【中間選考残作品】スラム街の公衆衛生学〜ひきこもり精霊使いの太陽国改革奇譚〜【3章終】

みやこ。@コンテスト3作通過🙇‍♀️

王都編

太陽王との謁見①



「オレ様の国に影など要らぬ」


 ソルシア王国首都カエルム、謁見えっけんの間にて——。

 目前には燃えるような真紅の髪に尊大に煌めく黄金の瞳、健康的に焼けた肌の男。彼は均衡きんこうの取れた美しい肉体を最大限に引き立てる純白の簡素な衣服に、装飾品は金のチョーカーと腕輪のみという一国の王にしては随分と素朴な出で立ちであるのに何処か近寄り難さがあり、王族然とした威厳と風格をかもし出している。


 まるで太陽をその身に宿した風貌の褐色の肌を持つ男は、赤いたてがみを揺らし豪華絢爛を絵に描いたような玉座にふんぞり返ってその言葉を口にした。

 吹き荒れる暴風とまで称されるかの王の名は熾炎シエン=クラウディウスと言う。



(だから何だと言うのでしょうか。いつもの如く、脈絡の無いこの切り出し方は嫌な予感がします⋯⋯この方に関わると大抵ろくな事が無いですから)


 心の中でひとつ憎まれ口を叩いた暒來セイラ=レイヴィスはそんな内心を表情には出さずに熾炎を見上げる。

 人間には決して服従しない制御不能な猛獣の如くギラギラと輝く瞳、傲慢な内面が表情に滲み出るかのように緩く弧を描く口元。不遜ふそんな笑みが立ち尽くす暒來を見下ろしていた。

 その表情を見て確信する。この流れは矢張りだ。


(一国の王だというのに⋯⋯それにもう良い歳なんですから、そろそろ少しは落ち着いていただきたいものです。それなのに此の方と来たら何時も何時も——)


 熾炎の発作もとい思い付きに振り回されるのは今回が初めてでは無い。

 やれ、虹が見たくなったから雨を降らせろだとか、天馬ペガサスに乗ってみたいから捕まえて来いだとか辺境にのみ自生する幻のスパイスを使ったシチューを食わせろだとかetc……数え出したらキリがない。

 その度に暒來は生き甲斐とも呼べる幻想生物の研究や古文書の解読を中断し無理矢理に付き合わされて来た。「王命である」その平易だがソルシア王国の国民に対しては絶対的な効力を持つたった一言に逆らう事が出来ずに——。

 一度ひとたび命を受ければ膝を折り、屈辱に耐えながらもこうべを垂れる。思い出すだけでもはらわたが煮え繰り返り、羞恥心と怒りで如何にかなってしまいそうだった。


(⋯⋯さて、今回はどんな無理難題を言い渡されるのでしょう。どのみち呼び出された時点でこの方の中では既に決定事項なのです、私に拒否権など有って無いようなもの。どんな命令でも良いので早く終わらせて研究に戻りたいです)


 昨年、王立学院を卒業し王宮で働くようになってからというもの、幾度となく熾炎の無茶振りに付き合わされて来た。それによって暒來が得たものといえば、どんな事にも動じない強靭な精神力くらいのものだ。


 そのような経験から、暒來には何を言われても驚かない自信がある。

 しかし、暴君の口から放たれたのは暒來の予想を優に超えるものだった——。




「——暒來=レイヴィス、お前には今からスラムに向かって貰う」

「!?」


(こっ、この私に外に出ろと言う事ですか⋯⋯!?)


 暒來はあまりの衝撃に声が出なかった。その代わりに薄い唇をわなわなと震わせ、瞬きも忘れて一心に声の主を見つめる。少しでも気を抜けば腰からガクリと崩れ落ちてしまいそうだった。

 暒來は自他共に認める生粋のひきこもりである。今でさえ自宅と職場の往復が億劫だからと『太陽の光を浴びれば灰になる』と豪語して研究室を事実上の住処としているくらいだ。

 ——即ち、暒來にとって外出とは死を意味する。




「——また、本日を以て異能省幻想生物研究課より新設した『環境厚生省』に異動とする」


 まだ現実を受け入れられぬ暒來に更なる追い討ちをかけるようにして無情にも熾炎の声が降って来る。


「!? ど、どう言うことですか⋯⋯クラウディウス陛下!」


 引きる喉を懸命に動かし、やっとのことで声を絞り出した。


「⋯⋯スラムとはスラム街の事でしょうか!?」

「首都郊外にあるスラム街以外、我が国の何処に有るというのだ」

「なっ何故、私なのですか⋯⋯! 私は研究者として宮仕しているのですよ!? その件でしたら私以上に適任の方がいらっしゃる筈です!」


 如何にかしてこの窮地を脱しようと此処最近で一番の声量を以て暴君熾炎の説得を試みる。(流石に此の場面、しかも王族に向かっていつもの虚言を主張するほど暒來の肝は据わっていなかった)


「此れは既に決定事項である。覆る事は無い」

「で、ですがっ⋯⋯!!」

「貴様、このオレ様に口答えをするつもりか? 一年で随分と偉くなったものだな。これは王命である。よって逆らう事はオレ様ひいてはソルシアへの反逆とみなす」

「っ!!」


(そ、そんな⋯⋯私の平穏な日々が⋯⋯っ!!)


 「王命」この言葉を出されれば逆らえる筈もない。おまけに反逆罪までついてきた。

 絶望の淵に立たされた暒來は足元からガラガラと崩れ落ちる感覚に陥る。


(こうなったらもうヤケです⋯⋯!)


 追い詰められた暒來は最後の手段とばかりに、縋るような瞳で熾炎の隣に立つ男に助けを求めることにした。






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