官庁街の戦い
……………………
──官庁街の戦い
第1降下猟兵旅団の全戦力が官庁街に機動し、内務省庁舎に旅団司令部が設置された。ハイドリヒ少将はもちろんアウグストたちも内務省庁舎の頑丈な地下室に入る。
「陛下、ご無事で」
「君もな。国家憲兵隊が私を逃がしてくれた。君の戦友たちに心から感謝する」
国家憲兵隊はクーデターによって捕虜になっていたが、第1降下猟兵旅団によって解放された。今は拘束されていた国家憲兵隊隊員の中でもっとも階級の高い大佐が彼らの指揮を執っている。
「旅団長閣下。偵察に向かった部隊からの報告です。賊軍の機械化歩兵部隊がこちらに向かっています。規模にして1個連隊以上」
「大丈夫だ。まだ我々は戦える。それより装甲教導師団は?」
「王都到着まで間もなくとのことです。また装甲教導師団内に設置された戦闘団のひとつは帝国軍が司令部を置いているクローネヒューゲル空港を奪還すると」
「そうか。だが、奪還すべきは宮殿であり、狙うは賊軍の首魁たる簒奪者ゲオルグだ。こっちを支援するように連絡してくれ」
「了解」
旅団本部の通信兵が王都に近づきつつある装甲教導師団本部に連絡する。
「市街地戦における勝敗を決定するのは建物をどれほど支配できるかだ。どのような兵器も兵士も高所からの攻撃というのには弱い。この官庁街には高層建築が多くある。そして、今やそれらは我々の手の中にある」
ハイドリヒ少将が指揮官たちを集めて説明する。
「敵は機械化歩兵部隊で、恐らくは戦車も随伴している。だが、建物は簡単には壊れん。建物を維持し続け、立体的に戦うのだ」
「旅団長閣下。内務省に非常時のために備蓄してあった燃料を使って火炎瓶を作る許可をいただきたいのですが。賊軍どもにカクテルをごちそうしてやりましょう」
「素晴らしいぞ、少佐。すぐにかかれ。では、それぞれの健闘を祈る!」
そして、第1降下猟兵旅団の将兵が配置に着く。
「お前、よき将だな」
ハイドリヒ少将が自らも短機関銃を握り、将兵に指示を飛ばす中、セラフィーネが興味深そうにハイドリヒ少将を見た。
「将に必要な兵を死地に向かわせる才能がある。兵を鼓舞し、勇敢に戦わせる才能がある。あれだけの犠牲を出して、なお兵たちが戦いを恐れず、敵に対し獣のごとく獰猛であることがその証よ」
「お褒め頂き光栄だ、神代の英雄殿。私も戦神モルガンを崇拝するひとりとして、あなたのような英雄とともに戦場に立てることを嬉しく思う」
「それは、それは。私も嬉しいぞ。素晴らしい将に恐れを知らぬ兵たち。そのような勇者たちとともに戦場に臨むは名誉だ」
「現世の戦場の感想はどうですかな?」
「技術に頼りすぎているという様子ではある。技術は殺戮の高率さを向上させた。その技術に兵士たちの勇気が追いついていない。技術を過信し、技術のみで戦いの勝敗が決まると思っているようだ」
「神代の戦士たちの弓はドラゴンを射落とし、その剣は大地を裂いたと言いますな」
「まさに。真の英雄は簡素な武器であれど偉業を成した。その勇気ゆえに。だが、技術の進歩を私は完全には否定しない。英雄の技を有象無象の雑兵が使えるようになるのであればそれは喜ぶべきことだ」
ハイドリヒ少将にセラフィーネがそう語る。
「旅団長閣下。賊軍の斥候と思しき装輪装甲車を確認。交戦を許可しますか?」
「装輪装甲車ということは威力偵察か。こちらの反撃を見て、こちらの陣地の位置や火力を確認するつもりだろう。確実にこちらに引き込み、逃がさず撃破しろ」
「了解」
旅団本部の通信兵が官庁街に展開する各部隊に通達する。
クーデター軍の装輪装甲車は2両で、それに
装輪装甲車を先頭にゆっくりと前進してきたクーデター軍の威力偵察部隊は不気味なまでに静まり返った官庁街を進んでいく。
『師団本部よりヘルブラオ・アイン。敵の反応はあるか?』
『ヘルブラオ・アインより師団本部。未だ敵の攻撃を受けず。このまま進む』
装輪装甲車が師団本部と連絡し、砲塔を旋回させながら進む。
そこで突如として2両の装輪装甲車が一緒に吹き飛んだ。対戦車ロケットの攻撃だ。
「敵の攻撃だ!」
「撤退、撤退!」
逃げようとした
「敵威力偵察部隊全滅とのこと」
「弾薬は節約するように通達しておけ。こちらが次に補給が得られるのはいつになるか分からないぞ。もう動かせるヘリも少ない」
ハイドリヒ少将は内務省の地下室を出て、上階から官庁街の中央を通る6車線の道路を見つめた。炎上する装甲車が暗闇を照らしている。
「第1降下猟兵大隊本部より連絡。敵の戦車を先頭にした装甲戦力が官庁街付近に展開。本格的な攻撃が近いと思われます」
「いよいよか。賊軍どもを派手に出迎えてやれ!」
クーデター軍についた近衛装甲擲弾兵師団において編成されたカスペル・レーゼナー大佐に指揮されるレーゼナー戦闘団が攻撃を開始。
『砲兵が砲撃を開始』
官庁街に向けて自走榴弾砲を装備する砲兵大隊が砲撃を実施する。
砲弾が降り注ぎ、官庁街で無数の爆発が起きた。
「地ならしだ。耐えろ。これが終わったら敵が来るぞ」
降下猟兵たちがこの夜の戦闘で逞しい古参兵になっていた。砲撃に動じず、じっと伏せて耐え、武器を握って士気を維持する。
『レーゼナー戦闘団本部よりシュバルツ大隊へ。前進開始、前進開始』
『シュバルツ大隊、前進を開始する』
レーゼナー戦闘団は1個機械化歩兵連隊と1個戦車大隊を中核に編成されている。
その戦車大隊が官庁街に進出。
「敵戦車だ。引き付けろ」
「撃つな。まだ撃つな」
官庁街の高層建築に立て籠もった降下猟兵たちが息をひそめ、官庁街に戦車の無限軌道が立てる金属音だけが響く。
「今だ! やれ!」
「食らいやがれ!」
敵戦車が自分たちの直下に来た時、降下猟兵たちが火炎瓶を戦車に投擲した。
戦車が燃え上がり、エンジンなどが破壊されて走行不能に陥る。戦車が応戦しようにも自分たちの真上にいる敵に戦車の主砲は向けられず、一方的に攻撃されてしまう。
「市街地戦で戦車を先頭に立てるのは馬鹿のやることだ。戦車の火力は市街地戦でも有効だが、見通しの悪さと立体的な戦闘能力のなさから歩兵の支援もなく突撃すれば火達磨にされるだけだ。ざまあみろ!」
炎上するクーデター軍の戦車を見てハイドリヒ少将が歓声を上げる。
レーゼナー戦闘団の戦車部隊は大損害を出し、後退。入れ替わるように機械化歩兵が前方に出ると
「敵の機関銃陣地! 建物内です!」
「建物を制圧しろ! 降下猟兵どもから建物を奪え!」
その機械化歩兵たちに降下猟兵が機関銃を掃射するのに機械化歩兵たちが官庁街の建物に突入していく。
「うわっ──」
「クソ! ブービートラップだ! 気を付けろ!」
降下猟兵たちも建物内に敵が乗り込んでくるのは想定しており、手榴弾にワイヤーを付けた簡素なブービートラップなどをたっぷりと設置していた。
「中隊長殿! 賊軍の歩兵部隊が来ます! 建物内です!」
「旅団本部はここを維持するように命じている! 応戦しろ!」
迫りくるクーデター軍を前に降下猟兵たちが必死の抵抗を始めた。
「戦闘工兵、前に出ろ。援護する」
官庁街の建築物は頑丈な鉄筋コンクリート造りとなっており、まるでバンカーに立て籠もる敵を相手にするような戦闘となる。交戦距離は極めて短く、白兵戦が起きることも珍しくない。
このような戦場で価値を発揮するのは戦闘工兵たちだ。
梱包爆薬や火炎放射器を装備する彼らがクーデター軍の先頭に立っていた。
「来たぞ! 敵だ!」
「陣地を渡すな!」
降下猟兵が陣地で抵抗するのに短機関銃の射撃に援護された戦闘工兵が前に出る。
「食らいやがれ、裏切者ども!」
そして、クーデター軍の戦闘工兵が火炎放射器を使用する。炎が長く放射され、降下猟兵の陣地を炎に包む。
「ああ! ああ! 畜生、畜生!」
「火炎放射器を装備した敵を殺せ! あのクソ野郎ども!」
降下猟兵たちが炎に焼かれてのたうち、陣地で無事だった兵士が応戦する。
「梱包爆薬を使え!」
だが、その抵抗も梱包爆薬の大規模な爆発によって粉砕された。
「前進!」
クーデター軍が着々と建物を制圧していき、降下猟兵が押される。
「旅団長閣下。第1降下猟兵大隊が撤退の許可を求めています。損害は4割に上ると」
「やむを得ん。撤退を許可する。だが、抵抗は放棄するなと厳命しろ」
「了解」
官庁街の文部省庁舎に陣取っていた第1降下猟兵大隊が撤退。後方に下がって友軍と合流し、また建物に立て籠もる。第1降下猟兵旅団もクーデター軍も多大な損害を出しながら血塗れの市街地戦を戦っていた。
「火炎放射器を持った奴を優先して狙え! 撃ち殺せ!」
「くたばれ!」
降下猟兵たちが脅威となる戦闘工兵を率先して狙う。
「うわっ──」
戦闘工兵が背負っている火炎放射器の燃料タンクが手榴弾の破片で引き裂かれて燃料が引火。戦闘工兵とそれを援護していた歩兵たちが炎に包まれる。
「やったぞ。ざまあみろ」
「まだまだ来るぞ。火炎瓶も使え!」
炎が舞い、銃弾が飛び交い、官庁街のオフィスは戦場となった。
「戦闘団長殿。損害が大きいです。我が戦闘団は既に4割の損耗。戦闘工兵を中心に被害が拡大しています」
「だが、撤退は許されていない。師団本部は官庁街の制圧を指示している」
参謀の報告にレーゼナー大佐が唸る。
「増援はないのですか?」
「今のところはない。近衛装甲師団はほぼ壊滅した。王都にいるのは我々だけだ」
「重砲の支援はどうなのです?」
「それもダメだ」
レーゼナー大佐が首を横に振る。
「現有戦力で可能な限り官庁街を制圧する。我々は宮殿への攻撃を阻止すればいいのだ。敵を殲滅する必要はない。できる限りのことをしよう」
「了解」
レーゼナー戦闘団は引き続き機械化歩兵を中心に官庁街の第1降下猟兵旅団を攻撃し続ける。砲兵が支援を続け、官庁街の庁舎に砲弾が降った。
「旅団長閣下。敵の砲兵によってこちらの動きが制限されています。第4降下猟兵大隊が身動きできずに敵の猛攻を受けており、危険です」
「第1降下砲兵大隊に対砲迫射撃を実施させろ。敵の砲兵を叩け」
「通達します」
ハイドリヒ少将の命令で官庁街にある中央公園に布陣した第1降下砲兵大隊がレーゼナー戦闘団の自走榴弾砲を装備する砲兵に対砲迫射撃を開始。
口径105ミリの軽榴弾砲とは言えど、砲弾が直撃した自走榴弾砲は撃破された。
「賊軍が来るぞ! 構えろ!」
「来いよ、賊軍ども」
官庁街の庁舎をクーデター軍の歩兵たちが進んでくるのを降下猟兵たちが待ち受ける。廊下を進んできた歩兵たちが降下猟兵のキルゾーンに入った。
「爆破!」
またしても仕掛け爆弾を準備しておいた降下猟兵が爆弾を起爆。爆薬とともに燃料も合わせた爆弾が炎を広げ、無防備な歩兵たちが炎に包まれて焼かれた。
「クソ。反乱軍め。ライフルグレネードを使え! 敵の陣地をふっ飛ばせ!」
クーデター軍も火力には火力に応じる。
激戦が続く。
「戦いの音色がするぞ」
セラフィーネは官庁街中央を走る6車線の道路に立っていた。
「戦士たちの歌が聞こえる。炎が燃え盛る音が聞こえる。鉄の音が聞こえる。戦争の奏でる音楽だ。戦士たちを死に向かわせる曲だ」
セラフィーネが赤い月に照らされる官庁街を見渡す。
「文明は進歩したようだ。摩天楼が聳え、この国は栄華を誇っている。だが、戦争の野蛮さが失われたわけではない。人と獣をどう分けると言うのだ。文明というドレスは容易く失われ、倫理も道徳もあっさりとなくなる」
機関銃が立てるけたたましい銃声や対戦車ロケットの炸裂する音が響いていた。
「文明を失った人間は獣よ。野蛮に殺し合う生き物だ。この様を見るがいい。文明が築いた巨大な建築物はただの殺し合いの場になった。文明とはかくも脆い」
満足げにセラフィーネは笑う。
「では、いざ戦場へ向かわん。戦いが私を呼んでいる」
セラフィーネが駆ける。
激戦が繰り広げられている官庁街の庁舎に窓から飛び込み、降下猟兵とクーデター軍が撃ち合いを繰り広げている廊下に立つ。
「何だ!?」
「クソ。妙なことばかり起きやがって」
クーデター軍と降下猟兵の双方が突然現れたセラフィーネに驚愕して射撃を止める。
「さあ、戦おうではないか、勇敢なる戦士たち?」
「知るか! 撃て!」
クーデター軍が短機関銃から銃弾を浴びせ、さらに戦闘工兵が火炎放射器を使う。
「おお。炎か。いいではないか。ドラゴンどもの硫黄臭く、死を招く吐息を思い出す。まあ、それはドラゴンのため息程度の威力しかなさそうだがな」
セラフィーネが朽ちた剣の剣先を火炎放射器の方向に向けると炎はセラフィーネを避けていき、セラフィーネに達することはなかった。
「炎は戦場につきものだ。新兵たちは炎の洗礼を受けて新兵を卒業する。傭兵たちは農奴たちの村を炎で焼いて宴を開く。そして、ドラゴンどもほど炎を愛するものはいないだろう。連中は炎とともに生きている」
炎を振り払ったセラフィーネがクーデター軍の方に歩き始める。
「おいおい。どうなってるんだ。攻撃が通らなかったぞ!」
「ひ、怯むな! 撃て、撃て!」
クーデター軍の兵士たちがあらゆる歩兵の携行する火力を叩き込み、セラフィーネを殺害しようとするが何の効果もない。
「抗え。戦え。それが戦士の義務だ。義務を果たし、喜びの声を上げて死ね」
セラフィーネがクーデター軍に牙を剥き、瞬く間にクーデター軍が虐殺された。
「旅団長閣下! 装甲教導師団が到着しました!」
「来たか! ついに来たか! 待ちかねたぞ!」
その頃内務省の第1降下猟兵旅団本部では装甲教導師団の到着が知らされていた。
「戦車だ! 味方だぞ!」
「やった!」
官庁街の道路を装甲教導師団所属の戦車と
その車列の中から6輪の装輪装甲車である通信指揮車が現れ、内務省庁舎前で止まった。そして、そこから王国陸軍戦闘服に少将の階級章を付けた軍人が降りてくる。
「ハイドリヒ。生きているな?」
「冗談を言うなよ、バイエルライン。私はそう簡単には死なんぞ」
やってきたのは装甲教導師団師団長のバイエルライン少将だ。
「これからどう動く? 今、装甲教導師団は3つの戦闘団に分割して行動している。官庁街にいるのはバルクマン戦闘団。2個装甲大隊と1個装甲擲弾兵大隊だ」
「他は?」
「官庁街に隣接する区域に同じ編成のクイルンハイム戦闘団。さらに敵に奪われたクローネヒューゲル空港奪還に向けてオルブリヒト戦闘団が動いている」
「では、バルクマン戦闘団にはこのまま支援を開始させ、クイルンハイム戦闘団には迂回して官庁街を敵の背後を突くようにして攻撃を。挟み撃ちにして包囲殲滅する」
「分かった。そのようにしよう。だが、今までよく持ったな?」
「驚くなよ。我々には戦神モルガンの祝福がある。初代ブルーティヒラント女公セラフィーネ殿が蘇って、我々の味方となった」
バイエルライン少将が尋ねるのにハイドリヒ少将が不敵に笑って返す。
「何を冗談を言っている。それは神代の伝承ではないか」
「私もそう思っていたが、我々がここまで持ったのは彼女のおかげだ」
バイエルライン少将にハイドリヒ少将がそう言った時、セラフィーネが戻って来た。
「おい。ここでの戦いは終わったのか?」
「終わったも同然だとも。友軍が来た。これから賊軍を挟み撃ちにして殲滅する。これで官庁街での戦闘は終結する。我々はまたひとつ勝利するのだ」
「ふん。それで、次は?」
「宮殿だ」
ハイドリヒ少将が宣言した。
……………………
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます