものは背中から貫かれ、戦おうとしたものは首を刎ね飛ばされた。
生存者は武器を捨てて、恐怖から動けずにいる。
「どうした? 武器を取って戦え。何のためにここに来た? 戦うためであろう。そうであれば最期まで戦うがいい。武器で、武器を失ったならば拳を振るい、歯で噛みつけ。戦争とはそういうものだぞ」
セラフィーネが震えながら立ちすくむ兵士を前に顔を寄せて言い放つ。
「た、助け……」
「惰弱な。もういい、死ね」
そして彼女は兵士の首を朽ちた剣で刎ね飛ばし、ついに小隊の生存者はゼロになった。彼らの死体だけが屋敷の廊下に残された。
「小娘。ついてきているか」
「はい……」
セラフィーネが死体の積み重なる廊下をマリーの方を振り返るのにマリーが頷いた。
「お前も私の血を引いているのだ。滾るであろう。まだその血は眠っているようだが、いずれ目覚める。そのときが楽しみだな」
そう言って小さく笑うセラフィーネと彼女の殺した死体の山を見て、マリーは不思議なまで自分が落ち着いていることに気づいた。もう血を見ても、死体を見ても、臓物を見ても、心臓が早鐘を撃つことはないと。
「進め。軍靴を鳴らし、意気揚々と進め。我らが向かうは戦場だ。戦士たちが武勇を示し、野蛮こそが法であり、死こそが美徳。戦場へ。いざ戦場へ。我々は行進する」
古い、とても古い軍歌を口ずさみながらセラフィーネが屋敷の中を進む。彼女の履いた軍靴が特有の足音を立てている。
「なんだ、あれは」
「おい! 貴様、そこで止まれ! ここで何をしている!」
そこでカールの射殺を命じた陸軍大尉がセラフィーネを見つけ、兵士たちがライフルの銃口を向ける。
「名乗れと言うか。そうだな。名乗りを上げるのも戦の作法のひとつではある。よき習わしだった。あっという間に廃れてしまったのが残念でならんよ」
セラフィーネは肩をすくめてそう語る。
「では、名乗ろう。私こそはカーマーゼンの丘にて契りし魔女のひとり。戦神モルガンより与えられし剣の魔女の称号を持ちしもの。ヘグニ王より任じられたブルーティヒラント女公にして魔女セラフィーネなり!」
セラフィーネが堂々と名乗りを上げ、同時に再び朽ちた剣を放った。
「なっ! すぐに隊列を組め! 機関銃手、射撃急げ! 制圧射撃だ! 通信兵、大隊本部に連絡!」
「集合、集合! 中隊全員集合せよ!」
兵士たちが一瞬で切り倒されるのに将校と下士官が叫ぶ。
「ゴーレム、
さらに鋼鉄のゴーレムたちが巨大な剣を手に兵士たちに向けて前進し始めた。
「対戦車ロケットを使え! 通信兵、大隊本部に連絡が取れたか!?」
「取れました、大尉! 大隊本部と繋がっております!」
「無線を貸せ! 大隊本部、大隊本部! こちら第3歩兵中隊! 未知の敵と交戦中である! 現有戦力での対応は困難であり、援軍を要請する!」
無線機に向けて陸軍大尉が叫び、兵士たちは彼を守るために陣形を組んで射撃を続ける。家具を即席の陣地にして二脚を立てた軽機関銃がけたたましい銃声を上げ、半自動ライフルがセラフィーネにライフル弾を撃ち込み。
「今の戦争は随分と変わったものだな。もう剣を構えて挑んでくるものはいないのか。寂しいものだな。鬨の声を上げ、戦士たちが死に向けて突進した時代はもはや遠い過去のことになってしまった、と」
セラフィーネが少しばかり寂しそうな表情を見せると朽ちた剣を振るった。
次の瞬間、強烈な衝撃波が屋敷の中に発生して射撃を行っていた兵士たちを薙ぎ払う。衝撃波は兵士たちの内臓を押しつぶし、肺を潰して呼吸を止め、兵士たちは幾分か喘ぐと出血性ショックで死に至った。
無線機で大隊本部と通信していた陸軍大尉も死んでしまった。
「これもまた戦争。勇敢でありさえすれば、命を捨てる覚悟があれば、何事かをなすことはできる。惰弱にして臆病で、生に縋るものには何もなせん」
そう言い放ってセラフィーネは玄関に向けて進んだ。
そこにはマリーの父カールの遺体が放置されている。
「お前の父か?」
「はい。私の父です、お婆様」
カールの死体を見下ろしてセラフィーネがマリーに尋ねるのにマリーは現実味のない様子でそう返した。
「武具を持つものが勇敢であることは当然だ。武具を持つものが武具を持つものに挑むのもまたしかり。だが、武具を持たぬものが武具を持つもの挑むのは、ただただ真に勇敢である。そのものは己のみを信じたのだから」
セラフィーネはそう言って僅かに屈むと開いたままのカールの目を白い手袋に覆われた手でそっと閉じさせた。
「お前の父は勇敢であったな。誇るがいい」
セラフィーネは僅かに優し気にマリーに告げた。
「お、お嬢様……? ご無事でしたか?」
「ええ。私は大丈夫です」
そして、部屋に隠れていた使用人たちが出てきてマリーを気遣いつつも、セラフィーネに畏怖の視線を向ける。
「王太子殿下は?」
「ご無事です。まだ賊軍には見つかっておりません」
「では、脱出を。車を手配してください」
「はい、お嬢様」
どこか落ち着いた様子でマリーが言うのに使用人たちが動き始めた。
『王国臣民の皆さん。ティゲリアム王国王室王位継承法に基づきゲオルグ第2王子殿下が正式に国王に就任なさいました。国王陛下は国家非常事態評議会議長ヘルマン・カイテル陸軍上級大将を王国宰相に任命することを発表されています』
使用人によって付けられたラジオがクーデター軍に制圧された王立放送局が放送するラジオ放送を流していた。
『先ほどカイテル王国宰相はホルティエン共和国によって引き起こされた逆賊アウグストによる前国王フリードリヒ9世の殺害によって生じた政治的混乱を早期に解決するため、バーマースティア帝国に軍事支援を要請すると発表しました』
「なんてことだ。帝国軍が来るぞ!」
ラジオ放送に使用人たちがざわめく。
『友好国バーマースティア帝国政府はこれを承諾し、軍を派遣することを決定しました。既に王都のクローネヒューゲル空港に同帝国空挺軍の先遣部隊が到着しており、我が国の正統な政府を支援するとしています』
「空港は落ちたか」
そこで使用人の服に着替えた王太子アウグストが姿を見せた。
「殿下。王都から脱出いたしましょう」
「ああ、マリー嬢。カール公のことは残念だった。そちらの方は……?」
マリーが極めて冷静に言うのにアウグストがセラフィーネに視線を向けた。
「戦争の気配がする。戦争が始まる前のもの静けさと戦いを前にして興奮した兵士たちの臭いだ。戦争が来るぞ。戦争がやってくるぞ。もはや犬どもは放たれ、戦士たちが鬨の声を上げるのみ」
セラフィーネはラジオを聞きながら椅子に腰かけ、満足そうな笑顔を浮かべ、その足を組んでいた。
「彼女は私どもの祖先であります。お聞きになったことはございませんか。初代ブルーティヒラント女公セラフィーネ。別名“血塗れの剣魔女”のことを」
「まさか。ただの伝承ではないか。存在したとしても神代の話だぞ」
「ご覧になっているものが事実です」
屋敷に吹き荒れた殺戮の跡を指してマリーが言う。
「であれば、彼女は味方か?」
「いいえ。敵ではないだけです。場合によっては敵になるでしょうが」
「なんたることだ。私が聞かされてきた『城壁の中の怪物』の話は事実だったのか」
マリーが淡々と述べるのにアウグストが呻いた。
「殿下、お嬢様。お車の支度が出来ておりますが、他のものが見て来たところ、こちらに賊軍の部隊が向かっているとのことです。どうなさいますか?」
「困りましたね。賊軍はもうここに殿下がいることを知っているようです」
使用人の報告にマリーが考え込む。
「どうした? 敵が来るのか?」
「ええ。そうです、お婆様。賊軍が来ます」
「歓迎してやればいい。盛大にな」
セラフィーネはマリーにそう言って立ち上がった。
「来い、小娘」
そしてマリーを呼んだ。
「そこにある武器を選べ。どれでもいいい」
「武器、ですか?」
「そうだ。今はこれが剣と弓に取って代わった武器なのだろう?」
セラフィーネがマリーに示したのは壊滅した歩兵中隊の兵士たちが持っていた半自動ライフルや短機関銃、軽機関銃だった。
「では、これを」
マリーはよく分からず血を帯び、銃剣が装着された半自動ライフルを拾い上げた。
「お前の血はいずれ目覚める。その時は杖が必要だ。魔女は杖を持ち、力を振るう。私の杖はこの剣だ。我が異名“剣の魔女”はこの剣を杖にしたが故」
セラフィーネが朽ちた剣を手に語る。
「この剣は特に名剣というわけでも、魔剣の類でもない。戦場で私が死んだ無名の戦士から盗んだ名もなき鋼の剣だ。これで最初の敵を殺した。そう、この剣こそ私のもっとも古い戦友なのだ」
朽ちた神代の剣。
魔女セラフィーネの杖。その刃はもはや朽ち果て、何も斬ることはできず、剣としての意味はない。だが、彼女はこの剣を握り続け、魔術によって意味を与え、そして己の戦友として愛した。
「お前にも杖が必要になる。血が目覚めたときにはな。それを持っていくがいい。お前の体に流れる私の血の目覚めは、そう遠いものではないぞ?」
セラフィーネが不気味に微笑むのをマリーはただ無感情に見つめた。
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