宮殿の戦い
……………………
──宮殿の戦い
官庁街に展開した装甲教導師団の援護を受けて、第1降下猟兵旅団はクーデター軍を駆逐。官庁街を完全に制圧し、第1降下猟兵旅団と装甲教導師団は官庁街を出て、宮殿に向けて突撃する準備を始めた。
「戦闘団長殿。師団本部からです」
「寄越せ」
装甲教導師団隷下バルクマン戦闘団を率いるヘルムート・バルクマン大佐は通信指揮車に搭乗しており、師団本部からの連絡に応じる。
『バルクマン大佐。クイルンハイム戦闘団が東から攻撃する。夜間戦闘だ。友軍識別には厳重に注意するように』
「了解、師団長閣下。攻撃開始時刻は?」
『15分後に開始だ。まず師団砲兵を含めた砲兵が攻撃準備破砕射撃を実施する。敵の自走対空砲及び装甲戦力を目標にして叩く。その後、君たちが前進して第1降下猟兵旅団とともに宮殿を奪還する』
「分かりました。準備します」
バルクマン大佐がバイエルライン少将の指示に了承の言葉を返した。
「戦闘団本部より全部隊。15分後に攻撃開始だ。宮殿を賊軍から奪還する。気合を入れろ。第1降下猟兵旅団が我々を援護する」
『了解』
バルクマン大佐が指示を出す。
第1降下猟兵旅団の降下猟兵たちは戦車や
『砲兵が砲撃を開始。弾着まで15秒』
装甲教導師団の
「弾着、今!」
砲兵の砲撃は宮殿の前庭に展開していたクーデター軍の戦車や自走対空砲、
「
砲撃が続き、クーデター軍が大きな打撃を受けた。
「まるでちょっとした火山の噴火のようだな。火神ヘファイストスが起こしたリパラ山の噴火を思い出させる。あれは軍勢を巻き込んで盛大に燃え上がったものだ」
セラフィーネは装甲教導師団隷下バルクマン戦闘団の先鋒を務める装甲騎兵中隊の
この
『バルクマン戦闘団本部より全部隊。前進開始。目標は宮殿だ。賊軍より奪還せよ』
『了解』
そして、攻撃準備破砕射撃の後にバルクマン戦闘団が前進を開始した。
「おい! 危ないぞ! この車両は敵の集中攻撃を浴びることになる! 中に入るか、他の車両に向かった方がいい!」
「気にするな。一番槍をいただくだけよ。一番槍は名誉だからな」
「クソ。勝手にしろ。こちらスレイプニル・アイン。前進開始!」
『前方に敵戦車。まだ動くようだぞ。装填手、
『装填!』
「一番槍は私だ。他の誰でもなく」
だが、
朽ちた剣が魔術の力を帯び、敵戦車の正面装甲を貫き、戦車が爆発炎上。
「さあ、戦士たちよ。勇気を示すがいい。さすれば私が名誉ある死を与えよう」
セラフィーネが宮殿を防衛するクーデター軍と交戦を開始し、クーデター軍の火力がセラフィーネに向けられる。無事だった迫撃砲が火を噴いてセラフィーネに砲弾を降り注がせ、あらゆる装甲車のあらゆる火砲が火を噴く。
「素晴らしい。敗北の淵に立ってなお戦う戦士には勇気がある。敗北というものは士気を削ぐ。敗北とは死であるが故に。だが、敗北し虜囚となって処刑されるのと戦って死ぬのとでは、黄金と真鍮ほどの違いがある」
セラフィーネが主砲が火を噴く戦車に突撃し、朽ちた剣で主砲を叩き切り、そして戦車の砲塔を真っ二つにして弾薬庫とエンジンを破壊し、爆発炎上させた。戦車兵たちが炎に包まれ、燃える戦車の中で悲鳴を上げる。
『スレイプニル・アインより戦闘団本部。あの少女は一体何なんだ? クーデター軍が次々に撃破されているぞ』
『戦闘団本部よりスレイプニル・アイン。そいつは放っておいて敵陣地の状況を報告せよ。間もなく友軍戦車大隊が宮殿に突入する』
『スレイプニル・アイン、了解』
セラフィーネが大暴れする中、バルクマン戦闘団が宮殿への攻撃を続ける。
『スキンファクシ・アインより戦闘団本部。宮殿の庭園より離陸するヘリを確認した。帝国地上軍の輸送ヘリだ』
『戦闘団本部、了解。監視を継続せよ』
戦闘団主力突撃前に浸透していた偵察分隊がバーマースティア帝国地上軍の輸送ヘリで逃げるゲオルグとカイテルたちを確認した。
「バルクマン大佐。このまま我が第1降下猟兵旅団が支援するので宮殿に突っ込むぞ」
「了解です、少将閣下」
第1降下猟兵旅団のハイドリヒ少将は戦闘団長のバルクマン大佐にそう言って自らも前線に向かった。第1降下猟兵旅団の降下猟兵たちは戦車にタンクデサントしたまま宮殿に進出している。
「宮殿だ。あれを取り戻すのか」
「やってやろうぜ!」
降下猟兵たちが威勢よく叫び、叫ぶことで恐怖に打ち勝つ。
宮殿は広大な前庭と中央棟、西棟、東棟が通り正面に位置し、さらに中庭があり、北棟が中庭を挟んだ向こうに位置し、その後ろに王国最大の庭園がある。
クーデター軍は前庭に陣地をいくつも設置し、機関銃や戦車を備えさせていた。中庭には自走対空砲があり、庭園には迫撃砲陣地がある。
第1降下猟兵旅団と装甲教導師団はこれに対して東西から攻撃を仕掛けた。
バルクマン戦闘団は第1降下猟兵旅団の残存戦力とともに西から進出し、ヴェルナー・クイルンハイム中佐に指揮されるクイルンハイム戦闘団は東から進出。
戦力集中は戦術の基礎ではあるが、一ヵ所に大規模な戦力を同時には展開できないのも事実だ。特に戦車を中心とする装甲機動戦力は道路などの進軍経路を占有するので大規模な戦力の同時投入は難しい。
そこで外線作戦だ。外から戦力を機動させ、攻撃目標の地点で合流させる。
クーデター軍は東西から同時に迫る大規模な装甲戦力を相手にすることになった。
そして、神代の魔女も。
「畜生! 反乱軍の攻撃だ! 戦車多数!」
「友軍戦車は!?」
「さっきの砲撃で大打撃を受けている! 戦車の支援は期待できない!」
これまでは装甲戦力で第1降下猟兵旅団を脅かしていたクーデター軍だったが、近衛装甲師団の壊滅と近衛装甲擲弾兵師団の官庁街での被害で、彼らを援護する戦車はいなくなってしまっていた。
『ムスペル・アイン、砲撃、砲撃!』
バルクマン戦闘団の装甲騎兵小隊に続いて宮殿の塀を破壊して前庭に突入した戦車が、目の前のクーデター軍の陣地に向けて砲撃する。
「いいぞ! 我々も前進だ! 降下猟兵の誇りを見せろ! 私に続け!」
「フラァ──!」
ハイドリヒ少将が短機関銃を持ってクーデター軍の陣地に向けて駆け、それに続いて降下猟兵たちが銃弾、手榴弾、対戦車ロケット弾を叩き込みながら突撃。
戦車に先んじて降下猟兵たちが進み、クーデター軍の対戦車ロケットなどを装備した歩兵を掃討し、戦車の前進を援護していた。
「旅団長閣下。あそこで敵が……」
「セラフィーネ殿だな。あっちは任せよう」
ハイドリヒ少将と彼の部下が見る先にはセラフィーネが大暴れしていた。生き残った戦車を斬り刻み、機関銃や対戦車ロケットの火力を引き付け、そして撃破している。
「血だ。血を流せ。血に酔え。戦士には血、鉄、炎が似合う。王が王冠をいただくように戦士は血、鉄、炎を象徴とするのだ」
「クソ。化け物め! 反乱軍は化け物を使うのか!」
セラフィーネが朽ちた剣を踊らせてクーデター軍の将兵を切り刻むのにクーデター軍の指揮官がセラフィーネを睨み、死んだ兵士から対戦車ロケットを得ると、その狙いをセラフィーネに定めて放った。
「くたばりやがれ!」
「温い」
放たれた対戦車ロケットをセラフィーネが朽ちた剣で引き裂き、暴発させる。
「畜生、畜生、畜生! 道連れにしてやる!」
対戦車ロケットの不発を見た将校が旧式の対戦車手榴弾を手にセラフィーネに立ち向かった。ひたすらに突撃し、旧式の戦車ならば撃破できる対戦車手榴弾の信管を叩くことによって起爆させた。
巨大な爆発が生じる。
「見事だ。勇者として完成したではないか。勇気ある戦いと名誉ある死。羨ましい。そのように死ねたならば幸運であろうな」
セラフィーネが対戦車手榴弾の爆発で崩れた肉体を再生させながら語る。
「私が戦士としての礼を尽くし、全力を出し切って戦った末に、私を殺してくれるものはいるのだろうか。人狼も私を殺せなかった。吸血鬼も、巨人も、ドラゴンも。そして、神ですら私を殺せなかった。私は死ねなかった」
僅かに寂し気にセラフィーネは誰となく語る。
「強者であることが罪だとでもいうのだろうか。これは罰なのか。ああ、戦士としての死が羨ましい。羨望してしまう」
そして、セラフィーネが朽ちた剣を構えた。
「さあ、戦いを続けよう。戦いにしか私は生きられぬ」
セラフィーネの虐殺が続く。
『ムスペル・ツヴァイより大隊指揮車。敵の陣地が宮殿の窓に設置されている。攻撃してもいいのか? 指示を乞う!』
『大隊指揮車よりムスペル・ツヴァイ。攻撃を許可する』
バルクマン戦闘団の戦車大隊はクーデター軍の陣地が宮殿内にあるのに攻撃を躊躇っていた。クーデター軍に占拠されているとは言えど歴史があり、権威の象徴である建物なのだ。それを戦車で砲撃するなどとは、と。
だが、許可が出て、戦車が宮殿を砲撃する。
「なんということだ! 宮殿が壊れてしまうぞ!」
「旅団長閣下! 伏せてください! 賊軍の機関銃陣地です!」
戦車の砲撃で宮殿が崩れるのにハイドリヒ少将が叫び、彼の部下が機関銃陣地から狙われていることを察し、彼を地面に引き倒した。
機関銃の掃射がハイドリヒ少将たちを襲い、頭を押さえられてしまう。
「クソッタレ! 賊軍の連中、歴史ある宮殿を盾にするなど!」
「戦車が支援します!」
「むう。仕方ない。修繕費の請求書は帝国に送り付けてやる」
戦車が機関銃陣地を砲撃で潰し、装甲教導師団の機械化歩兵と降下猟兵たちが宮殿に迫る。もはやクーデター軍にそれを防ぐ術はない。
「突入、突入!」
「賊軍を殺せ!」
手榴弾を一斉に放り込んで正面入り口のクーデター軍の陣地を粉砕。歩兵たちが宮殿の中に向けて突入した。
「押し込め! 反撃を許すな!」
「対戦車ロケットを持ってこい! 敵の陣地だ!」
戦いは前庭から宮殿内に移った。
宮殿内にクーデター軍が作った陣地を歩兵たちが血を流して攻略する。
「戦闘工兵、前へ!」
ここで装甲教導師団隷下の戦闘工兵が現れた。
「畜生! 火炎放射器だ! 焼き殺されるぞ!」
「撃て、撃て!」
官庁街の戦いで第1降下猟兵旅団を苦しめた戦闘工兵も今は第1降下猟兵旅団の側にいて、クーデター軍に牙を剥く。
火炎放射器が炎を撒き散らし、クーデター軍の陣地を制圧していった。
「こちら宮殿防衛隊! 被害甚大! こちらの被害甚大! 撤退の許可を求める!」
『こちら最高司令部。撤退は許可できない。最後まで戦え』
「ふざけるな! 王は逃げ、宰相も逃げた! 閣僚たちも! ここを守ることに何の意味があるというのだ!?」
クーデター軍の宮殿防衛を命じられた陸軍大佐が無線に向けて叫ぶ。
『現在援軍がそちらに向かっている。死守せよ。国王陛下の勅命である』
「クソッタレ! 死ねといいたいならば素直に死ねと言え!」
そう言って大佐が無線機を床に叩きつけた。
その間にも第1降下猟兵旅団と装甲教導師団による宮殿攻略は進む。
「もう戦っても意味はないよ。俺たちは負けたんだ」
「降伏したら殺されるぞ」
「同じ国民じゃないか」
クーデター軍の士気は下がり、兵士たちが降伏し始める。
「旅団長閣下。間もなく宮殿を完全に制圧できます」
「よろしい。これで国際社会も我々を支援するだろう。後は帝国のファシストどもをこの国から蹴り出してやるだけだ」
宮殿内に司令部を移動させたハイドリヒ少将が部下からの報告に頷く。
「閣下! 斥候が帝国空挺軍の輸送ヘリ多数を視認! ヘリボーンです!」
「簡単には渡さないということか。いいだろう。叩きのめしてやる!」
その司令部に帝国空挺軍の輸送ヘリ接近の報告が入る。
投入された帝国空挺軍のヘリボーン部隊はオスキン大佐の第591親衛空中突撃連隊だった。彼らがセラフィーネを仕留めるために投入されたのだ。
「大佐殿! 間違いなく作戦目標は宮殿にいるとのことです!」
「よろしい。魔女狩りの始まりだ」
オスキン大佐たちを乗せた輸送ヘリの編隊はガンシップによって上空援護を受けている。王国陸軍の装備しているガンシップと違って頑丈な防弾装甲のそれであり、大口径機関砲でなければ落ちない。
『ライカ・アジンより各機。敵を視認。催涙ガスを撃ち込め』
『了解』
ガンシップの編隊が宮殿をほぼ奪還し、中庭に進出していた降下猟兵たちに向けて催涙ガスを込めたロケット弾を連続発射した。
「ガスだ! ガス、ガス、ガス!」
「ガスマスクを付けろ!」
降下猟兵たちが吐いたり、涙を流したりしながらガスマスクを付ける。
「クソ。帝国め。化学兵器は条約違反だぞ! ファシストめ!」
「敵ヘリボーン部隊が中庭と庭園に降下! またガンシップの別動隊が友軍装甲部隊を攻撃中! 自走対空砲が反撃に出ます!」
「叩き落とせ!」
ハイドリヒ少将が叫ぶ中、装甲教導師団隷下バルクマン戦闘団が敵のガンシップと交戦を開始した。
『ベオウルフ・ツヴァイ、被弾、被弾! 履帯をやられた!』
『クソ。帝国のガンシップは対戦車ミサイルを搭載してるぞ!』
バルクマン戦闘団の戦車大隊に襲い掛かった帝国空挺軍のガンシップは第1世代の対戦車ミサイルを装備していた。
バルクマン戦闘団の戦車が次々に被弾し、戦闘不能になる。
『ラタトクス・アインより各車。対空戦闘、対空戦闘!』
そこでバルクマン戦闘団隷下自走対空砲小隊の自走対空砲がガンシップを狙う。口径37ミリ機関砲がガンシップに向けて曳光弾の混じった砲弾を浴びせ、夜空に緑色の光の線が伸びていった。
『被弾、被弾! 墜落する!』
『敵の自走対空砲がいる! 退避しろ!』
帝国空挺軍のガンシップが撃墜され、脅威を確認したガンシップが退避する。
その頃、第591親衛空中突撃連隊が宮殿の中庭と庭園に着陸し、空挺兵たちを硬化させていた。さらにはヘリボーンしてきた空挺自走対戦車砲も展開する。
「連隊本部より各部隊へ。魔女の排除が最優先だ。王国軍を無理に相手にする必要はない。王冠は既に我々が握っている」
『了解』
オスキン大佐が指示を出し、空挺兵たちがセラフィーネに向けて進み出した。
『アルマース・アジンより連隊本部。砲撃支援はいつでも可能だ』
「目標の座標を指示するまで待機せよ」
第56親衛砲兵連隊も配置に着いた。
第56親衛砲兵連隊は口径122ミリ榴弾砲及び多連装ロケット砲を装備している。
『偵察小隊より連隊本部。目標を視認した。恐らくあれが魔女だ。朽ちた剣を持った黒衣の少女。場違いすぎる』
「偵察小隊、監視を継続せよ」
先行した空挺兵がセラフィーネを発見した。
彼女は朽ちた剣を握り、燃え上がるクーデター軍の戦車の車体に座っていた。
「さて、どう仕掛けるか。まずは砲撃だろう。どう思うかね、セーロフ少佐?」
「小火器による攻撃が通じる可能性は極めて低く、かつ敵の攻撃はかなりの脅威です。正面から戦うのが愚策かと。ここは大佐の仰る通り、砲撃で」
「よろしい。連隊の迫撃砲中隊及び第56親衛砲兵連隊の砲撃で魔女を粉砕する。出し惜しみはするな。全力で砲撃しろ!」
オスキン大佐が命令を下し、砲撃の準備が始まる。
『アルマース・アジン、砲撃要請を了解』
第56親衛砲兵連隊が空輸可能な榴弾砲と40連装122ミリ自走多連装ロケット砲が、
「撃て!」
さらに第591親衛空中突撃連隊所属の口径120ミリ重迫撃砲を装備する迫撃砲中隊も砲撃を開始した。
砲弾が一斉に宮殿の前提にいるセラフィーネに降り注いだ。
多連装ロケット砲が斉射したロケット弾が辺り一面に破壊の限りを撒き散らし、榴弾砲が次々に炸裂して、重迫撃砲がそれよりも威力が低いものの確かな破壊を起こす。
「何だ!? 砲撃か!?」
「多連装ロケット砲の砲撃と思われます!」
「畜生。滅茶苦茶やりやがる。帝国の連中め!」
敵の陣地にいる歩兵の頭に雨のようにロケット弾を降り注がせ、榴弾砲より広域の面を制圧し、敵兵に精神的な打撃と陣地の無防備な火砲を破壊する。それが多連装ロケット砲の役割だ。
宮殿の前庭全てがロケット弾によって制圧され、戦車は無事だったもののオープントップの
「ほう。面白いではないか。ここまでの破壊はもはや芸術といえよう。破壊には美がある。美は創造によって生まれ、破壊によって高まるのだ。破壊という終わりには美学がある。退廃的な美学が」
だが、帝国空挺軍が狙ったセラフィーネの撃破が出来ていなかった。
セラフィーネは多連装ロケット砲、榴弾砲、重迫撃砲が穿ったクレーターだらけの前庭で破壊された戦車の砲塔に立ち、朽ちた剣を夜空を貫くようにに構えていた。
「連隊長殿。目標は健在とのことです」
「なんてことだ。正真正銘の化け物だな」
「どうしますか?」
「再度砲撃だ。徹底的に砲撃しろ」
「了解。砲撃を要請します」
オスキン大佐が連隊本部の通信兵に命じ、通信兵が砲撃を要請する。
だが、その前に悲劇が砲兵たちを襲った。
「私も破壊の美学を見せてやろう。さあ、雨のごとく降り注ぐ破壊の矢を。百万の軍勢すら殺し尽くす死の矢弾を」
セラフィーネが夜空に向けた朽ちた剣の剣先から閃光が空に突き抜ける。
その光が空中でいくつもの光の線に分裂し、榴弾砲と多連装ロケット砲の再斉射準備に入っていた第56親衛砲兵連隊の陣地に降り注いだ。
「何が──」
降り注いだ光は炎を帯びた矢の雨となって砲兵陣地を襲い、砲弾を装填中だった火砲が吹き飛び、炎が砲兵陣地を覆った。兵士たちが火だるまになって転げまわり、炎に焼ける苦しみから悲鳴を上げる。
「た、大佐殿。第56親衛砲兵連隊が壊滅したとのことです」
「まさか。信じられん。間違いではないのか?」
「第56親衛砲兵連隊本部からの連絡です。火砲は全損。兵員の8割が戦死。予備弾薬も喪失だそうです」
「クソ。予想以上の化け物め」
オスキン大佐が部下の報告に呻く。
そこに砲弾が降って来た。第1降下猟兵旅団の迫撃砲だ。
「敵歩兵がこちらに向かっています!」
「応戦しろ。敵を退け、魔女を殺す。我々の方が練度も装備も上だ」
「了解!」
第1降下猟兵旅団とバルクマン戦闘団が中庭に前進し、第591親衛空中突撃連隊と交戦を開始した。無事だった戦車が東西から侵入し、第1降下猟兵旅団は中央棟から北棟への渡り廊下から突撃する。
「帝国のファシストどもを駆逐しろ! 突撃!」
ハイドリヒ少将も渡り廊下の遮蔽物から短機関銃で射撃を行いながら叫ぶ。
「帝国空挺軍の誇りを見せろ、兵士ども!」
「降下猟兵徽章に賭けて退くな!」
帝国空挺軍と降下猟兵が衝突。
双方の機関銃が制圧射撃を行い、降下猟兵たちは短機関銃の拳銃弾で弾幕を展開し、空挺兵たちは空挺仕様の突撃銃で口径7.62ミリライフル弾で敵を狙う。
「クソ。戦線が膠着したぞ。数はこちらが上だと言うのに」
「敵の小火器の性能がこちらを上回っています。装甲教導師団の支援が必要です」
ハイドリヒ少将が前線を見て唸るのに部下が報告する。
降下猟兵たちが装備する短機関銃は口径9ミリの拳銃弾を使用するため威力と射程においてライフル弾を使用する空挺兵の突撃銃に劣る。
短機関銃は前の大戦の際に膠着した塹壕による戦線を突破するために生み出された。塹壕での取り扱いのためにコンパクトに作られているが、それでも短距離での火力のある銃火器であった。
だが、塹壕戦が終わり、装甲機動部隊による機動戦が主体となり、広大な戦場で野戦を行うとなると短機関銃は性能不足になった。帝国は東方戦争でそのことを実感し、ライフル弾を使用しつつもコンパクトかつ連射可能な突撃銃を開発。
帝国では既に短機関銃は戦車兵やパイロットの護衛用としてしか使われず、歩兵にはほぼ突撃銃が支給されている。
王国陸軍では未だに半自動ライフルがライフル弾を使用する火器であり、速射できないそれを補うために短機関銃が配備されている。また半自動ライフルを携行するのが困難な降下猟兵などの主力は短機関銃のままだった。
その差が今の戦いで出ている。
「バルクマン戦闘団から戦車の支援が来ます!」
「いいぞ! 戦車で連中を轢き殺してしまえ!」
そこでバルクマン戦闘団から戦車が支援にやって来た。
『ベオウルフ・ドライ、砲撃、砲撃!』
戦車が榴弾を空挺兵たちに叩き込んだ。
「クソ! 敵の戦車を潰せ!」
オスキン大佐が無線に向けて叫び、空挺兵が携行していた対戦車ロケットを放ち、空挺自走対戦車砲が戦車の弱点である運転手用のスコープを狙って
『大隊指揮車より各車。敵の対戦車火器に警戒せよ。降下猟兵と連携するように』
バルクマン戦闘団隷下の戦車大隊の大隊長が警告を発する。
既に何両もの戦車が撃破されており、中庭で炎上している。それでも戦車兵はくじけず、帝国空挺軍を相手に奮闘した。
「大佐殿! このままでは任務が果たせません!」
「空軍だ。空軍に支援を要請しろ。爆撃させるんだ。この宮殿を! 魔女を!」
「了解!」
そこでオスキン大佐が叫び、通信兵が空軍に呼びかける。
「戦いの音がする」
空軍を呼び出しているときに少女の声が聞こえた。
「恐れを知らぬ戦士たちが歌が聞こえる。戦場だ。戦場が奏でる音楽だ」
バルクマン戦闘団隷下戦車大隊の背後から姿を見せたのは他でもないセラフィーネ。
「魔女め。
セラフィーネを睨んでオスキン大佐が呟く。
「苦戦しているようだな」
「セラフィーネ殿! 共に戦おうではないか!」
「ああ。秀でた将と恐れを知らぬ兵とともに戦うは戦士の名誉よ」
ハイドリヒ少将が短機関銃を手に言うのにセラフィーネが朽ちた剣を構える。
「行くぞ。突撃だ。死に向かって飛び込め」
「セラフィーネ殿と突撃しろ! 機関銃は制圧射撃を実施! 我々降下猟兵は命を賭して敵に飛び込め!」
セラフィーネが朽ちた剣を構えて突撃し、降下猟兵たちが続く。
「応戦しろ! 維持するんだ! 爆撃がもうすぐ始まる! それまで敵をここに引き留めるんだ! 帝国空挺軍の根性を見せてやれ! 我々は百戦錬磨の精鋭だ!」
「ウラァ──!」
オスキン大佐の号令に空挺兵たちが突撃銃に着剣しながら降下猟兵を迎撃する。
「白兵戦用意!」
「帝国の侵略者どもを殺せ!」
降下猟兵たちもスコップなどを構えて帝国空挺軍の陣地に飛び込む。
「なるほど。このような戦いは昔と変わらないな。獣どもが喰らい合いよ」
セラフィーネも朽ちた剣を握って敵陣に突入。
「魔女だ! 殺せ!」
「そうだ。殺してみろ」
空挺兵たちが銃剣をセラフィーネに向けて突き出し、セラフィーネは朽ちた剣を振るって空挺兵たちを八つ裂きにする。
「セーロフ少佐。君にも戦ってもらうぞ」
「はっ。前線に出たときから覚悟はできております」
「よろしい」
陸軍参謀本部情報総局所属の情報将校であるセーロフ少佐も突撃銃を手に覚悟を決めるのにオスキン大佐も空挺仕様の突撃銃に銃剣を装着した。
「恐れを知らず戦え! 空軍の到着まで戦い続けるんだ!」
「やっちまえ! 侵略者を駆逐しろ!」
空挺兵と降下猟兵が原始的な戦いを繰り広げる。銃剣で敵の喉を突き、スコップで敵の頭を叩き割り、至近距離で銃弾を叩き込み合う。
血が流れ、戦士たちが血の中に沈み、生き残った勝者はすぐに次の戦いに巻き込まれる。永遠に続く地獄のような戦いが繰り広げられた。
「空軍到着まで残り3分!」
「戦え! 戦い続けろ!」
着々と帝国空軍第772爆撃機連隊が王都上空に近づくのにオスキン大佐たち第591親衛空中突撃連隊は辛うじて戦線を維持していた。
「ええい! しぶとい奴らだ! 戦車を前に出せ! 私も突撃する!」
「旅団長閣下!? 正気ですか!?」
「正気で戦争ができるものか! 我々は戦争という名の病気だ!」
「分かりました! 飛び込みましょう!」
バルクマン戦闘団の戦車大隊が前進し、ハイドリヒ少将たちが戦車に続いて帝国空挺軍に向かって突撃していく。
「良い、良いぞ。戦争だ。まさに戦争だ。やはり戦士は己の肉体とそこから繰り出される技を信じて戦わなければ。技術に頼るのは面白くない」
セラフィーネも敵味方入り乱れ、乱戦と化した宮殿の中庭で朽ちた剣を踊らせ、空挺兵たちを切り裂いていった。彼女の振るう朽ちた剣が敵の血でその軌跡を描いた。
「空軍到着まで残り30秒! 空軍は我々に退避するように求めています!」
「構わん! ここに全部落とせ!」
そして、ついに帝国空軍の爆撃機の編隊が到着。
帝国空軍第772爆撃機連隊が装備するのは6発の大型エンジンを搭載した戦略爆撃機だ。大量の爆弾を搭載し、それを高高度から水平爆撃で投下する。
『メドヴェーチ・アジンより各機。爆弾投下、爆弾投下』
戦略爆撃機の爆弾倉が開き、500キログラムの無誘導航空爆弾を一斉に投下。爆弾が宮殿に向けて降り注ぐ。
「旅団長閣下! 爆撃です!」
「畜生! 全員、伏せろ!」
航空爆弾が次々に着弾しては炸裂し、宮殿とその周辺が破壊されていく。
「これで、終わりだ」
オスキン大佐は自身が呼んだ爆撃によって負傷し、その傷によって戦死した。
歴史ある宮殿はその歴史を終わらせる炎に包まれた。
……………………
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