騎兵突撃

……………………


 ──騎兵突撃



 マリーは王太子アウグストと王都から脱出する方法を話し合っていた。


「明日の朝を待ちますか?」


「その前に賊軍に把握されてしまうよ」


 車での脱出が時間が経過するごとに不可能に近づく。


『こちら王立放送局です。王国臣民の皆様に事実をお伝えします』


 ラジオ放送がそう語り始める。


『逆賊ゲオルグはクーデターを起こし、帝国の侵略を招きました。逆賊ゲオルグの認めた政府は正統なる政府ではありません。真に正統なる政府は王太子アウグスト殿下によって率いられる政府です』


「誰かが放送局を奪還したのか?」


 ラジオ放送を聞いてアウグストが呟く。


『今、ここに正統な王国政府の代表であるクルト・コール庶民院議員がいらっしゃいます。議員は簒奪者ゲオルグの率いる賊軍及び侵略を企てる帝国を相手に最後まで戦うことを決意していらっしゃいます』


『王国臣民の皆さん。私はクルト・コール庶民院議員です。クーデターが起きました。逆賊ゲオルグによる不当な王位簒奪によって正統な前政府は倒されました。ですが、我々はこのような帝国の傀儡政権を受け入れるつもりはありません!』


 アナウンサーからコール議員に発言者が代わり放送が続く。


『歴史ある王室と民主主義こそがこの国の誇りです。今、それが危機にある。我々は我が国の主権と民主主義を守らなければなりません。抵抗しましょう! 簒奪者が率いる賊軍に! そして侵略者である帝国に!』


「なんということだ。これで情勢が変わるかもしれないぞ」


 コールが呼びかける中、アウグストの表情に希望の色が見えた。


 だが、マリーはただセラフィーネに持たされた半自動ライフルを抱えてラジオを無感情なままに聞いていた。


『王国陸軍の忠誠ある部隊が反撃に出ています。彼らを助けてください。あなたが医療従事者ならば傷の手当てを。あなたが食品を扱っているならば食事を。あなたが家を持っているならば隠れ家を。彼らを助け、この国難に打ち勝ちましょう』


 コールがそう発言してから、アナウンサーがまた繰り返しクーデター軍とその首魁たるゲオルグ、そして侵攻してきた帝国を批判するアナウンスを続けた。


「放送局に友軍がいる。彼らと合流しよう」


「可能なのですか? 罠の可能性は?」


「分からないが車で王都から脱出するために賊軍を我々だけで相手にするより望みはある。賊軍と戦っている忠誠派の陸軍部隊と合流し、私が正式にラジオでコール議員を王国宰相に任命すれば政府ができる。正統な政府だ」


 マリーが冷静になって尋ねるのにアウグストがそう訴える。


「では、放送局へ向かいましょう。お婆様の帰りを待ってからでよろしいですね?」


「彼女はまだ戻ってこないな。まさか死んでしまったのでは。砲声や爆発が何度も響いていた。神代の英雄でも現代の進んだ科学を前にしてはやはり……」


 アウグストがそう案じたとき、屋敷の玄関扉が大きく開かれた。


「敵は逃げたぞ。あの腑抜けどもめ。どいつもこいつも尻尾を撒いて逃げおったわ」


 セラフィーネが実に不愉快そうにそう言って、左手に持っていたものを床に置く。


 セラフィーネの運んできたものは軍用の無線機だった。


「敵はこれを使って遠くの人間と連絡を取り合っていたようだが、これを使えば敵がどこにいるのか分かるのか? 私はこんな奇天烈なものの使い方など知らんが。小娘、お前は使えるか?」


「いえ、お婆様。私も知りません」


「そうか。では、この街全てを制圧して敵を皆殺しにするしかないな」


 マリーも軍用無線機の使い方など知るはずもない。電話こそダイヤル式のそれが発明されて一般の家庭にも普及したが、無線機は別だ。


「待ってくれ。私は使える」


「殿下がですか?」


「ああ。私は海兵隊でヘリパイロットとして勤務した経験がある。海難救助にも出動した。そこで無線機の使い方は覚えたよ」


 ティゲリアム王国王室の王族たちは義務として軍に入隊する決まりになっている。


 アウグストは海軍士官学校を経て海兵隊に入隊し、ゲオルグは陸軍士官学校から陸軍に入隊した。


「敵は無線機の鹵獲に気づいていないぞ。周波数も暗号もそのままだ。賊軍の通信を傍受できる。聞き耳立ててみよう」


 アウグストがそう言って無線で交わされているクーデター軍の通信を傍受し、その内容に耳を澄ませた。


「第1降下猟兵旅団が賊軍と戦っている。放送局を奪還したのも彼らだ。素晴らしい。我々には味方がいるぞ。彼らは既に国会議事堂も奪還したようだ」


「それで? 敵はどこだ?」


「放送局の再奪取に賊軍が動いている。コール議員が危ない。急がねば」


 セラフィーネが退屈そうに尋ねるとアウグストが無線から顔を上げて返す。


「やはり放送局に向かわれますか?」


「ああ。コール議員を失うわけにはいかない。彼は民主派議員の中核メンバーだったし、前政権での外務大臣の経験者でもある。彼は重要だ。民主派議員が次々と処刑されてしまったこの状況においては」


「それでは車を出しましょう」


 アウグストが熱心に説明し、マリーが使用人が準備した車に向かう。


 車は車庫に収められていた。裕福なブルーティヒラント公爵家は最新の4ドアの高級車を有していた。王室の専用に作られた御料車には劣るものの、乗り心地は悪くない。


「殿下、お嬢様。どちらに向かわれますか?」


「王立放送局へ。殿下がそうお望みです」


「畏まりました」


 運転手が尋ねるのにマリーがそう言って後部座席の扉を開く。


「殿下、どうぞ」


「君も来るのか、マリー嬢?」


「賊軍に狙われているのは私も同じです」


「すまない。巻き込んでしまった」


「いえ。たとえ殿下がここに来られずとも時間の問題だったでしょう」


 マリーはとても落ち着いた様子でそう言い、車を眺めているセラフィーネの方を振り向いた。セラフィーネは首を傾げて車を眺めていた。


「馬はどうした? 軍馬はいないのか?」


「お婆様。ここに軍馬はいません。軍隊でも騎兵は今では戦争の主役ではありません。治安維持に使われる程度です。代わりに車があるのです」


「なんとまあ。恐れを知らぬ騎兵が猛々しく突撃すれば敵は逃げ散り、鋭い名将が指揮すれば巧みに大軍を包囲してしまう騎兵が戦争から消えたとは。世の中は随分と変化したのだな」


 セラフィーネは首を横に振ってどこか残念そうにそう語り、それ以上は何も言わず勝手に助手席に乗り込んでいった。


 そして、車が車庫を出て道路に入る。


「そっちは通れんぞ。敵の残骸が転がっている」


「では、迂回を」


 セラフィーネは屋敷に向かっていたクーデター軍所属の近衛装甲擲弾兵師団の1個機械化歩兵大隊と近衛装甲師団の1個戦車中隊を壊走させた。彼らが残した戦車の残骸や乗り捨てられた装甲兵員輸送車APCで道路は通行不能だ。


 車は王都の街並みを慎重に移動し、王立放送局を目指す。


「賊軍の検問です。どうしますか?」


「突っ込め。皆殺しにしてやる」


「し、しかし」


「どうした? 怯えたか?」


 セラフィーネが朽ちた剣を手に運転手にそう問う。


「お婆様を信じましょう。進んでください」


「分かりました」


 マリーたちを乗せた車は装輪装甲車と土嚢、そして重機関銃で作られたクーデター軍の検問所に近づき、クーデター軍の歩兵が車の前に立って止まるように手を出し、他の兵士たちは銃口をマリーたちに向ける。


「止まれ! 夜間外出禁止令が発令中だぞ! 身分証を見せろ!」


 兵士が懐中電灯で車に乗っているマリーたちの顔を照らして確認しながら運転席にいる使用人に向けて怒鳴った。


「武具を持たぬ相手に威勢のいいことだ。だが、それではお前の名誉も傷がつくであろう。私がお前の名誉を保ってやる。お前は武具を持たぬ相手を脅した腑抜けではなく、戦いで死んだ戦士となり、その名誉は守られるのだ」


「何を言って──」


 セラフィーネの言葉に兵士が何事を言おうとした瞬間、車を止めていたその兵士の首が飛び、鮮血が舞い上がった。


「な、何が……」


「う、撃て! 撃て!」


 突然戦友の首が刎ねられたことに検問所にいた兵士たちがパニックに陥った。彼らは発砲しようと引き金を引くが、安全装置をかけたままだということに気づかないぐらい混乱している。


「どうした、新兵ども? 血の臭いがするだろう。血が滾り、心臓が激しく脈打ち、頭は獣のそれとなる。それが戦場だ。お前たちは戦場に立っているのだ。戦場において運命はふたつしかない。戦って死ぬか、戦って勝利するかだ」


 セラフィーネが車を降りて発砲しようと慌てている兵士たちに朽ちた剣を向ける。


「安全装置を外せ! 落ち着いて狙うんだ!」


「クソ、クソ、クソ! 死ね!」


 そこで安全装置が解除された重機関銃がセラフィーネに向けて銃弾を叩き込む。


「よろしい。戦って死ぬがいいい。戦士として死ぬのだ。卑劣な臆病者ではなく。栄誉あることだぞ?」


 重機関銃の銃弾は全て空中に生じた何かに阻まれてセラフィーネに到達せず、セラフィーネが朽ちた剣を踊らせる。


 無数の刃がセラフィーネの躍らせた朽ちた剣から放たれ、兵士たちを無残に斬殺していく。肉が裂け、血がアスファルトの道路に撒き散らされ、悲鳴が夜空に響く。


 そこで装輪装甲車の口径20ミリ機関砲がセラフィーネを狙って発砲を始めた。


「そのような醜い兵器が騎兵の代わりになったのか? 無残なことだ。騎兵が鎧をまとい、鬨の声を響かせ、屈強な愛馬とともに敵の隊列に突撃する。それに代わるものが鋼鉄で覆われ、兵士がコソコソと身を隠す臆病な兵器とはな」


 セラフィーネは心底軽蔑しきった様子でそう言うと放たれた口径20ミリ機関砲弾を全て叩き落とし、朽ちた剣の剣先を装輪装甲車に向ける。


「技術というもので兵士の勇敢さを補えるのか。どうだろうな?」


 次の瞬間、攻撃を続ける装輪装甲車に朽ちた剣から放たれた刃が突き刺さり、乗員を殺害すると同時に完全に弾薬庫とエンジンを貫いて爆発炎上させた。


「ば、化け物……」


「昔の話だ。優れた技術を有することを誇る国があった。芸術を生み出し、兵士は堅牢な武具を纏っていた。だが、そのような国も生まれ持っての戦士であり、野蛮の中で生き、文明など知らぬ蛮族によって滅んだ」


 セラフィーネが怯えて弾が切れていることにも気づかず引き金を引いたままの兵士に向けて語る。


「結局のところ、戦争の勝敗とは技術だけでは決まらんということだ。技術は必要ないとは言わぬが、それに頼って勇気や野蛮を失っては負ける。優れた将は盤上の駒を動かすだけでなく、戦士たちを鼓舞することに秀でているのだ」


 そう言ってセラフィーネが笑う。


『大隊本部よりプリンツ・オイゲン通り第2検問所警備隊。そちから銃声がしたか何かあったのか? 報告せよ』


「まともな技術がない時代でも戦士は戦っていた。人間が人狼、吸血鬼、そしてドラゴンによって絶滅させられず、隷属もさせられなかったのは戦士たちが蛮勇であったからだ。かつて戦士たちはドラゴンを青銅の剣と矢で屠った」


 無線にここを警備する近衛装甲擲弾兵師団隷下の機械化歩兵大隊本部からの通信が入るが、兵士たちは目の前で不気味に笑い、戦友たちを斬殺し、装甲車すら屠ったセラフィーネを前に動けない。


「鋼鉄の剣を持つ騎士たちにかつての戦士たちと同じことが出来たか? 勇敢であり、死を厭わぬならばできるだろう。だが、それらなくして鉄の剣を持っているだけでは、打ち勝つことはできずドラゴンの昼飯になるだけだ」


「畜生、畜生、畜生。手が震えて弾倉が装填できない。動けよ、俺の手……!」


 生き残りの兵士が震える手で弾が切れた半自動ライフルに新しい弾倉を装填しようとする。手の震えで力が入らず、なかなか弾倉は装填できない。


「勇気を示せ、新兵ども。さすればお前たちもドラゴンを屠るほどの戦士になろう」


「くたばれ!」


 やっと弾倉が装填され、初弾が装填された半自動ライフルの銃口をセラフィーネの頭に向けた兵士が引き金を引く。


「勇気を示したな。褒めてやろう。そして、祝福してやろう。戦神モルガンの名において。強者に抗った勇気ある戦士として死なせてやる」


 セラフィーネが満足げに笑うと朽ちた剣を振るった。


 兵士の首が刎ね飛ばされ、炎上する装甲車の方に首が転がっていった。


「さあ、このものに続け。勇者に続け。死を恐れず立ち向かえ。私を殺してみろ」


「化け物だ! 化け物だ! 逃げろ!」


 セラフィーネが剣を躍らせながら挑発するが、士気が決壊した兵士たちは武器も任務も投げ捨てて敗走を始めてしまう。


「惰弱な。背中に傷を負うは戦士の恥だぞ。臆病者どもめ」


 セラフィーネが軽蔑の眼差しを向け、朽ちた剣から刃を放って逃げる兵士たちを皆殺しにした。道路に兵士たちの人体であった肉塊が転がる。


「終わったぞ。放送局とやらに行くのだろう。進め」


「は、はい」


 殺戮の場を目にしていた運転手が助手席に座るセラフィーネに怯えながら車を出す。車は検問所を通過し、王立放送局に向かった。


「おお。騎兵がいるではないか。戦おう」


「止めてください、お婆様。今は放送局へ」


「つまらん」


 遠くに街を巡回する騎兵が1体見えたが夜の闇のために向こうは気づかず、マリーたちを乗せた車は真っすぐ王立放送局を目指す。


「不味いぞ。賊軍が放送局を奪還するために部隊を送り込んでいる。戦車も含んだ大部隊だ。コール議員をどれほどの部隊が守っているか分からないが、我々が到達するまで持ってくれるだろうか」


「何を恐れている? お前は王なのだろう? たとえ配下の兵に謀反を起こされたと言えども。王ならば王らしく振る舞え。王とは古来より兵たちの長であり、もっとも勇敢な戦士であったぞ」


「それは昔の話です。今の国王は国家の権威であり象徴。軍を実際に指揮するのは王国宰相とそれを補佐する国防大臣、そして参謀本部の参謀たちです」


「何を寝ぼけたことを。王が威を示さずして兵が動くものか。そんな腑抜けた考えなどしているから兵が謀反を起こすのだ。しっかりしろ」


 アウグストが一応は彼らの先祖に当たるセラフィーネに敬語を使うのに、セラフィーネは彼女から見れば若輩に過ぎないアウグストに吐き捨てた。


「それより敵がいるのであろう? 私が殺し尽くしてやろう。お前たちも私と一緒に戦うか? 王と臣下がともに武勇を示せば兵たちの忠誠も得られるやもしれぬぞ」


「私はヘリパイロットとしての経験しかありません。銃を持って戦ったことはない。そもそも王国軍そのものがこの半世紀平和の中で過ごしていたのですから、実戦経験のある兵士はひとりもいないのです」


「どうりで腑抜けばかりなわけだ。平和というものも考え物だな。ぬるま湯につかりすぎると湯が熱くなっても気づかずに煮え殺される」


 アウグストが説明するのにセラフィーネがぼやく。


「殿下、お嬢様。賊軍ですぞ。賊軍の戦車と装甲車です。なんてことだ!」


 運転手が前方の交差点から野戦憲兵の交通整理で誘導されるクーデター軍の戦車部隊と装甲兵員輸送車APCの車列が移動していた。近衛装甲師団と近衛装甲擲弾兵師団の部隊で編成された諸兵科連合だ。


「あれは何体も破壊したぞ。つまらん代物だ。人を殺しているという感覚が、生き物の命を奪っているという感触がない。やはり、戦士たるもの己の肉体こそを信じて、武勇を示すべきだ」


「その兵士の肉体をいとも簡単に引き裂く兵器がこの時代には多くあるのです。恐らくは砲兵も随伴しているでしょう。放送局とコール議員がいよいよ危ない」


「よろしい。ならば、私とあのくだらぬ玩具のどっちが優れているか示してやる」


 アウグストが呻くのに意気揚々とセラフィーネが車から降りた。


「聞け! 我こそは戦神モルガンより“剣の魔女”の名を授かりし戦士なり! 今、子の戦場にて我が武勇を示そうではないか! さあ、武具を構えよ!」


 セラフィーネが良く通る声で移動中のクーデター軍に向けて名乗りを上げる。


『ロート・ツヴァイより大隊指揮車。未確認の民間車両を発見。王立放送局に向かっているようすだ。念のため歩兵を送って調べてほしい』


『大隊指揮車、了解』


 セラフィーネたちに気づいたクーデター軍が装甲騎兵小隊に配備されている装輪装甲車に歩兵4名を乗せて状況を確認しにやって来た。


「そこの民間人! 夜間外出禁止令が出ているのだぞ! 身分証を見せろ!」


 装輪装甲車が口径20ミリ機関砲をセラフィーネに向け、短機関銃で武装した歩兵4名がセラフィーネに銃口を向けたまま近づいてくる。


「雑兵ども。お前たちの将に伝えよ。この私、初代ブルーティヒラント女公セラフィーネが相手になってやると」


「何を言っている。身分証を見せろ! 今は戒厳令下だ! 我々にはテロリストの疑いのある人間を射殺する許可もあるのだぞ!」


「馬鹿げたことを。お前たちで私が殺せるものか。早く将に伝えろ。お前の配下にある兵を皆殺しにしてやると」


「その発言はテロリストだな! 今すぐ両手を頭の上において──」


 兵士が叫ぶのにセラフィーネが朽ちた剣を振るった。


 4名の兵士の中で3名が首が飛び、腹が裂けて崩れ落ちる。唯一の生き残りは戦友の鮮血をヘルメットを被った頭から浴びて呆然としている。


「何度も言わせるな。今すぐに将に伝えよ。お前たちをこれから鏖殺すると」


「ひ、ひっ!」


 セラフィーネが獰猛な表情で兵士を睨むのに兵士が武器を捨てて、乗って来た装輪装甲車に飛び込んでいった。


『ローザ・アインよりミューレンカンプ戦闘団本部! 敵だ! 化け物がいる!』


『ミューレンカンプ戦闘団本部よりローザ・アイン。具体的に報告せよ』


『だから、化け物だ! 少女の姿をして剣を持った化け物! そいつが戦友たちを斬殺した! 3名死亡! 応援を送られたし!』


『ミューレンカンプ戦闘団司令部からローザ・アイン。要領を得ない報告だぞ。戦死者が出たのか? 応戦したのか?』


『戦うなんて無理だ! あれは化け物で──』


 装甲騎兵小隊の装輪装甲車から必死に兵士が上級司令部であるトーマス・ミューレンカンプ王国陸軍大佐に指揮されるミューレンカンプ戦闘団本部に呼びかけていた時だ。


 装輪装甲車の装甲が引き裂かれて車体上部が消滅。剥き出しになった装輪装甲車内をセラフィーネが犬歯を覗かせた笑みを浮かべて覗き込んできた。


「将に連絡したか?」


「は、はい! しました! だから、命だけは助け──」


 セラフィーネが兵士の胸を朽ちた剣で貫いた。兵士が血を吐いて倒れる。


 装輪装甲車の乗員である運転手と車長は既に死亡している。


「これを使えばいいのだろう? ふん。認めたくはないが便利なものだな。こんな鉄の箱が多くの将たちが夢見た遠隔地への指令を出すことができるとは。これがあれば結果が変わった戦いも多かろう」


 そう言ってセラフィーネが無線機の送受信機を拾い上げた。


「聞こえるか、このものたちの将よ。我は魔女セラフィーネ。お前たちを殺すものの名だ。臓腑に刻み、魂に託すがいい。我に殺されたと言えば冥府で私が殺して来た冥神々に歓迎されるぞ」


『ローザ・アインか? 何を言っている? まさか無線機が鹵獲されたのか?』


「今から行く。戦の支度をしておけ。これ以上、落胆させてくれるなよ?」


 セラフィーネは一方的に無線に向けて言い放ち、無線機の受話器を投げ捨てた。


『ミューレンカンプ戦闘団本部よりロート中隊及びシュニーヴァイス中隊。以下の地点に進出し、状況を把握して報告せよ。敵がいれば交戦し、撃破せよ。以上』


 セラフィーネが相手にしようとしているミューレンカンプ戦闘団は装甲戦闘団だ。戦車を装備する1個装甲連隊と1個機械化歩兵大隊を基幹として編成されている。これに砲兵大隊などが加わり諸兵科連合を形成。


 そのミューレンカンプ戦闘団の一部がセラフィーネのいる場所に向けて進んでくる。


『ロート・ツヴァイより中隊指揮車。装甲騎兵小隊を先行させてほしい。炎上している友軍装甲車が見える。敵は対戦車火器を保有している可能性がある』


『中隊指揮車よりロート・ツヴァイ。ローザ・ドライが先行して偵察する』


 再び先ほど撃破した装輪装甲車と同型のそれがセラフィーネと炎上する装輪装甲車に向けて接近し、状況を確認しようとする。未だ王国陸軍に実戦的な暗視装置は配備されておらず、夜戦は迫撃砲の放つ照明弾頼りだった。


『前方に撃破された友軍装甲車を確認。しかし、変だな。あれは引き裂かれている。対戦車ロケットの類で撃破されたわけではなさそうだ』


 装甲騎兵小隊所属の装輪装甲車の車長が、炎上していることによって照らし出されている撃破された友軍装甲車を見てそう報告する。


『引き続き、偵察を実施──』


 新たに派遣された装輪装甲車が偵察を継続しようとしたところで、その車体が上部から襲い掛かった何者かによって貫かれ、車長が即死。


『な、何が──』


 車長もろとも車体を貫いた刃は装輪装甲車をそのまま切り裂いて弾薬とガソリンエンジンを破壊し、前に撃破されていた装輪装甲車と同じように爆発炎上する。


「敵騎、討ち取ったり。人の焼ける臭いは心地よいものだ」


 炎上する装輪装甲車の車体の上にセラフィーネが笑いながら立っていた。


『ローザ・ドライがやられたぞ!』


『クソ。どうなってるんだ。あれが敵なのか? 剣を持った少女が?』


 装輪装甲車の後ろから進んでいた近衛装甲師団の戦車がセラフィーネを捉える。


『車載機銃を使うぞ。あり得ないかもしれないが、実際に友軍が撃破されたんだ。こうなりゃ何だろうと信じるしかない』


『了解、軍曹殿』


 車長である軍曹がハッチを開いて身を乗り出すと対空機銃として装備されている大口径の重機関銃の銃口をセラフィーネに向け射撃を開始。


 短い間隔で大口径ライフル弾がセラフィーネに叩き込まれる。


「ふん。その玩具で遊びながら私がどうこうできると思っているのか? 技術により武勇を失った戦士では私には勝てん」


 セラフィーネは戦車から放たれる大口径弾を弾きながら述べる。


「だが、技術とともに武勇があれば勝てるやもしれぬぞ? さあ、勇気を、蛮勇を示すがよい。さすれば戦士として祝福し、戦神モルガンの名において冥界に送ってやろう」


『効いてない! 車載機銃、効果なし! 装填手、榴弾を装填!』


 セラフィーネが朽ちた剣を戦車に向けて笑うのに戦車の中では装填手が車長の命令で戦車砲に榴弾を装填していた。


『装填完了!』


『撃て!』


 50口径90ミリ戦車砲が砲声を響かせ、榴弾をセラフィーネに向けて放つ。


「無駄だ。殺意が足りぬぞ?」


 セラフィーネが朽ちた剣を片手で薙ぐと放たれた榴弾がぐるりとベクトルを変え、砲弾を放った戦車に向けて飛翔し命中した。


 爆発が周囲を照らす。


『ロート・ドライより中隊指揮車。ロート・ツヴァイが被弾した模様。ロート・ツヴァイを援護する。よろしいか?』


『許可する。シュニーヴァイス中隊の歩兵が随伴歩兵として援護する』


『了解』


 ミューレンカンプ戦闘団から派遣された1個戦車中隊と1個機械化歩兵中隊がセラフィーネに向けて前進する。


『シュニーヴァイス中隊本部より各員。迫撃砲が照明弾を打ち上げる』


 機械化歩兵中隊の装備する軽迫撃砲が照明弾を夜空に打ち上げた。


 照明弾の光が星のように輝き、地上を照らし出す。


「ほう。闇を克服したのか? それは素晴らしい。夜の闇は兵を惑わせ、怯えさせ、名将の軍勢からも脱走兵を出していた。それに吸血鬼どもも夜の闇を狩場にしていた。このように明々と照らされれば、迷いも恐怖も浮かぶまい」


 セラフィーネが空に輝く照明弾を見つめて笑った。


『目標視認、目標視認。弾種榴弾! 撃て!』


 戦車2両がセラフィーネに榴弾を再び叩き込む。


「闇が消えたのにまだ怯えているのか? 光は人に勇気を与えると言うのに。かつて兵たちは吸血鬼と人狼が潜む恐ろしい夜の闇を威勢よく行軍し、夜の闇を活かして敵に忍び寄って寡戦に勝利したものだぞ」


 放たれた榴弾は空中で爆発し、炎を上げる。


『どうなってる。暴発か?』


『ロート・ドライ、再度砲撃する!』


 戦車が再びセラフィーネを狙うも効果はやはりない。


「なんてこった。戦車の砲撃が当たらないぞ」


「あれが敵なのか? あのボロの剣を持った12歳程度の少女が? 冗談だろう?」


 戦車の随伴歩兵としてついてきていた1個機械化歩兵中隊の装甲兵員輸送車APCから歩兵たちが降車し、重機関銃を展開し、起こるかもしれない戦闘に備えた。


「役者は揃いつつあるようだ。兵どもが進んでくる。闇夜は引き裂かれ、鉄と血の臭いが炎によって広がる。戦場に兵士たちが進んでくる。我が敵が進んでくる。私はただただ戦うのみ」


「急げ。配置に付け! 小隊、駆け足!」


 戦車がさらに援軍を受けて砲口をセラフィーネに向け、1個機械化歩兵中隊が周辺の建物の中にも押し入って配備につく中、セラフィーネは朽ちた剣を踊らせていた。


「では、軍馬を知らぬ兵たちよ。騎兵を忘れた兵士たちよ。私がそれを教えてやろう。神代より騎兵が戦争の花形であった。それを忘却した現世の兵に教育してやろう。騎兵は未だ絶えぬということを」


 セラフィーネがそう歌って朽ちた剣の剣先を敵に向ける。


「我が軍団レギオンよ。鋼鉄の軍団レギオンよ。恐れを知らぬ軍団レギオンよ。突撃チャージ! 突撃チャージ! お前たちの行く手を遮るものどもを蹄で蹂躙し、剣を振るって突撃せよ!」


 現れたのは鋼鉄の軍馬に跨ったゴーレムたちだった。それが8体。あまりにも巨大な剣を構え、鋼鉄の軍馬を前方に進ませる。最初はゆっくりと陣形を組み、前方のクーデター軍の戦車と歩兵を捉える。


『前方に装甲目標複数! 弾種、装弾筒付徹甲弾APDS! 撃て!』


「対戦車ロケット、撃て!」


 現れたゴーレムの騎兵を前に戦車と随伴歩兵が対戦車兵器を使用。


 対戦車ロケットが炸裂し、周囲が舞い上がた黒煙に包まれる。照明弾も地に落ち、再び夜の暗闇が戻ってきてしまった。


『流石にこいつでくたばらないはずが……』


 そして、再び軽迫撃砲が照明弾を発射。


 道路が光に照らし出される。


「いざ、突撃チャージ


 セラフィーネが宣言したと同時に、夜の闇が裂かれたと同時に、ゴーレムの騎兵が剣を振りかざして敵に向けて騎兵突撃を敢行した。


『つ、突っ込んで来る! こんなの冗談だろう!? 装填手、対戦車榴弾HEATだ! 急げ、急げ!』


「機関銃班、撃て、撃て! 制圧射撃だ!」


 戦車と歩兵が一斉にゴーレムに銃弾と爆薬を叩き込み、突撃を粉砕しようとする。


『ダメだ! 効果なし! 後退しろ! 後退、後退!』


 戦車が下がろうとするのにゴーレムの騎兵が追いつき、巨大な剣を振るうと戦車の装甲が紙のように引き裂かれて弾薬が爆発し、砲塔から爆炎を吹きだして撃破された。


「逃げろ! 逃げろ! 戦車がやられた!」


「お、置いていかないでくれ!」


 戦車が炎上をするのを見て士気を失った兵士たちが逃げ始め、背中からゴーレムの騎兵によって叩き切られる。歩兵たちの手足や頭、内臓が撒き散らされ、恐怖する悲鳴と戦意ある怒号が響き続けた。


「進め。進め。騎兵たちよ。哀れな敵を踏みにじり、勇気ある敵を貫き、どこまでも進むがよい。騎兵突撃は今なお戦争における芸術のひとつであると示すのだ」


 セラフィーネが騎兵を讃え、ゴーレムの騎兵はロート中隊とシュニーヴァイス中隊を蹂躙して突撃を続ける。


『ミューレンカンプ戦闘団本部よりロート中隊指揮車。何が起きてる? 凄まじい爆発が起きていることをこちらでも確認している。状況を速やかに報告せよ!』


『こちらロート・──! 中隊の──がやられた! 敵──が突っ込んで来る! 畜生! ──! ああっ──』


 ミューレンカンプ戦闘団本部から通信に途切れ途切れの返事が返ってきて、最後は悲鳴、ノイズ、爆発音で途切れた。


「ミューレンカンプ大佐。どうも様子がおかしいです。一度、しっかりと確認した方が良いのではないでしょうか?」


「そうだな。私が向かう。戦車を出せ」


 ミューレンカンプ大佐はミューレンカンプ戦闘団と戦闘団長とミューレンカンプ戦闘団の中核となっている近衛第2装甲連隊の連隊長を兼任している。


 このような編成は指揮官の負担が大きいためバーマースティア帝国やホルティエン共和国では行われていない。どちらの国も戦闘団のような諸兵科連合部隊は編成すれど、常設の司令部を設置している。


「戦車前進。威力偵察だ」


 ミューレンカンプ大佐が指揮戦車に搭乗し、被害が報告された方向に向かっていく。指揮戦車と僚車1台及び1個機械化歩兵小隊を連れて前進する。


「炎上している。かなりの車両が撃破されたようだ。どうなっている」


 王立放送局に続く王都の6車線の道路のあちこちに撃破されて炎上している戦車が散らばっていた。それに機械化歩兵の装備する装甲兵員輸送車APCも大量に撃破されてしまっている。


「敵は? 敵はどこだ?」


 車長用のキューポラから半身を乗り出し、ミューレンカンプ大佐が周囲を双眼鏡で探る。乗員を乗せたまま炎上する車両と兵士たちのバラバラにされた死体が散らばる地獄じみた光景が双眼鏡から見えた。


「クソ。なんてことだ。あの兵士たちの死体は人間のやったこととは思えん。化け物にでも襲われたのか」


 ミューレンカンプ大佐が呻く。


 その時、足音が聞こえて来た。軍靴がアスファルトの道路を叩く音だ。


「おやおや。お前がこのものたちの将か?」


「誰だ!」


 そして、赤い月が輝く夜の闇の中から不意に響いた少女の声にミューレンカンプ大佐が戦車兵に与えられる自衛用の短機関銃を構える。


「敵将を討ち取るは戦士の名誉だ。覚悟はいいか?」


「なっ! 少女だと?」


 ミューレンカンプ大佐の戦車の前に朽ちた剣を握ったセラフィーネが現れた。


「お前が指揮官なのだろう? 将なのであろう? ここに散った戦士たちに死地に向かうように命じたのであろう? であるならば、お前も戦士たちと同じように死地に向かうべきだ。将たるものの務めであるぞ」


 セラフィーネが朽ちた剣を手に怪しげに笑いながら言うのにミューレンカンプ大佐は背筋が僅かに凍えるのを感じた。生命としての生存本能から生じた恐怖が背中に冷たい汗を流し、心臓が激しく脈打つ。


「クソッタレ。撃て!」


 ミューレンカンプ大佐が叫び、戦車と機械化歩兵小隊の兵士たちがセラフィーネに向けてあらゆる武器から銃弾と爆薬を叩き込んだ。


「なるほど。死を前にして足掻くか。結構、実に結構。敵将が首を差し出すのでは名誉というものはない。将が戦い、それに鼓舞された戦士が戦い、共に戦って死ぬからこそ意味があるのだ。そして、名誉があるのだ」


 銃弾、爆薬、砲弾。あらゆるものを空中に生じた謎の障壁で弾きながらセラフィーネが剣を構えてミューレンカンプ大佐に飛び掛かった。


「畜生! この化け物が──」


「その首貰った」


 ミューレンカンプ大佐が短機関銃を乱射する中、セラフィーネが銃弾を受けながらも朽ちた剣を振るい、ミューレンカンプ大佐の首が刎ね飛ばされる。


「た、大佐っ! 大佐!」


『ミューレンカンプ戦闘団本部! ミューレンカンプ戦闘団本部! 戦闘団長戦死! 繰り返す、戦闘団長戦死! ミューレンカンプ大佐戦死! 指揮を引き継げ!』


 兵士たちが大混乱に陥った。


「甘美なものだな。将を討ち取る瞬間というのは。将が将を討ち取るは常道。なれど兵が将を討ち取るは最高の名誉よ」


 セラフィーネが首がなくなり、頸動脈から大量の血を流すミューレンカンプ大佐の死体を見下ろしてそう語る。


「さて、残りを片づけるとするか。将を失った兵は脆い。あたかも砂の城のように」


 そうセラフィーネが宣言した後、王立放送局を奪取した第1降下猟兵大隊の1個降下猟兵中隊を撃破し、王立放送局の奪還を目指していたミューレンカンプ戦闘団は壊滅した。完膚なきまでに。


……………………

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