王立放送局

……………………


 ──王立放送局



 王国庶民院の民主派議員コール議員が立て籠もり、忠誠を誓った第1降下猟兵大隊第1降下猟兵中隊が防衛する王立放送局。


「気を付けて進んでくれ。これだけの敵が迫っていたのだ。こちらの味方である第1降下猟兵旅団の兵士たちも警戒しているはずだ。間違って撃たれたくはない」


「畏まりました、殿下」


 セラフィーネがミューレンカンプ戦闘団を壊滅させてからマリーたちを乗せた車はゆっくりと王立放送局に向けて進んでいった。


「止まれ!」


 王立放送局ではクーデター軍を迎撃するためにその場にあったもの全てを使って陣地が作られていた。放送局の事務所から机や椅子を運び出し、それが積み上げられて陣地になっていたり、高所の窓に軽機関銃が据えられている。


 そこに陣取っていた降下猟兵たちが車に銃口を向けて叫ぶ。、


「撃つな! 王太子アウグスト殿がおられる!」


 運転手が叫び返す。


「本当か!?」


「本当だ、諸君! 撃たないでくれ!」


「王太子殿下だ! 中隊長殿! 王太子殿下です! 生きておられます!」


 降下猟兵たちの陣地で歓声が響いた。


「王太子殿! よくぞご無事で!」


「ああ。ありがとう、大尉。君たちこそよくぞ立ち上がってくれた。他の陸軍部隊が動く様子はないのか?」


「今、旅団長閣下が各地の陸海空軍部隊に我々への賛同を求めています。国境では帝国陸軍の侵攻部隊を相手に国境警備に当たっている国家憲兵隊部隊が交戦しているとのことです。どうぞ、中へ」


 中隊長の大尉がアウグストたちを歓迎して王立放送局の中に招き入れる。


「しかし、妙ですな。賊軍の無線を傍受しておりましたが、こちらにかなりの規模の部隊が向かっているとのことでした。しかし、今になっても全く攻撃の様子がありません。何かご覧になりませんでしたか?」


「それは説明するのが難しくなるが、敵はとにかく壊滅したので心配する必要はないよ。今ごろ別の部隊が送り込まれているかもしれないが」


「はあ。ところで、殿下以外の方々は?」


「ブルーティヒラント公爵家の長女マリー嬢、公爵家の運転手。それから……初代ブルーティヒラント女公セラフィーネ殿だ」


「御冗談を。初代ブルーティヒラント女公セラフィーネは神代の伝説ですよ。それが今に時代に存在するはずがありません。誰なのですか?」


「大尉。これが現実だよ。彼女が敵を殲滅した」


 アウグストが真剣な表情でそう言うのに中隊長が息を飲んだのち、セラフィーネの方に視線を向けた。


「どうした? 私が謙遜せずに言うが神代の英雄と言っていいぞ。英雄を前にしては戦士たちも血が滾ることだろう。今は一先ずは味方だ。ともに死地に飛び込もうではないか。恐れを知らぬ戦士としてな」


 セラフィーネは中隊長の様子に小さく笑った。


「本当なのですね……」


「彼女には敵を与えておけば問題にならないだろう。コール議員は?」


「こちらです」


 中隊長がアウグストたちを王立放送局の奥に案内する。


 王立放送局の職員たちは震えながら頑丈な事務所などに籠っている。


「殿下! ご無事でしたか!」


「コール議員。あなたの放送を聞いて来たぞ。あなたは勇気があるな」


 コール議員がアウグストを出迎えるのにアウグストがそう言う。


「申し訳ありません、殿下。我々政治家が至らぬばかりにこのような事態となってしまいました。我々が正しくあれば近衛が謀反に参加するようなことはなかったでしょう」


「いいや、議員。あなたの責任ではないよ。バーマースティア帝国が企てたことであり、ゲオルグが工作に乗せられたせいだ。それにあなたは前政権の閣僚であり、汚職事件を起こした今の政権とは関係ない」


「我々政治家はたとえ政権を担っておらずとも民主的に選ばれた政治家としての義務があります。クーデター軍によって倒された政権の汚職を銃弾で裁くのではなく、言葉によって裁く必要があったのです」


「コール議員。あなたは素晴らしい政治家だ。その考えはこの国の国是である民主主義そのもの。あなたは民主主義を代表している政治家と言っていい」


 コール議員の言葉をそうアウグストが賞賛する。


「そこであなたを王国宰相に任命したい。正統な政府を樹立するのだ。迅速に。そして、賊軍が従う帝国の傀儡政権の正統性を否定し、諸外国に帝国の蛮行を訴え、国際的な支援を得て帝国の侵略を阻止して、祖国を守る」


「畏まりました、殿下。いえ、国王陛下。喜んでそのお話をお受けしましょう。私には外務大臣として働いた経験から諸外国の政府要人と今も交友があります。特に我が国と価値観を同じくする国家と」


「素晴らしい。では、正統政府の樹立をラジオで宣言しよう。動くべきか迷っている王国軍の部隊も動くやもしれぬ」


 アウグストとコール議員が放送室に向かう。


『王国臣民の皆さん。私は王太子アウグストです。今、私はティゲリアム王国王室王位継承法に従い、国王の地位にあると宣言します。私は正統なこの国の国家元首としてクルト・コール議員を王国宰相に任命します』


 アウグストが王立放送局のラジオ放送でそう宣言した。


『我が国はバーマースティア帝国の陰謀によって誕生した簒奪者ゲオルグを首魁とする帝国の傀儡政権により帝国軍の侵略を受けています。忠誠ある王国陸海空軍の将兵の諸君へ求める。今こそその忠誠を果たすべき時が来たことを』


 ラジオ放送は中継されて王国全土と諸外国に届く。


『立ち上がって傀儡政権を崇める賊軍と侵略者たる帝国軍と戦ってほしい。我が国は今、国家存続の危機にある。私も王都に残る。王都に残って戦おう。そして、この国の独立と主権、民主主義を守ると誓う』


 このラジオ放送は当然のことながら王立放送局の中でも聞くことができた。


「なんたることだ。王たるものは兵に助けを乞うとは。王としての威に傷がついたぞ。威がなく、兵もなく、力もない王に誰が従うというのだ」


「ですが、お婆様。国王陛下は自らも戦うと仰っています」


「ふん。当然だろう。王が己の国を守るために戦うは当然のこと。だが、王とは戦いにおいて先頭に立ち、武具を手に敵を屠り、その王が王たる由縁である威を示すことで将兵を従わせるのだ。あの軟弱者にそれができるとは思えん」


 セラフィーネがそう言って呆れたように肩をすくめる。


「王は王冠と王座にて王となるに非ずだ。王が王となるには率いる将兵たちを従わせ、魅了する神のごとき威が必要。王は王となる血筋に生まれそれを得るか、王を目指して武勲を上げる中でそれを得るものよ」


「お婆様にはそれがあるのですか?」


「いいや。私は王ではないし、王になろうと思ったこともない。故に私には必要ない。さては、お前は王になることが全ての人間にとっての大成だとでも思っているのか?」


「王は力あるものならば目指すものなのでは?」


「考えが浅はかだな。王とは数ある道のひとつにすぎん。なるほど。王とは権力を持ち、人を従わせるが故に世界の頂点に立つように見えるであろう。だが、王は王であるために不自由を受け入れねばならぬ」


 セラフィーネがマリーに語る。


「王たるものはその威のために友となれるものは限られ、様々な下らぬ作法やらに従い、頭に頂く王冠のために神と坊主を嫌でも敬わねばならん。実に窮屈なものよ」


 王と貴族というものは歴史そのものであり、そうであるが故に意味のない伝統というものに固執するとセラフィーネが呆れたように言う。


「王とならずとも道は腐るほどある。人が選ぶことのできる道は木々の枝のように分かれており、極めさえすれば貴賤を問うことなどできぬ」


「そうなのですか?」


「そうとも。陸の名将が海の名将とは限らず、海の名将が陸の名将とは限らぬようにな。さらに言えば国を成すのに力がいるからと言って武具を作る鍛冶師ばかり集めても兵は飢え死ぬ。作物を育て、パンを焼くものが必要だ」


「それぞれの道を究めたものたちがいて国が成立し、王はその国で采配を振るう。故に道を究めた人間の間では貴賤はない、と」


「その通りだ。戦士であるならば剣を極めたもの、弓を極めたもの、槍を極めたもの。それらの間に価値の違いはない。あれもこれも全てを究めようとするのは邪道。そのようなものは全てにおいて半端となるだけよ」


 マリーの言葉にセラフィーネは頷き、そう続けた。


「私は魔術を極めた。魔女として、戦士として。私が剣で剣を極めたものに挑めば敗れよう。だが、魔術ならばいかなる相手にも勝利しようではないか」


 セラフィーネの自信に満ちた様を見てマリーはそれが凄く羨ましくなってしまった。


 そこで放送室からアウグストとコール議員が出て来た。


「もう国王陛下とお呼びしなければなりませんね」


「マリー嬢、セラフィーネ殿。あなたたちのおかげだ。王国を代表して感謝する」


 マリーが恭しく頭を下げ、セラフィーネが座ったまま足を組みなおすに、アウグストはそう言って改めて感謝を示す。


「それで? これからどうするのだ?」


「正統な政府の樹立を宣言しました。これで他の王国陸海空軍の部隊や諸外国の支援を受けられるはずです。帝国とて国際的に批判されれば、このまま侵略を続けるのは難しくなることでしょう」


「他人頼りか。やはり腑抜けだな。王であるならば自ら軍勢の先頭に立って戦え。亡国の危機にあって人の手を借りれば、王も国もそのものに隷属するも同義ぞ」


 アウグストの意見をセラフィーネがあっさりと切り捨てた。


「陛下。まずは我が国が血を流して抗わねばなりません。それがなければ諸外国の支援など期待できません。我が国を助けるために帝国と戦う事になるのですから。流血を許容する必要があります」


「……確かにその通りだ、マリー嬢。しかし、君のような少女からそのような意見を聞かされるとは思ってもみなかったよ。カール公の教育がよかったのだろう」


 マリーがセラフィーネに代わって説くのにアウグストが唸った。


「陛下。第1降下猟兵旅団は全面的に陛下の組織された政府を指示し、戦い抜く覚悟ができております。ご命令を!」


 そして、第1降下猟兵中隊の中隊長がアウグストに向けてそう言う。


「戦う必要がある、か。だが、私は司令官や参謀の経験はない。末端の兵士として、そしてただのヘリパイロットとしての経験があるだけだ。どう動くべきだと思う?」


「旅団長と合流するというのも選択肢のひとつではあります。陛下とコール議員を確保できた今、この王立放送局を制圧しておく必要はありません。間もなく陛下を捜索していた第1降下猟兵大隊がこちらに合流しますので、彼らと」


「そうか。では、そうしよう。旅団長は今どこに?」


「王国議会議事堂を賊軍から奪還し、立て籠もっております」


「奪還したのか。よし、戦力は多い方がいいだろう。君たちとともに旅団長と合流しよう。いつ向かうことができる?」


「第1降下猟兵大隊が到着し、飛行隊が給油を済ませればすぐに」


「暫し待つか」


 アウグストたちは王国議会議事堂にいる第1降下猟兵旅団旅団長ハイドリヒ少将と合流するために第1降下猟兵中隊の所属先である第1降下猟兵大隊との合流を待った。


「中隊長殿。旅団長閣下からです」


「貸してくれ」


 合流する方針であることを無線でハイドリヒ少将に伝えたところ、ハイドリヒ少将から無線で王立放送局にいる第1降下猟兵中隊に連絡が来た。


『大尉! 陛下は御無事なのだな?』


「はっ。ご無事です、閣下」


『しかし、こっちに来るのは不味いかもしれんぞ。斥候に出した部隊の報告では賊軍と帝国軍の大部隊がこの議事堂の奪還に向かってきている。守り抜ける自信は正直なところあまりない』


「そうであればなおのこと我々が合流すべきです。援軍が必要でしょう」


『そこまで覚悟しているなら私から言うことはない。諸君らと合流して賊軍と帝国軍に目のもの見せてくれる。だが、良ければ弾薬と燃料を持ってきてくれ。こっちはもうヘリが動かせなくなった。頼むぞ、大尉』


「了解しました」


 無線はそれで終わった。


「陛下。議事堂では激戦が予想されます」


「では、なおさらいかなければならないな。君らこそが忠誠ある王国陸軍の将兵であり、敵こそがこの国の敵である賊軍であることを示し、真に祖国のために戦うものたちの士気を高めようではないか」


「そのご覚悟に敬意を示します」


 アウグストがそう言い、中隊長が力強く頷く。


「覚悟を決めたか。お前も王としての義務を果たすわけだ。もし、死んだら私が戦神モルガンの名において祝福してやろう。だが、戦って死ぬのだぞ」


「死ぬことは許されませんよ、セラフィーネ殿。私が死ねば政府の正統性は怪しいものになる。戦いはしますが、死にはしません」


「ふん。なら、勝手にしろ」


 アウグストの言葉にセラフィーネは退屈そうな表情を浮かべた。


「中隊長殿。大隊本部から合流予定時刻の通知です。合流予定時間は25分後!」


「それまで議事堂が持てばいいのだが……」


 王立放送局の中に向けて第1降下猟兵大隊が急行する中、既に王立議会議事堂は戦場となっていた。それも激戦だ。


……………………

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