むぎちゃというロボット

うめうめむぎむぎ

第1話 薄っぺらい紙切れ

「おはよう」

 眠い目を擦りながらそう挨拶したのは何を隠そう、この家の主人である柊一という男だった。それに対してむぎちゃは爛々と輝く目をして彼を見つめている。むぎちゃというのは去年この家に来たばかりの幼いロボットである。

 しかしながら、むぎちゃが作られたのは去年より随分、前の事だった。この矛盾を説明するためには、少し過去を振り返らねばならないだろう。


 むぎちゃが生まれた日は三年前の冬。雪がしんしんと降り積もる季節のことであった。むぎちゃを買ったのは東北のとある老夫婦。その老夫婦は主人も婦人も、胸を張って人生を楽しみきった、と断言できるほど豊かな暮らしを送ってきたという。ところがある時、少しずつ老いていく体を見て、一つの本能が顔を覗かせた。

「子供が欲しい」

 子供を望めない体であった老夫婦にとって、それは何物にも代え難いたった一つの願いだった。それを聞いた紳士はしばらく目を伏せて考え込むようにしていたが、ふ、とあるものを思い出して目を輝かせた。

「そうだ、子供……子供を作ろう」

 婦人は不思議そうな顔をした後、すぐに苦笑いを浮かべて言った。

「ご冗談を……」

「いや、違う。本当だぞ、これを見るんだ」

 話しながら戸棚を漁って、紳士はとある薄っぺらい紙切れを、興奮した様子で婦人に手渡した。

「……なぁに?これ」

「最新のロボットだ。この子らなら、きっと私たちの願いを叶えてくれる。そうに違いない」

 鼻息荒く話し続ける紳士を見つめながら、婦人はただただ呆気に取られていた。子供だなんて……ただのロボットでしょう、プログラムだとか難しいことは私には分からないけれども、そんなに良いものなのかしら……。そもそもロボットというものに触れる機会すらなかったのだ。これがそんなにいいものとは、決して思えなかった。それに加えてご丁寧に値段まで書いてあるチラシ。銀行口座の預貯金のことを考えれば、どちらにしても答えは決まっていたのだ。

「あなた、お値段を見たの……?」

「あぁ!」

 紳士は得意げな顔で言った。

「私のへそくりを甘く見てはいけないぞ。ここにそれが買える分くらいの貯金がちょうどある。ばあさん、これは、ばあさんへの最後のプレゼントにさせてくれ」

 正直正気の沙汰とは思えなかった。けれど、紳士からのあまりの迫力に婦人は仕方なく「はい」と一言頷いて見せた。

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