第50話 ホルス

ボス部屋の扉を開けた私が最初に感じたのは、懐かしいあの鼻につくような血の臭い。

それも、沢山のモンスターを一度に殺した事で大きな血溜まりができ、そこから鉄のようなニオイが湧き上がるあのニオイ。


「死屍累々…地獄絵図とはこの事か」


そう言いつつ、私は何食わぬ顔でボス部屋に入る。

警戒心こそ見せているが、剣を持っていなければ敵意を見せている訳でもない。

敵対行動を誘発するような事はせず、最初は穏便に済ませようという魂胆。

実際、ただならぬオーラを纏った、翼の生えた男が返り血を浴びて真っ赤になりながら、雑魚モンスターで虐殺パーティーを開いていた。


「こんにちは、何をされてるのですか?」


敵対しないために、まるで近所に住む人に挨拶するように話しかける。

すると、意外にも普通の返事が返ってきた。


「見ての通り、雑魚狩りをしております。しかし、こうもずっと同じことをしているとやはり飽きてくるものです」


まさか、本当にこんな返事が返ってくるとは思っていなかった私は、一瞬驚いて動きが止まるが何事もなかったかのように歩き出す。


「そうですね。確かに同じことの繰り返しは面白くないですし」


そんな事を言いつつ、ゆっくりと翼の生えた男に近付いていると、妙な魔力の流れを感じた。

それが何か探ってみると、見たこともない術式を使って何かをしている。

それと似たような術式を思い出し、それが何をするためにの術式か大方予想を立てる。


「……経験値を魔力に変換する術式?」

「正解です。どうやら貴女は術式に詳しいようだ」


この術式は本当に私の予想通りだったらしい。

経験値を魔力に変換する…一体何故そんな事を?

しかも、それで変換した魔力を何処かへ送る術式もあるし…コイツ、本当に何やってるんだ?


「さて、今更ながら貴女は何者ですか?見たところ、人間ではないようですが…」


突然、男が真剣な声でそう問いかけてきた。

私も警戒心を強め、それまでのお話しましょうオーラを消し、真剣な表情になる。


「竜人ですよ。ほんの少し強い、竜人です」

「ほう?竜人ですか……それは興味深い」


そう言いながら、男は私の方へ振り返る。

その顔は、褐色のアフリカ系で、どちらかというと中性的な顔に金とオレンジのオッドアイ。

とても整った顔で、モデルに居てもおかしくないようなイケメンのそれ。

しかし、そんな整った顔が逆に恐怖心を煽る。


真剣な表情でこちらに問いかけてくるイケメン。

状況が状況でなければ恋愛漫画にありそうなものだけど……返り血を浴びまくり、警戒心むき出してそんな態度を取られると、こっちだって警戒する。


「私は見ての通り鳥人です。そして、いと尊き我がしゅより、『ホルス』の名を授かっております」

「ホルス、ね…?」


古代エジプト神話に登場する、ハヤブサまたは、ハヤブサの頭を持った男性の神。

天空神にして、太陽神ラーの息子――だったはず。


そんな古代エジプト神話の偉い神様の名前を与えられるコイツは…何者なんだ?


「貴方が名乗るのなら、私も名乗らないといけませんね。私は神子。名前を欲しいと願ったら、頭の中に声が響いてこの名前を与えられたわ」

「ほう?その声は、いくつもの声が重なったようなものでしたか?」

「そうね。不思議な声だったわ」


そう言うと、ホルスは顎に手を当てて思考の世界に入る。


……そう言えば、よく声の特徴を当てられたね?

『いと尊き我が主』ってのは、私にこの名前をつけた奴と同じなのかな?


「どうやら、貴女も主に認められた存在のようだ。かなりの実力者ということにも間違いはありませんし、当然と言えば当然ですが」


やっぱり同一人物だったか…

となると、やっぱりあの声の主は神様なのか?

コイツが『しゅ』って言う辺り、多分神様なんだろうけど…でも、神様じゃない相当な実力者を神格化してそう呼んでるだけの可能性もある。

また色々と考察できそうだね。

……まあ、今はそれどころじゃ無いけどね?


「ホルスさんもかなり強そうですね。気配を隠すのがお上手ですから」

「それを言うなら、貴女はもう少し気配を隠す訓練をしたほうが良いでしょう。……そんな事より―――貴女、ずいぶんと人間臭いですね?」

「………」


人間臭い

普通に考えれば、人間じゃないのに人間みたいな振る舞いをするって意味なんだけど……今回に限っては違うね。


明らかに声のトーンが下がった。

それはつまり……


ホルスは、金属製の杖を取り出すと、いきなり私に向かって振り下ろしてきた。

その速度は、私の剣と同等かそれ以上。

まるで鞭のように曲がって見えるほどの速度で振り下ろされた杖を、私は流星で受け止める。


「ほう?これを防ぎますか?」

「いきなり攻撃するなんて…もう少しお喋りを楽しめばいいのに」

「フフフ、生憎そこまで暇ではありませんよ」


ホルスがそう言った直後、超高速の蹴りが激突し激しい衝撃波で血溜まりが吹き飛んだ。


「主に認められた存在といえど、人間に与するのであれば容赦はしない」

「あっそ?襲ってくるなら私も容赦はしないよ。簡単に死なないでよ?鳥野郎」


そう言って、不意打ち『風龍』をホルスの腹に撃ち込んだのをゴングに、戦闘が始まった。







【ホルス

 鳥人 Lv2/10

 スキル 杖の達人 超力 思考超加速 暴風魔法 空間魔法 魔導の基礎 空間収納 飛翔 広域探知 念話 千里眼 鑑定 】


鑑定してみて分かったけど…コイツ、格上だわ。

明らかに上位スキルが多いのに、上限レベルが異様に低いのは私と同じ。

つまり、コイツも進化の宝玉を使って特殊進化した、チョーつおい化け物の可能性大。

……というかね?


「クッソ!長柄武器のくせにちょこまかと!!」

「フフフ…ずいぶんと余裕が無くなってきましたねぇ?」

「黙れ!ちょこまか逃げ回って安全圏から攻撃するだけのチキン野郎に苛立ってるだけだ!!」


何このクソバード!?

私の攻撃が届かない距離から!

ちまちまちまちまちまちまちまちまちまちまちまちまちまちまちまちまちまちまちまちまちまちまちまちまちまちまちまちまちまちまちまちまちまちまちまちま!!!!!


殺す!

私、そんなに怒らない方なんだけど、もうキレた!

私もうブチギレたもんねー!!

その無駄に綺麗な羽根毟り取って!最大火力『業火赫龍』で七面鳥の丸焼きにしてやる!!


「ふっふっふ…そんなに荒っぽいようでは、嫁の貰い手がありませんねぇ?」

「はあぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!?お前みたいなネチネチしつこい男は絶対モテないね!!絶対!!」

「そうですか?私には既に恋人が――「死ね!!」――おお怖い」


何このなんちゃってクソチキン陰湿ゴカスミうんちバード!?

どこまで私の事おちょくったら気が済むわけ!?

こんな性格悪い奴になんで彼女が居るんだよ!! 


クッソー!とりあえずまずは一発当てる!!


「『雷鳴轟龍』!!」

「ふむ…」


当てることだけを考えた範囲攻撃全振りの『雷鳴轟龍』で、ホルスを動かす。

かなりの速度の魔法なんだけど…魔力の流れを読まれたか。

まあ、避けられることは想定内。

そして、


「そっちに逃げるのも想定内!!」

「――っ!?」


全力で地面を蹴って距離を詰めると、防御に構えた杖を思いっきりぶっ叩いて弾く。

甲高い金属音が響き渡り、私の全力の一閃を食らった杖は、防御が間に合わない位置まで飛ばされる。


「鼻の骨へし折ってやんよ!!」

「何ッ!?」


剣を全身で振った時の回転を利用して、陰湿クソバードの顔面に回し蹴りを突き刺す。

確かな感触が私の足に伝わり、そのまま更に力を入れて蹴り飛ばす。

……想像以上に顔の骨が硬くて、足が痛くなったのはナイショ。


私に蹴り飛ばされたホルスはそのまま頭から壁にぶち当たり、バゴンンンッッ!!という凄い音を立てた。

ホルスの顔は蹴られたことで、さっきまでの中性的なイケメン顔が台無しになっている。


「ずいぶん男前になったんじゃない?その顔なら待ちゆく乙女が振り返ってくれるよ。あの人の顔終わってるってね!!」

「クックック…言ってくれますねぇ…?」

「あらなぁに?散々人の悪口言っておきながら、自分は言われるのはイヤ?鳥人ってアレだね。鳥頭な上に思考が幼稚だなぁ」


さっき散々言われた仕返しに、それっぽい悪口を言いまくる。

どうやらこのクソバード、煽り性能は高いけど煽り耐性は低いらしい。

ちょっとバカにしただけで、殺意マシマシで睨んでくる。


「ふふっ……ちょ、ちょっと待って!」


この台無しになった顔で睨まれると、自然と笑いがこみ上げてくる。

最初こそなぜ私が笑ってるのか理解できなかったみたいだけど、すぐにどうして笑ってるのかを理解したホルスは、顔を真っ赤にして襲い掛かってきた。


「シィッ!!」

「うわっ!?いきなり襲――がはっ!?」


杖の先端が目に当たるように調整された突きを躱した私の腹に、ホルスの拳が撃ち込まれる。

見た目以上に破壊力のあるパンチに一瞬怯んでしまい、追撃の膝蹴りを顔に食らってしまった。


「ぐうぅ…!この…クソバード!!」

「ふん…」


これ以上追撃させない為のパンチは易易と躱され、距離を取られてしまった。

杖を充分に活かせる距離を取られた以上、ペースはホルスに傾く。

またもや私の攻撃が届かない安全圏から、一方的に攻撃をしてくるホルス。


でも、私だってホルスの杖攻撃にはもう慣れた。


「甘いんだよ」

「チッ!」

 

私は、甘えた動きの横薙ぎを掴み、ホルス杖を受け止める。

ホルスの杖は、刃が付いているわけでも、棘があるわけでもない。

単なる金属の杖だ。

だからこそ、軌道さえ読めれば簡単に掴めてしまう。


しかし、ホルスは杖の達人なんてスキルを持っている。

変幻自在な攻撃で、簡単には掴ませてくれないし、掴まれた時の対策を練っている。

かと言って、掴みを恐れ過ぎると大した攻撃ができず、獲物の重さの差で少しずつ疲弊していく。

そうならない為に、掴み対策をしていない攻撃がたまに飛んでくるんだけど……それを見極めて掴むことに成功したって訳。


「意外だね。安易に暴れたりしないんだ?」

「まぐれで掴んだ雑魚相手ならそれでいいんですがねぇ…お前相手にそれは悪手。下手な動きを見せれば、神速の蹴りが私の顎を撃ち抜くでしょう」

「よく分かってるじゃん。で?どうするの?」


獲物を掴まれた時点で、コイツはもう詰んでる。

不意打ちで2発食らっちゃったけど、コイツの本領は杖を使った戦闘。

格闘はそこまで強くない。

殴り合いになったら、パワーで押しきればいい。

そして、杖を手放す選択をせずそのまま持ち続けても……握力も腕力も私のほうが上。

逃げを選んだところで、杖を手放せばどの道私には勝てない。

更に、勇敢に前に出て戦おうにも最大火力『業火赫龍』を自爆覚悟で準備してある。


散々キレ散らかしてたけど、ちゃんと勝つための準備はしてたんだよね。


「自爆をすれば、お前とて―――いや、貴女とて無事では済むまい」

「そうかしら?私には冷熱耐性があるし、魔法の威力を減衰させるスキルもある。果たしてダメージを多く受けるのはどちらかな?」

「チッ……なら、こうする他無いな」


そう言って、ホルスは杖を手放すと両手を上げた。

両手を上げる……つまりは降参のポーズ。


意外と諦めは良かったね?

もっと最後まで足掻き続けるかと思ったんだけどなぁ…


「ふ〜ん?じゃあせっかくだし、いくつか質問したいんだけど…いい?」

「そんなものに素直に答えるとでも?」

「正直に言わなくて結構。嘘をつけば分かるから」


目を見れば大体分かる。

さて、どんな質問しようかな?

ベタなのは目的が何か聞くことだけど…絶対教えてくれないからなぁ。

とりあえず、いつから鳥人かとか聞いて――っ!?


「……ほう?ホルス、ソレはなんだ?」

「オシリス殿!やはり援軍を呼んでおいて正解でした」


マジですか…

オシリスってホルスの親だよね?

確か、弟のセトに殺され、ミイラとして復活した冥界の神だっけ?

多分合ってるはず。

……って、今はそんな事はどうでも良くて!



【オシリス

 天人 Lv4/10

 剣の達人 超力 思考超加速 死の魔眼 死霊魔法 魔導の基礎 王力 王の格 空間収納 広域探知 念話 鑑定 】


うわぁ…格上だぁ…

しかも、ホルスと違って王力持ってるし。

しかも、死の魔眼ってなに明らかにヤバそう…

流石にこの二人を相手にするのは無理だ。

覇王力使っても、どっちか片方を道連れにするのが限界。

そうなると……


「『業火赫龍』!」

「「ッ!?」」


なんの脈絡もなく、突然赫龍をぶっ放した私を見て、ホルスとオシリスは目を見開いて驚いてる。

しかも、最大火力だから威力がヤバいことに。

何とか直撃は避けることに成功したものの、爆風で身動きが取れなくなる二人。

その隙きに、転移の術式を完成させその場から撤退した。


もちろん、逃げる前に拘束されてたフラッグモンスターは始末したから大丈夫。

ホルスはフラッグモンスターを中心に発生する雑魚を狩って、経験値を魔力に変換する事で何かしようとしてたみたいだけど……厄介事のニオイしかしないわ。


にしても…


「神の名を冠する謎の亜人。多分、アイツらだけじゃない。他にも居ると考えたほうがいいね」


何処かには居るだろうと思ってたけど…やっぱり居たね、格上の存在。

ホルスだけなら覇王力と覇道のイカれバフで勝てそうだけど、二人以上はキツイ。

レベルを上げて、アレみたいな奴に遭遇した時に備えないと。


「とりあえず、フラッグモンスターは倒したって報告しに行くか。ホルスとオシリスの話は後でいいし」


地上に戻って来た私は、迷子になりかけてた翻訳さんを拾って、大統領にフラッグモンスターの事を報告した。

一応、ホルスとオシリスの事も話したけど、日本に帰ってから詳しい話はそっちの人に任せる予定だから、あんまり答えずに帰ることにした。


……その事を緋野ちゃんに話したら、全力でぶん殴られたんだけど…これ、私悪い?

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