スラム改革編

炊き出しと青空教室①


「たとえどんな理由があろうとも犯罪に手を染めるのはいけないことだと僕は思うよ。無関係の人物を巻き込みのは尚更だ。⋯⋯しかし、現状我がソルシア王国がやむを得ずそうさせているのならば僕らにも改善すべき点があるのだろう」


 ユキは冷静に、そして客観的に分析して現在ソルシア王国が抱えている問題点を述べた。

 一見、軽薄な印象を与える様相の透であったが、確固たる信念を持つ存外に堅物な男性のようだと暒來は認識を改める。


(スラムの人々に向き合うということは、私たち貴族の罪を認めるということも同然です。そしてそれは、長くこの国の中枢に携わって来た人の方が難しいのでしょう)


 透の考えには暒來も概ね同意見だった。


「そんな現実から目を逸らさずに向き合っていかなければならないよね。どんなに目を背けたって彼らは此処に存在いるのだから」


 透は独り言のように尚も言葉を紡いでいく。そして、慈しむような優しい瞳で小石を蹴って遊び始めた子どもたちを見つめると、途端にパッと表情を明らめた。


「さて——月狼マーナガルム威風妃イブキちゃんの話もいいけれど、一先ずは目の前のことに向き合おう」

「は、はい」


 突然変わった透の雰囲気に戸惑いながらも返事をする。



「キミから見て、この子たち——ひいては今のスラム街に必要なのは何だと思う?」


 透は試すような瞳で暒來を見やる。此れが次なる課題だろうか。

 暒來は僅かな思案の後、口を開いた。


「⋯⋯そうですね。早急に取り掛かるべきなのは、栄養状態の改善かと」


 透とは出会ったばかりだが暒來の周りには既に同類が2人程居り、取り扱い方法は心得ている。そう思うことで心に余裕が出来た暒來は臆すこと無く答えた。


「流石は熾炎お気に入りの妖精の女王ティターニアだ。⋯⋯というよりはお姫様かな?」


 暒來の応えを受けた透は感心したようにそう言った。そんな彼を力の限りキッと睨め付ける。


「⋯⋯ランチェスター侯爵様」


 幾分か低くなった声で目の前の男の名を呼ぶ。


「えっ! 呼び方が戻ってないかい? 何だか距離を感じるよ」

「その呼び方をやめていただけるのでしたらこれまで通り先輩とお呼びします」

「キミ⋯⋯見た目に反して案外気が強いよね。お兄さん譲りかな?」


 そう言った透は暒來の頭の天辺から足の爪先までを見やる。それから暒來の白藍しらあい色の瞳をじっと見つめてにこりと笑った。


(どうしていきなり兄さんの話が出てきたのでしょうか。しかし、あれでいて優秀な兄さんは王宮内では有名人のようです。あの奇行も相まってかとは思いますが⋯⋯王宮で働いていれば自ずと分かることかも知れませんね)


 暒來の兄である千昊とは見た目がそっくりなのだ。それはもう、誰が見ても兄妹であることが分かるほどに。


(この方と兄さんが知り合いなのは想定内ですが、宮内で知り合ったにしては兄さんのことをよく理解しているような——)


 疑問を抱いた暒來は尋ねることにした。


「ユキ先輩と兄は昔からの知り合いなのですか?」

「ああうん、学院時代の先輩なんだ」

「⋯⋯そうだったのですね」


 漸く合点が言った。最初から暒來に対して遠慮が無かったのもそれが理由なのだろう。


「千昊さんは学院時代も優秀な人だったよ」

「⋯⋯!」


 予想していなかった透の言葉を耳にした暒來は目を見張る。千昊が褒められるのは自分のことのように嬉しかった。否、きっと自分が褒められる以上かも知れない。

 思わぬところで千昊の話を聴いて思わず頬が緩む。しかし、目敏くもそれに気付いた透はニヤリと笑った。


「あれ、その顔 ⋯⋯興味があるみたいだね。もっとお兄さんのこと聴きたいかい?」

「い、いえ。結構です」


 取り繕うように咄嗟にそう答えた。


「あはは。暒來ちゃんと千昊さんは正反対といっても良い性格だからね、当のキミは毛嫌いしているのかと思ったけれど、どうやらその心配はないようだ。相思相愛のようだね」

「っ⋯⋯! この事⋯⋯兄には黙ってていただけませんか」

「どうしてだい? きっと喜ぶだろうに」

「そ、それは——」


 千昊がこの事を知ればきっと面倒くさい事態になる。そんな予感がした暒來は、新しい玩具を見つけた子どものように無邪気に笑う透に頼み込むことにした。

 しかし、暒來が期待した返答は得られなかった。


「口を開けば二の句には『妹が~』の人だったからね。だからキミとは初対面の気がしないんだ。幼少期のキミの恥ずかし~い話だって知ってるんだよ」

「⋯⋯! 兄さんは一体どんな話を⋯⋯」


 思わず想像した暒來はさあっと青ざめる。


(兄さんと間違えて知らない人に抱きついてしまった事でしょうか。いいえ、解剖用のコイを捕まえようとして池で溺れた時のことかもしれません。それとも——)


 暒來にとって黒歴史とも呼べる過去のエピソードが次々と脳裏に甦る。



「大丈夫大丈夫。暒來ちゃんが想像してるような話じゃないよ、きっと」


 見兼ねた透がすかさずフォローを入れる。しかし、その顔は何かを思い出すように変わらず笑みを湛えていたため、一切の不安定が拭えない。

 問い詰めたい気もするがこれ以上の追求はやぶ蛇のような気もする。



(よし、この事は忘れましょう。私は何も聴きませんでしたし、私に恥ずかしい過去など存在しません)


「兄の相手は大層鬱陶うっとうしかったでしょうね。申し訳ございません」


 心の中で使えもしない忘却の呪文を唱えた暒來は、透に向かって深々と頭を下げた。


(⋯⋯そういえば、昔の兄さんは今ほど過剰な愛情表現はしていなかった気がします。いつからあんな風になったんでしたっけ)


 何か明確なきっかけがあったはずだが、思い出そうとすると途端に思考にモヤがかかり、上手く思い出せない。


(今はどれだけ考えても答えは出そうにありません。兄さんのことよりも目の前のことに向き合うとしましょう)



「さあ、雑談はこのくらいにして、と。暒來ちゃん、キミ⋯⋯料理は得意かい?」


 どうやら透も同じ考えのようだった。







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