第65話 後始末は大変
日本神話三姉弟を倒してから今日で一週間。
緋野ちゃんはとうの昔に退院し、私のために色々と動いてくれているらしい。
予想通りと言うのは良くないかも知れないけど、やっぱり流れ弾を食らって死んだ人が沢山いた。
現状、分かっているだけで約4000人の人が流れ弾で死んだらしい。
しかし、それは死体が確認できた人数だけで、未だに死体が見つかっておらず、行方不明扱いになっている人が2万4000人以上いるらしい。
何故、それ程の数の人が行方不明扱いになっているのか?
それは、私がアマテラスとスサノオを消し飛ばす為に放ったレーザーが、想像以上に遠くまで飛んでいき、避難勧告がされていなかった地域にまで届いてしまったからだ。
その結果、レーザーが通過する地点に居た人達が全員巻き込まれ、近くに居た人達も衝撃波に吹き飛ばされて死亡、もしくは重傷になったらしい。
もし、その行方不明者が全員死んでいると仮定すると、私は約2万8000人を殺した事になる。
当然、こんな事をしでかして批判されない訳がない。
テレビでは、緋野ちゃんが根回ししてくれたお陰で、毎日のように軽く批判される程度で済んでいるけれど、ネットは別だ。
遺族を名乗る人間が毎日のように騒ぎ続け、緋野ちゃんのアカウントに対して誹謗中傷のDMが毎日のように何百件も来るそうだ。
ちなみに、私の所に誹謗中傷が届かないのは、単に私がアカウントを持っていないからで、代わりに緋野ちゃんの元に送ってきているようだ。
まあ、別に遺族どうのこうのの話に興味はない。
もっと別の事に私の興味関心は向けられている。
「……駄目だ。やっぱり動かせない」
「狂った地脈の修復…本当に出来るんですか?」
「やっていることは、人間が壊した環境を個人の力で直そうとしているようなものだよ。普通に考えてまず無理」
あの戦闘で狂ってしまった地脈を直す。
今はこの事に私は全力になっている。
地脈が乱れるとどういう事が起こるのかは、すでにテレビで放送されている。
地震大国日本において、地脈の乱れた致命的だ。
ちょっとした地震と、地脈の乱れが原因で大震災が発生したらたまったものじゃない。
そんな理由もあって、私は地脈を直そうと必死になってるんだけど……まあ、まったく動かない。
まるで山を持ち上げようとしてるかのような重さと、巨木を掴もうとしているかのような持ちにくさ。
実際に触れている訳では無いけど、感触としてはそんな感じ。
「う〜ん……やっぱり無理だね」
「そうですか…」
分かりきっていた事だけど、やっぱり地脈を操作することは出来ない。
なにせ、地脈は星の血管なのだ。
そんな簡単に操作できたら、地形を好きなように変えられるし、ちょっとした事で天変地異が起こりかねない。
それに、本気を出したときの龍結界で流れを乱せたと言っても、意図して動かした訳じゃない。
壊すのは簡単でも、治すのは大変。
何においても、これは適用されるんだよね。
「仕方ない、とりあえず定期的に様子見をするとして、今はこのままにしておこう」
「えっ!?それ、大丈夫なんですか!?」
「大丈夫も何も、どうしようもないんだからそれしかないでしょ?」
どうせ、この程度の乱れなら大した災害は起こらないはず。
それに、地脈と一言に言ってもこれは毛細血管みたいなもの。
ちょっとくらい乱れたところで、何か大きな問題は起こったりはしないでしょ?
「とりあえず、この地脈は要観察って事で」
そう言ってスッと立ち上がると、私は転移で家に向かう。
家に帰ってくると、緋野ちゃんの気配をリビングから感じ、真っ先にリビングへ向かう。
「ただいま」
「…おかえり」
「お疲れ様。膝枕してあげようか?」
「…うん」
私は緋野ちゃんの隣に座ると、お疲れの緋野ちゃんに膝枕してあげる。
私のために飛び回ってくれた緋野ちゃんは、かなり精神的に疲れている様子。
まだ本調子じゃないのに無理してくれる緋野ちゃんは、やっぱり優しい人だ。
一応、賽ノ河原との戦闘で負った怪我はすべて治した。
しかし、貧血と限界突破の反動はまだ消えてはいない。
なにせ、不屈のスキルで本当に限界を超えた戦闘をしたせいで、緋野ちゃんの体にはとんでもない負荷が掛かった。
今こうやって元気にしているのが不思議なほど、緋野ちゃんはダメージを負っている。
そんな状況なのに、緋野ちゃんは私のために色々としてくれてるんだよね。
「私が言えたことじゃないけどさ?無理はしちゃいけないよ?」
「分かってる…でも、沢山疲れたあとに、こうやってミコさんに甘えられるなら…少しくらい無理したくなる」
緋野ちゃんは、どうしてそうなったのか不思議で仕方が無いほど、私に好意を寄せている。
その事は、未だに返してくれない私の半身から聞いている。
寝ている間に、緋野ちゃんの思考を覗く為に半身と交信したら、引くほど強い私への愛が見えた。
そして、毎日のように愛の言葉を投げかけられて、グッタリしている半身の姿も。
そういう事に興味がない私でさえグッタリするほどの愛…
重すぎて、いつか後ろから刺されそうなんだけど?
異質な愛を持った緋野ちゃんに軽く恐怖していると、急に話しかけられた。
「…ミコさん」
「なに?」
「ベッドに行かない?」
「……普通に寝るだけならいいよ?」
「ちぇっ…まあ、それでいいや」
なんか今舌打ちが聞こえたぞー
しかも、それでいいやって……もう何がしたいのかバレバレなのよ。
少しでも気を抜くと貞操の危機が訪れかねないので、私はまったく気を抜けない。
常に緋野ちゃんの事を警戒しつつ、緋野ちゃんと同じベッドで寝ていると……
『高天原で待ってる』
頭の中に、あのいくつもの声が重なったような声が響いた。
「――っ!?」
「なに!?敵襲!?」
突然の事に驚いて飛び起きると、緋野ちゃんも驚いて剣を取り出した。
「いや……頭の中にあの声が響いてね…」
「なんだ……で?なんて言ってたの?」
「『高天原で待ってる』だって」
「高天原…?」
私は、高天原が何処かすぐに分かったけど、緋野ちゃんはそれがどこか分からなかったらしい。
多分あそこなんだろうけど…
「あそこだよ。日本神話三姉弟がいた場所」
「あ〜!」
そこまで言うと緋野ちゃんも何処のことか分かったらしく、手を叩いて『ピンときた』という表情をする。
「あそこに行けば良いんだろうけど…」
チラッと緋野ちゃんを見ると、急にニコニコし始めた。
……嫌な予感がする。
「行ってきたら?と、言いたい所だけど…先にやってもらいたい事があるんだよね」
「……なにをしてほしいの?」
「私の事を慰める仕事」
「だよね…」
本来私がすべき後始末を、ほぼ全て緋野ちゃんがやってくれている。
それで疲れた緋野ちゃんを慰め、癒やすのが私の後始末だ。
この仕事はかなり大変で、遠慮なく甘えてくる緋野ちゃんを満足させるのは、とにかく疲れる。
半身を使えば心を読める事に気が付いたのか、半身を返せば自分の思ってた事が知られるからなのか、緋野ちゃんは本当に全力で甘えに来る。
どのくらい甘えに来るかって言うと……
「ん」
急に顔を近付けてきて、『ん』の一言でアピール。
これは、『どこでも良いから、顔の何処かにキスして』のアピールだ。
「はいはい」
ここで頬にキスしてもいいんだけど…頬だと緋野ちゃんは不機嫌になる。
だから、『どこでも良い』は嘘である。
仕方なく唇を重ねると、緋野ちゃんは私の唇の感触を楽しんだあと、嬉しそうな顔をする。
ここで物欲しそうな顔をしてたら、もう少ししてあげないも不機嫌になるから、表情には細心の注意を払わないといけない。
今回は大丈夫そうだけど……あっ、次の要求が来るね。
「ムニムニ」
『ムニムニ』は、顔を私の胸に埋めたいというアピール。
さっきの『ん』は、まだ恋人の事が大好きなだけに見えるけど、ここまで来ると甘えん坊の子供にしか見えない。
でも、その事を口に出したり表情に出たりすると不味いので、絶対に我慢する。
モゾモゾと動いて私の胸まで顔を下げると、顔を胸に引っ付ける。
後は、私が後ろから優しく押してあげるだけ。
ポイントは、強く押しすぎないこと。
息が出来なくなって、暴れ始めるから決して強くは押さない。
かと言って、弱すぎると駄目なので、いい塩梅で押す必要がある。
「ふぅ……ギュー」
今度は抱きしめて欲しいらしい。
『ギュー』はそのままの意味で、抱きしめてというアピール。
背中に腕を回して、少し強めに抱きしめてあげるといい。
そして、その状況でキスをしてあげると、それはもう喜んでくれる。
……今はしないけど。
「ふふっ…」
嬉しそうに笑ってくれているということは、これは成功。
少し強めに抱きしめてあげるのが、必ずしも成功とは限らないから、声で判断するのも重要だ。
これ以外にも沢山アピールがあるから、それに合わせて緋野ちゃんを可愛がらないといけない。
…それも、2、3時間掛けて。
はぁ…やっぱり後始末って大変だなぁ…
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