スラム訪問編
太陽の国の暗部
強すぎる光は黒く深い影を生む。真に清らかなものなど、此の世界に有りはしないのだ。
例に漏れず、一見豊かで光に満ちるソルシア王国にも、確かな暗部があった。
「此処が、スラム——」
馬車から降りた暒來が目にしたのは想像以上の凄惨な光景。
ツギハギだらけで扉も無いあばら屋が隙間も無く所狭しと並び、舗装されていない路上には至るところにゴミが散乱している。その中で小さな子どもたちは身を寄せ合って震えていた。
放置された生ゴミや上下水道が整備されていないせいでお世辞にも清潔とはいえず、ツンとした匂いが鼻につく。失礼だとは思いつつも、耐え切れなくなった暒來は思わず口と鼻を抑えた。
退廃した街は人気も疎らで活気も失われ、痛いほどの静寂が肌に突き刺さる。
まるで、街全体が眠りについているようだった。
(なんてこと⋯⋯こんなに酷い惨状を我が国は今まで放置していたという事ですか。⋯⋯いいえ、私に責める資格など有りません。近くに有るのを識っていながら現実から目を背け行動を起こさなかったのは同じこと)
暒來は唇を噛み、地面に座り込む年端もいかない少年と少女の元へ歩み寄る。
「もし、貴方たち。お腹が空いてはいませんか?」
「⋯⋯?」
暒來の声に反応し、少年は緩慢な動作で顔を上げた。
「もう、みっか⋯⋯なにもたべてない」
「⋯⋯そうですか。宜しければこちらをどうぞ」
暒來はしゃがみ込むと、彼らに目線を合わせポケットからアフタヌーンティー用にと持参したクッキーを取り出す。
「たべても、いいの⋯⋯?」
「ええ、どうぞ。みんなで仲良く召し上がって下さいね」
「あっ、ありがとう!!」
少年はクッキーが入った包み紙を大切そうにギュッと抱え込むと、満面の笑みで暒來を見上げた。その表情を見て
暒來はそれからも子どもを見かける度に手持ちの菓子や食べ物を施し与えた。それが善意なのか憐れみからなのかは自分でも分からない。
「デスクワークの合間の糖分補給にと持参したお菓子が粗方底をついてしまいました」
(スラム街の子どもたちのあの体格⋯⋯痩せ細った手足にそぐわないほどに肥大した腹部——あれは腹水でしょうか。
「さて、指示を仰ぐためにも早急にランチェスター侯爵にお会いしなければなりませんね」
(それにしても⋯⋯まさかランチェスター侯爵が陛下のご親戚だったなんて驚きました。しかも、変人の名を欲しいままにするほどの相当な変わり者で知らぬ人が居ないほどの有名人だとは⋯⋯)
しかし、熾炎と透=ランチェスターが血縁関係ということはさほど珍しい事では無かった。
上級貴族ともなればその殆どが何処かしらで王家の直系ないし傍系の流れを汲んでいる。一族の尊い血や莫大な財、広大な領地を守るため、
いとこ間での婚姻はざらであり、ごく稀に存亡が危うい一族では兄妹または姉弟間でも婚姻を結ぶこともあるそうだ。常識ではとても考えられない事であるが、そこに真っ当な倫理観など存在しない。
まさに悪習とも言うべき忌むべき習慣はソルシア王国をはじめとする王政を敷く諸外国間では暗黙の了解となっている。
(しかし、極端な近親交配を何代にも渡って続けるとあらゆる疾病に罹るリスクが高くなるととある文献で読みました。その要因としては血縁の近しい両親は共通の劣性遺伝子を持つ可能性が高くなるため、それを受け継ぐ確率も高くなるからだとか⋯⋯)
「度重なる近親交配で滅びた一族もいるようですし⋯⋯近い未来、ソルシア王国でも他人事では無くなるでしょう。我が国は深刻な貧富の差だけでは無く、公になっていないだけで数え切れないほど多くの問題を抱えているようですね。しかし——」
今は遠くの火事より背中の
透=ランチェスター侯爵——。
王宮ばかりか社交界を賑わすほどの有名人だというのに研究室にひきこもっていた暒來はその噂を耳にした事が無かった。
あの熾炎の血縁者となれば、一体どんな曲者なのだろうかと暒來は強い不安を覚える。ただでさえ久方ぶりの外出で気が滅入っているというのに、益々不安は募るばかりだ。
(これ以上御託を並べても仕様がありません。兎にも角にも、先ずはランチェスター侯爵を探さなければ)
暒來は千昊より手渡された人相書を鞄から取り出すと、それを頼りに歩き出した。
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