戦神信仰
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──戦神信仰
「酷い状況だな……」
アウグストは王国議会議事堂の中に開かれた野戦病院の惨状を見て唸る。
手足を失った兵士が鎮痛剤もなく苦痛に苦しみ続け、死んだ兵士がそのままにされている。辺りは濃い血の臭いが立ち込め、手当てに当たっている衛生兵の表情はこの世の地獄を前に死んだように固まっていた。
「陛下! ご無事で!」
「旅団長。これまでよく頑張ってくれた。君たちは祖国の英雄だ」
ハイドリヒ少将がアウグストたちを出迎えるのにアウグストが敬意を示す。
「君たちはまだ戦えるか?」
「第1降下猟兵大隊が3割が損耗するも士気は高く、武器弾薬さえあればいくらでも戦って見せましょう。幸いにして装甲教導師団も応援に向かっています。逆賊どもと帝国軍のファシストどもから王都を奪還しましょう」
「よし。やろう。しかし、負傷者はどうする?」
「ここに置いていくしかありません。全員が軍に入隊したときから覚悟はできていたはずです。ずっと平和が続き、自分たちが祖父たちのように戦うことはないと思っていたものはおりません」
「分かった。頼むぞ」
そして、ハイドリヒ少将とアウグストがこれからの予定を話し合い始める。
「装甲教導師団からの連絡によれば王都までは間もなく到達するとのことです。しかし、敵のゲリラコマンドによる妨害の可能性もあると」
「こちらには装甲戦力がない。どうあっても装甲教導師団に来てもらわなければ。妨害として考えられるのはどういうことだ?」
「橋の爆破や地雷の設置などです。特に橋を落とされると進軍速度が明確に落ちます」
「参ったな。帝国は空挺軍を投入してる。連中はまさに装甲教導師団のような機動戦力を拘束して、攻撃に対応させないことを目的としている」
バーマースティア帝国地上軍のドクトリンは装甲機動戦力による大規模な突破と包囲殲滅にある。
それに対して帝国を仮想敵国とする国は戦線を突破する敵の装甲機動戦力を友軍装甲機動戦力を以てして撃破するというアクティブ・ディフェンスを防衛のためのドクトリンとしている。
だが、帝国はそれを阻止するために空挺軍を組織した。帝国空挺軍は突破に先立って敵地に降下し、敵の装甲機動戦力の機動を妨害し、アクティブ・ディフェンスを頓挫させることを任務としてる。
まさに今の状況は両国が想定した状況だ。
「陛下。諸外国の支援はどうなっているのですか?」
「まだ何の約束も取り付けられていない。この状況では支援は期待できないだろう。我が国は陥落寸前だ。今、支援すれば帝国と戦うことにもなる」
「ですが、直接的な軍事介入は望めずとも間接的な軍事支援や経済支援、また外交における支援などがあれば戦いは有利になります」
「分かった。コール議員をホルティエン共和国大使館に送ろう。彼に支援を求めるように頼もうではないか。我々の正統性を友好国に示すんだ」
「部下に護衛させましょう」
アウグストの提案をハイドリヒ少将がそう補佐する。
一方、マリーは血にまみれた議事堂にて半自動ライフルを抱えたまま、コール議員とともにいた。負傷者の呻き声が響き、降下猟兵たちが流した血に混じって肉や内臓の破片が散らばっている。
マリーがその血の臭いを嗅ぐと何だが祭事の際に飲んだ薄いワインを飲んだ時のような気分になった。身体がほんのりと温かくなり、頭は夢と現世の間を彷徨っているかのような感覚に陥る。
「大丈夫かね、マリー嬢?」
「ええ。少し疲れたみたいです」
「無理もない。今日は王国の一番長い夜だ」
コール議員がマリーを心配した。
「血が騒ぐか、小娘?」
そこにセラフィーネが戻って来た。
「お婆様。賊軍は?」
「皆殺しにした。多くの英雄が生まれ、そして散った。素晴らしい夜だ」
マリーが尋ねるのにセラフィーネは満足そうな笑みを浮かべて返す。
「では、アウグスト陛下にお伝えします」
「待て。少しこっちに来い」
マリーがアウグストの下に移行をするのをセラフィーネが呼び止めた。
「ふむ。血が目覚めつつあるな。確かに私の子孫であるようだ。古来から言うではないか。血は水よりも濃いと。いくら他者の血と混ざろうとも私の血が一滴でも流れていれば、そのものは魔女となる」
セラフィーネはマリーの顔を覗き込んでそういう。
「その血が目覚めれば、お前も戦いに身を投じるようになるだろう。楽しみだな」
そう言ってセラフィーネが小さく笑った。
「もうよろしいですか、お婆様」
「ああ。好きにしろ。王には私に敵を寄越せと言っておけ」
マリーが述べるのにセラフィーネは背を向けて去っていった。
マリーはそれを見てからハイドリヒ少将と話し合っているアウグストの下に向かう。
「陛下。お婆様が議事堂に迫っていた敵を撃退しました」
「本当か? よし。希望が見えて来たぞ」
マリーが報告するのにアウグストが頷く。
「失礼、陛下。どういうことです?」
「こちらの強力な味方だ。俄かには信じられないかもしれないが、初代ブルーティヒラント女公セラフィーネ殿が我々の味方として戦っている」
「なんと。神代最強の英雄が。我々には戦神モルガンの加護があるようですな」
「君は戦神モルガンの信仰者だったのか?」
「我が家は20代以上前から戦神モルガンを信仰しております。そして、代々軍人の家系であります」
「君と彼女は気が合いそうだ。私は嫌われているようだが」
ハイドリヒ少将が言うのにアウグストがため息を吐く。
「旅団長閣下。第4降下猟兵大隊より通信です」
そこで旅団本部の通信兵が無線機をハイドリヒ少将に差し出す。
「こちら旅団本部。第4降下猟兵大隊、どうした?」
『こちら第4降下猟兵大隊本部。宮殿の奪還に失敗しました。大隊長は戦死。ヘリもほぼやられたために徒歩で官庁街に撤退し、第3降下猟兵大隊と合流しました』
「そうか。今の状況はどうなっている?」
『内務省に司令部を設置し、内務省庁舎を中心に防衛線を展開。それから捕虜になっていた国家憲兵隊の隊員を解放しました。内務省内の弾薬庫をこじ開けて武器を与え、今では彼らも戦線に加わっています』
「いいぞ。何としても維持しろ。次の目標は宮殿の奪還だ」
『了解』
ハイドリヒ少将がそう命令し、第4降下猟兵大隊大隊長が了解した。
「陛下。これから官庁街に向かいます。そこを拠点に宮殿を攻撃し、賊軍の手から宮殿を奪還するとともに簒奪者ゲオルグを拘束しましょう」
「君に従うよ、ハイドリヒ少将」
そして、第1降下猟兵旅団は官庁街を目指す。
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