第14話 母親の勘
それからしばらく、彼に弁当を作ってあげる生活が続いた。二人分の弁当を作っていたところに一人分増えるだけなので、手間は大したものじゃない。しかし、彼の母親は突然息子が弁当を持っていかなくなったことを不審に思ってはいないのだろうか。第一、彼の母親の方が当然料理がうまいと思うし、センスもあるだろう。考えるほどに今この状況が、私は不思議で堪らなかった。
「今日もすげぇうまいよ!」
しかし、彼の笑顔は頭の中に散らかったそんな不安や疑問を搔き消すくらいに眩しくて優しい。私は他の誰も見ることのできない、彼のそんな笑顔を独占できていることが、不覚にも嬉しいと感じてしまっていた。そんなことを考えていると、独占という二文字が頭にこびりついて、離れなくなる。私は一体、何を考えているのだろうか。
「あのさ……突然で悪いんだけど」
突然彼は弁当を食べるのをやめて、真剣な面持ちで私に向き直り言った。
「今日花火大会に行かないか、一緒に。一緒にというか、二人で……」
彼は心底自信がなさそうな顔をしながら、やがて困った笑顔で私を見つめた。
「うん、行こう」
言った後、私が一番驚いていた。考える前に言葉が出てしまったからだ。彼のこととなると、いつも考えるよりも先に、体が動き出してしまう。それが何故なのかは、よく分からないが……。
「っしゃ!じゃあ今日、公園で待ち合わせしよう」
彼はパァッと明るい笑顔に戻り、元気よくそう言って見せる。
「分かった、楽しみにしてるね」
私がそう彼に笑いかけると、彼は驚いたように目を見開いたかと思えば、ふいと目線を逸らした。私はといえば、そんな彼に目もくれず、久しぶりの花火大会にとにかく浮き足立っていた。どんな花火が夜空を彩るのだろう、どんな夜店が並んでいるのだろう。そうして一通り考えて、ふと思った。そういえば、男の子とお祭りに行くのは初めてだ……。しかし、男の子とはいっても、所詮ただの弁当友達。何も意識することはないだろう。……そんな甘い考えは、私の母には通用しなかった。
「あんたね、最近やけに食材の減りが早いと思ったらそう言うことなのね。男の子からあんたを誘ってくれたんでしょ?絶対浴衣でお洒落していきなさい!」
母は昔から女手一つで私たちを育ててくれた、私の憧れの人だ。そんな仕事で疲れ果てている筈の母が、男友達と二人で花火大会へ行くと言った瞬間、目の色を変えてこの通りである。私は逃げ場のない狭い部屋で後退りながら、無難に断ろうとして弱々しく言った。
「恥ずかしいからいいよ……」
「またそんなこと言って!男の子がどんな思いであんたを誘ってくれたと思ってるの?」
母はもはや怒っているような口調で、くどくどと私に小言を言っていた。母はあっという間に浴衣を持ってきたと思ったら、慣れた手つきで着付けていく。
「ねぇお母さん、何度も言ったけど、ただお弁当作ってあげてるだけの仲だよ」
「じゃああんた聞くけど、なんて言われてお弁当作ってあげるようになったの?」
「え、どうだったっけ……体育館裏に呼び出されて、確か……これから毎日弁当作ってくれないかって」
それを聞いた母は、正に鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした後、はぁっと大きなため息を一つ吐いた。
「それで、あんたはその子に毎日弁当を作ってあげて、それを食べてもらって、それだけの仲だと思ってるのね?」
「うん、そうだけど」
「若いっていいわね、本当に……恨めしいくらいにっ!」
そう言って母は苦しいくらいに帯をきつくきつく締め上げながら、小さく笑った。
「その男の子はね、あんたの弁当だけが目当てじゃないと思うよ」
その言葉に頭の中が「?」で埋め尽くされる。弁当目当てじゃないなら、どうして私なんかと居てくれるというのだろうか。そうこう考えていると、背中を強めにバシンと叩かれて、我に返った。
「はい、終わり!自信持って、あんたかわいいんだから」
母がニッと豪快に笑って、急ぎ足で私を送り出す。家の扉を開けると、もう随分陽が傾きかけていた。
「お姉ちゃん!頑張ってね!」
今年で中学一年生になった妹が、窓から身を乗り出して、大きくグッドサインをして見せる。母が妹におもしろおかしく話したせいに違いない。私は照れ隠しに「危ないから窓から乗り出さないの」とお節介な一言を残して、家から離れた。
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