王国議会議事堂の戦い

……………………


 ──王国議会議事堂の戦い



「砲撃だ! 伏せろ、伏せろ!」


「クソ。突撃前の地ならしか。賊軍どもめ」


 王国議会議事堂に立て籠もっている第2降下猟兵大隊に向けてクーデター軍の砲兵が砲撃を始めた。王都内に展開した砲兵陣地から口径155ミ自走榴弾砲が火を噴く。


 議事堂に砲弾が次々に降り注ぐ。


「歴史ある議事堂を砲撃しやがった! クソ野郎どもが! もはや王国軍人としての名誉すら捨てて、帝国の犬に成り下がったか!」


「旅団長閣下! 危険です! 伏せてください!」


 ハイドリヒ少将がクーデター軍の所業に立ち上がって激怒するのに副官が伏せるように押し倒した。窓から砲弾の破片が飛び込み、室内に破壊の嵐が吹き荒れる。


「通信兵、通信兵! 無線機で装甲教導師団本部を呼び出せと言っただろう! まだ繋がらんのか!?」


「今繋がりました! どうぞ!」


 ハイドリヒ少将が旅団本部所属の通信兵に向けて砲撃に負けないほどの声で怒鳴るのに通信兵が受話器をすかさず差し出した。


「装甲教導師団本部! こちら第1降下猟兵旅団本部だ! ホルスト・バイエルライン少将を出せ! すぐにだ! ラジオは聞いただろうが! 我々は帝国の侵略を受けているんだぞ! 戦時だ! 細かいことを言うな!」


 無線機に向けてもハイドリヒ少将は大声で喋る。


『ハイドリヒか? どうしたんだ?』


「おお。バイエルラインか! ラジオは聞いたな? 我々は侵略を受けている。帝国の連中を叩きださないといかん。手を貸せ。我々は王都にいる。王都に一番近く、そして近衛の連中に対抗できる装備を持ってるのはお前の師団だ」


『陸軍司令部からの命令がない』


「陸軍は司令部も参謀本部も皆殺しにされた! 国家存亡の危機に指示待ち族になるんじゃない。装甲将校は臨機応変というだろうが。出撃して援護してくれ」


『クソ。本当に出動して大丈夫なのか?』


「帝国の連中に占領されなければ私たちは祖国の英雄だ。負ければどう動こうと死刑だ。分かるだろう? 頼む。やってくれ。私とお前は陸軍士官学校の同期だ。お前は首席で、私がその次だった。同期のよしみだろう」


『分かった。出動する。師団の全力出動だ。これより装甲教導師団は王都を奪還する。我々が王都に到着するまで持ちこたえてくれよ、ハイドリヒ』


「もちろんだ! 待ってるぞ!」


 装甲教導師団師団長のホルスト・バイエルライン少将が出動を了解する。


 装甲教導師団は最新の装備を用いた戦闘における技術開発を行う師団だ。装備としては近衛より最新のものが配備され、そこで戦術などを開発する。


 2個装甲連隊と1個装甲擲弾兵連隊を基幹として編成されている王都にもっとも近く、有力な師団となっている。練度の面でも優れた将兵がおり、まともに戦えばクーデターに参加した近衛の部隊でも勝てないだろう。


「装甲教導師団が出撃するぞ。これで賊軍も帝国軍も終わりだ。王都を完全に奪還するぞ。我々はここで持ちこたえ、彼らの到着まで敵を釘付けにするのだ!」


「了解です、旅団長閣下!」


 ハイドリヒ少将が将兵を鼓舞すように語るのに将兵が応じる。


「また砲撃だ!」


 だが、ハイドリヒ少将たちが立て籠もる議事堂には容赦なく砲弾が降り注いでいる。近衛装甲師団の砲兵が激しい砲撃で降下猟兵たちの士気をくじこうとしていた。


「賊軍め! 議事堂をいくら砲撃しようとも我々は屈さぬぞ!」


 ハイドリヒ少将が短機関銃を手に叫んだ。


「死にたくない」


「母さん!」


 だが、初の実戦で容赦ない砲撃を前に降下猟兵たちが怯える。


「敵だ! 敵の戦車が来るぞ!」


「迎撃しろ! ここを死守するんだ!」


 砲撃の後に照明弾が打ち上げられ、戦車を中心とし、装甲兵員輸送車APCに乗車した機械化歩兵が進んできた。クーデター軍についた近衛装甲師団だ。


「まだ撃つな。まだ撃つんじゃない。確実に引き付けてからふっ飛ばしてやる」


 降下猟兵たちはくじけそうになった心を強引に高揚させ、議事堂に作った陣地から接近するクーデター軍を睨む。


「いいぞ。1番、2番起爆の後、撃ち方自由」


「1番、2番起爆!」


 降下猟兵たちはクーデター軍の装甲部隊が議事堂を奪還しに来ることを想定しており、クーデター軍が残した砲弾や爆弾を利用して罠を仕掛けていた。幸いにして夜の闇のせいでそれらを見つけるのは非常に困難であった。


 無線信号で起爆した砲弾と爆薬が戦車と装甲兵員輸送車APCを吹き飛ばし、クーデター軍が大混乱に陥る。


「撃て、撃て! 賊軍を殺せ!」


「対戦車ロケット、発射!」


 爆発によって生じた煙に紛れて降下猟兵たちが重機関銃を機械化歩兵に掃射し、戦車には対戦車ロケット弾が叩き込まれる。


『グリューン・ドライより大隊指揮車へ! グリューン中隊の被害甚大! 被害甚大! 砲兵の支援を要請する!』


『大隊本部、了解。砲兵が支援する』


 戦車兵が悲鳴を上げるのに後方から再び自走榴弾砲が砲撃を開始。


「また撃って来やがった! 伏せろ、伏せろ!」


「議事堂を破壊するつもりか、売国奴どもめ!」


 砲撃が王国議会議事堂を揺さぶり、瓦礫が落下する。


 降下猟兵たちが迎撃できない中をクーデター軍の戦車が再び前進。


『グリューン中隊、撃て!』


 戦車砲が火を噴き、陣地が吹き飛ぶ。


「負傷者多数! どうしますか、中隊長殿!」


「持ち場を守れ! 負傷者は後方に運ぶんだ!」


 降下猟兵たちは必死に陣地を守り続けた。


「くたばれ、賊軍め。3番、4番起爆!」


 また仕掛けられていた砲弾と爆薬が爆発して戦車と装甲兵員輸送車APCを爆発炎上させる。爆薬には燃料も混ぜられており、大きく炎が広がった。


「対戦車ロケット!」


 戦車の前進は阻まれ、クーデター軍が後退していく。


「旅団長閣下。医薬品が不足しており、負傷者が手当てできません」


「クソ。助かりそうにないものは楽にしてやれ」


「了解」


 将校がその義務を果たす。もう助からず、ただただ死に向かいながら苦しんでいる部下の頭を拳銃で撃ち抜く。


 それからクーデター軍を相手に第2降下猟兵大隊はしぶとく抵抗を続け、議事堂を守り続ける。戦車や装甲兵員輸送車APCの残骸が議事堂前庭に放置され、夜の闇に紛れて降下猟兵たちが再び罠を仕掛け、武器弾薬を回収する。


「どれくらい持ちそうだ?」


「弾薬としては後3、4回の攻撃には耐えられます」


「それまでに第1降下猟兵大隊が合流できるといいのだが」


 ハイドリヒ少将は部下たちが回収した弾薬を見て呻く。


「旅団長閣下! 賊軍の軍使が来ております!」


「何をのこのこと。賊軍は何と言っている?」


「降伏を勧告しております」


 王国議会議事堂前庭に白旗を持ったクーデター軍の将校が来ていた。


 ハイドリヒ少将が直々に軍使に会いに前庭に出る。


「我々に降伏しろと言うのか」


「今降伏すれば国王ゲオルグ陛下は罪に問うことはないと約束しておられる。速やかに降伏し、武装解除を行うように。国王陛下からの勅令であるぞ」


「我々の返事はこうだ。くたばれ!」


 ハイドリヒ少将は軍使にそう吐き捨てると再び議事堂に戻った。


「賊軍がまた仕掛けてくるぞ。迎え撃つ。徹底抗戦だ。我々は降伏しない」


「了解です、旅団長閣下!」


 降下猟兵たちが再び陣地について守りを固める。


 その頃議事堂奪還を目指すクーデター軍の近衛装甲師団司令部では議事堂の攻略を巡って軍議が開かれていた。


「敵の規模はたったの1個大隊だぞ。何故落ちない」


「敵は守りを固めています、師団長閣下。それに王立放送局の奪還のためにミューレンカンプ戦闘団を出したためにこちらの戦力は限定的です」


「ミューレンカンプ戦闘団はどうなった? 連絡がないぞ」


「ミューレンカンプ大佐とは連絡が取れません」


「なんたることだ」


 近衛装甲師団の師団長が参謀の言葉にため息を吐く。


「何をしているのだ。たった1個大隊にいつまで苦戦している」


 そこで派遣されてきた帝国空挺軍第105親衛空挺師団から派遣された第234親衛空中突撃連隊を中核とする部隊の指揮官たる帝国空挺軍大佐が苦言を呈する。


「アウグストが生きているというだけでも状態は危機的なのだぞ。議事堂を速やかに制圧して反乱軍を殲滅し、政権の正統性を主張せねば」


「分かっている。帝国に言われるまでもない。次の攻撃で何としても奪還する。あなた方も援軍に来たのであれば協力してもらいたい」


「よろしい。次の攻撃には我々も参加しよう」


「砲兵による砲撃の後に戦車大隊を中心に徹底的に火力を発揮して叩きのめす」


 そして、総攻撃の準備が始まる。


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