第2話 魔法使いとの出会い
「買うとは言っても、どこで買えるものなの?」
「あぁ、私たちの家から店は遠いから……インターネットでも買えるらしいぞ」
そこまで言って紳士は一つ、深いため息をついた。
「大きな画面のパソコンでやるのが間違いないと思うが……肝心のパソコンは、どこに行けば使えるんだろうな?」
その時、テーブルに置いてあった一つのポケットティッシュが目に入る。それは紳士が以前駅前で受け取ってきたものだった。
「「インターネットカフェ……」」
紳士はこれだ!とばかりにティッシュを手に取って、婦人に言った。
「今日の夜だ、行こう」
その晩、老夫婦は初めて"インターネットカフェ"なる場所へ赴いた。
「あなた、やっぱりこんなところ……」
「大丈夫だ、いこう」
その店構えは老夫婦からすれば随分と薄暗く、怪しいもののように思えた。紳士は息をひとつ、大袈裟に吐ききって、つえをぐっと握りしめ店内へと向かった。
「いらっしゃっせーー」
若い店員の軽い声が妙に響く、静かな空間。もっとガヤガヤとうるさいものだとばかり思っていた。
「あぁ、ここでインターネットが出来るようだったので、来たのですが……」
店員は何を当たり前のことを、というような顔をして続けた。
「あの、コースはどれにされます?」
「そう、ですね……」
……疲れた。気疲れとはこのことだろう。とにかくなれない空間で慣れないことをしようというのが、この歳になるとこんなにもきついものだとは思わなかった。やっとの事で個室に案内された老夫婦は、2人が足を伸ばせばぎりぎりくらいのスペースに、ゆっくりと腰を下ろした。
「若い人たちはこんな空間で、疲れないんでしょうかね……」
「それはさておき……問題はここからだ……」
2人の視線の先には長方形のモニターがそびえ立っている。電源のつけ方さえも分からない。しばらく格闘してみるも、どんどん気力が奪われていく。
「ばあさん、もう帰ろうか……」
婦人にそれを止める気力は残っていなかった。荷物をまとめて、さぁ店内から出ようとした時、一人の若い女性店員が話しかけてきた。
「あの……失礼だったら申し訳ないのですが、なにかお困りじゃないですか?」
“和葉”と言う名札を付けた暗めの茶髪に小柄なその女性は黒目がちな丸い目でこちらをじっと見つめている。
「……あ、ああ……実はね……」
お恥ずかしながら……と続けた紳士の言葉を、かずはは1文ずつ丁寧にしっかりと頷きながら、にこやかに答えた。
「私、今から休憩時間なんです!私で良かったらお教えしますよ!」
その思わぬ提案に、思わず老夫婦はぎょっとした顔で遠慮したが、それ以外に方法がないこともたしかだった。
「お願いして……よろしいですか?」
静寂をやぶったのは婦人だった。
「よろこんで!」
ぱぁっと明るい笑顔は人懐っこい印象を与えた。
「ロボットを購入されたいのでしたよね?」
「えぇ、これなんです」
個室に戻りかずはにチラシを見せると、それは慣れた手つきでパソコンを操作していく。誇張などではなく、老夫婦にはそれが本当に魔法を使っているかのように思えるのだった。
「ここです、このページ……うわぁ!かわいい……!」
静かな空間には不似合いの大きな声を出して、かずはは画面に釘付けになっていた。
「かわいいですね。私まで欲しくなっちゃいそうです」
婦人は1枚のクレジットカードを握りしめて、バツの悪そうな顔で下を向きながら呟いた。
「私たちはこれを、我が子と思って育てようとしてるんです。でもそれって……少し」
「すてきです!!」
「えっ」
「すごく、すてきだと思います!きっと……きっとお二人に育てられたロボットちゃんは、幸せ者ですよ!」
婦人は思わず小さな声を上げると一粒、二粒と涙を流した。
「ありがとうございます、ありがとう……」
紳士も深々と頭を下げる。何かを察した和葉は、あえて何も言わず2人を笑顔で見つめるのだった。
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