太陽王との謁見②




 玉座の真後ろの大窓に嵌め込まれたヴィクトリアンステンドグラス。そこから差し込むうららかな陽光を受け輝く空色の髪に、透き通った青藍せいらんの瞳を持つ端正な顔立ちの男。

 熾炎シエン直属の部下であり、秘書官を務める燕尾服を着た執事然としたその男は暒來セイラの潤んだ懇願の瞳も意に介する事なく、変わらず冷徹な瞳で見下ろしていた。

 彼には僅かな表情の機微さえ感じられず、淡々と職務を全うする自動人形のようだ。


(その態度はあんまりです! 助けてくれたって良いのでは!? だって⋯⋯だって私は、貴方の——)


 暒來は燕尾服の男の態度に心の中で抗議する。


「如何した、このオレ様直々に選ばれて光栄だろう? 嬉し過ぎて言葉も出ないか? ん?」


 暒來が熾炎そっちのけで燕尾服の男に熱視線を送っていると、彼はそれに気付くことなく言った。此の世界の中心は己だと信じて疑わない暴君はニィッと口角を上げ最後通告とも呼べる残酷な言葉の数々を紡いで行く。


「さて、これからスラムにお前を派遣するのだが、早急に取り掛かるべき仕事が2つある」

「⋯⋯⋯⋯」

「一つ、同じく本日より環境厚生省配属となったユキ=ランチェスターを探し出し、この封書を渡せ」


 熾炎は懐からクラウディウス王家の紋章が刻印された手紙を取り出した。


「て、手紙ですか? それなら私よりも郵便屋ポストマンに依頼した方が間違いないのではないでしょうか?」

「それは出来ぬ。何故なら、此奴は行方知れずだからだ。居所が分からなければいくら郵便屋とて配達のしようが無いだろう?」

「ゆ、行方不明!?」

「彼奴、普段は要らんと言っても執拗しつように手紙を寄越すというのに数日前から連絡が取れないのだ。だがしかし、あの男の生命力は凄まじい」

「は、はあ⋯⋯」

「そこで、だ。お前には透=ランチェスターの捜索を命じる。連絡は途絶えたが、死んではいないだろうから探せ。兎に角探すのだ。草の根を分けスラム中を余す事なく探せば自ずと見つかる筈だ」

「⋯⋯⋯⋯」


(む、無謀にも程があります⋯⋯いくら首都の外れにあって他都市よりも小規模な街といっても、スラム街の大きさはそれなりなのですよ!? それも私一人で探せと仰るので!?)


 暒來が心の中で熾炎に向かって野次を飛ばしている間にも話はどんどん進んで行く。



「そしてもう一つ、これこそが新設した組織の真の目的でもある。太陽の国とも称される我がソルシア王国に唯一影を落とすスラム街——。お前たちにはスラムに蔓延る飢えや病、そして⋯⋯犯罪。それらの露払いを命じる」

「⋯⋯!!」


 暒來は思わず息を呑んだ。そして、一瞬のフリーズの後、我に返って説得を試みる。


「そっ、そんな⋯⋯っ! 幾ら何でも性急すぎます! 異動は納得せざるを得ないとしても、私の専門分野である幻想生物や古文書の研究から余りにもかけ離れて過ぎています! 到底、私に向いてるとは思えませんっ!」


 一度は致し方なしと内心受け入れかけた暒來だったが、熾炎の話を聴くうちに並々ならぬ不安の波が押し寄せる。


「まあ、聴け。お前にとってもそう悪い話ではない。上手くできたら褒美をやろう」

「褒美⋯⋯? 私は確固たる信念と矜持を持って異能省で宮仕しているのです。どんな賄賂や報酬にも屈しません!!」


(私の覚悟はおいそれと揺らぐ生半可なものでは有りません! いくら陛下とて——)


 暒來は怒りを隠すことなく声を大にして熾炎の提案を跳ね除ける。しかし、彼の次の言葉を聴いた途端に動揺を露わにした。


「ほう? それは残念だ。⋯⋯此度の任務を無事に遂げた暁には、お前が喉から手が出るほどに欲している王族専用書庫の閲覧権を授与してやろうと思っていたのだがな」

「!!」


 その言葉にギラリと暒來の白藍しらあい色の瞳が光を帯びる。


(王族専用書庫といえば一般どころか貴族ですらも滅多にお目にかかれない国宝級の貴重な書物ばかりを集めたという⋯⋯あの!?)


「へ、陛下⋯⋯それは本当ですか?」


 不安は一瞬で遙か彼方へ吹き飛び、興奮と期待に震える声で今一度確認する。


「オレ様は嘘はつかない。任務を遂げた暁には存分に楽しむと良い。⋯⋯好きなだけ、な」

「っ⋯⋯!!」


(もしかしたら、伝説の精霊との契約方法が記された『精霊全書』や『古代幻想生物の足取り』が見つかるかも知れません。此れは是非とも⋯⋯それに、気性が荒く契約を断念していた火の精霊とも契約を結ぶ手立てが見つかるやも⋯⋯!)



 欲望の渦に呑み込まれそうになったその時、暒來の脳内に凛とした鈴の音のような声が響いた。その声に、暒來はハッと正気を取り戻す。


『ワタシたちダケじゃ、不満?』


(⋯⋯ウンディーネ)


 何処からともなく現れ、ちょこんと暒來の肩に腰掛ける拳大ほどの大きさの小さな小さな生き物。朝露と星の絹糸で紡いだ水色の美しいドレスを纏う彼女は暒來の異能力——『精霊の語らいフェアリー・リカウント』により使役する水の上位精霊ウンディーネ。


 精霊や妖精は本来、人里離れた山奥等に居を構え決して人間には姿を見せないが、暒來の異能力が彼女たちとの意思疎通を可能にしていた。


(そんな事は有り得ません。でも⋯⋯もし火の精霊とも契約出来ればもっともっと貴女たちの事が解るかもしれないのです。私は異能力保持者として、そして精霊を愛する一研究者として精霊や妖精の謎を解明する義務があります。そして、それがいつしか実を結び貴女たちの助けになるかもしれません)


 暒來は祈るような思いで言葉を紡いでいく。


(私はもっともっと貴女たちの事を知ってもらいたいんです。その手がかりがこれまで閉ざされていた王族専用書庫でならきっと見つかる筈なのです。だから——)


『⋯⋯ソウ、それならセイラがしたいようにすればイイと思うワ』


(ありがとう、ウンディーネ)


 にこりと微笑んだウンディーネを見た暒來はホッと息を吐く。精霊や妖精の嫉妬深さは有名なもので、そう易々と彼女たちの怒りを買うわけにはいかないのだ。



 暒來がウンディーネとの会話を終えたタイミングで再び頭上から声が降ってくる。


「準備が出来次第直ぐに発て。当分の宿はスラム近郊の街に用意させた。後の詳細は此奴に聴くと良い」


 そう言って熾炎は横目で燕尾服の男を見やる。




(これだから暴君は嫌なんです⋯⋯!!)


 これまでの態度でおおよそ察せられるかと思うが、暒來は自国の王である熾炎が嫌いだ。

 そして、断言できる。過去現在未来、そして今この瞬間でさえも余す事なくこの男が嫌いだ。そんな事は未来予知の能力者でなくとも容易に想像できた。


(本当なら水底に沈めてやりたいところですが⋯⋯ご自身の生まれを感謝し咽び泣く事ですね)



 子爵令嬢である暒來では、本来ならばこんなにも気安く王族である熾炎に御目通りする事はかなわない。

 しかし、この世界の人口の一割にも満たない特殊な能力——異能力保持者である事と、知識に貪欲である事。それらが上手い具合に作用して現在の状況を作り出している。

 これもひとえに並々ならぬ努力と探究心、そして生まれながらに持ち合わせた才能によるものだ。



 そして、それなりの付き合いとはいえ、相手は本来ならば敬愛すべき自国の王様である。そんな人物に一介の令嬢である暒來が本当の意味で逆らえる筈など無い。


 つまり、返事は既に決まっていた。暒來は苦汁を飲み、心の中で血涙を流しながらも赤いカーペットの上に片膝を付く。


「ソルシアの太陽——我が王よ、此度の任務、謹んで拝命いたします」



 ——結局のところ、暒來のように立場の弱い者は権力の前には屈する他無いのだ。





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