第18話 不慣れな写真

「ここでいいか?」

「もう少し右がいいんじゃない?」

 夫婦は婦人の描いた絵を使って、かずはの充電器周りを一生懸命飾り付けている。

「これでよさそうね」

 婦人が太鼓判を押した時には、外はすっかり真っ暗になっていた。かずははそれが分かっているかのように、勢いよく両手を挙げて喜んでいる。

「私たちもお月見の準備をしましょうかね」

 婦人は夕飯で手をつけずに取っておいた団子を、少し豪華な皿へ移して縁側へと急いだ。かずはは両手を鳥のように羽ばたかせながら、婦人の背中を追いかけている。紳士はそれを微笑ましく見つめながら、ススキのための花瓶を棚から取り出した。紳士は花瓶に水をいれながら、大きめの声で婦人に問いかける。

「月は見えそうか?」

「えぇ、見えてますよ」

 それを聞いた紳士は、縁側へ来て夜空を見上げた。夏に花火を見た時とは違い、辺りは静かでコオロギやスズムシの鳴き声しか聞こえない。田舎の夜の静寂というのは怖いもので、耳を澄ませると今にも飲み込まれてしまいそうになる。その時、忘れるなと言わんばかりに、かずはが「ふわぁ」と欠伸をした。

「そうだな。確かにこのままここで眠りたくなる」

「だめですよ。お月見はまだこれからなんですから」

 婦人は楽しそうに笑いながら、ススキをサッと指で撫でて、その肌触りを楽しんでいた。すると、婦人は少し悪い顔をして、思いついたようにかずはを持ち上げる。紳士は何をするのかと怪訝な顔で、その一つ一つの動きを注意深く眺めていた。婦人はそんな紳士の顔すらも面白くなってしまい、ついにかずはの顔をススキでくすぐった。かずはは目をぎゅっと瞑ったかと思えば、ブルッと頭を震わせた。夫婦は笑いを堪えていたが、すぐに我慢できなくなり、大きな声をあげて笑った。かずははその大きな声に、目を丸くしてびっくりしている。

「ごめんな、ばあさんは意地悪だな」

「そんなことありませんよ」

 夫婦はひとしきり笑ってから、皿に盛られている団子を一つ、頬張った。

「そういえば、こんな風にお月見をしたことなんてなかったな」

「そうですね」

「月がこんなに綺麗だったとは、思わなかったよ」

「私もです」

「あ、あれ。かずはに似てないか?あの月の真ん中のところ」

 婦人は目をぎゅうっと細めて月を見てから、あら!と嬉しそうに両手を合わせた。

「本当だわ!それに……気のせいかしら、その隣に私たちがいるように見えない?」

「言われてみれば……いや、ただ老眼でぼやけてるだけかもしれないぞ」

 紳士はからかうようにそう言って、次の団子に手を伸ばしたが、カツンと爪と皿がぶつかった音がした。見ると、最後の団子を婦人が美味しそうに頬張っている。紳士は思わず眉間に皺を寄せて不満そうな顔で言った。

「そんなに食べたら太るんじゃないか?」

「あら、それがね。最近全然体重が増えないどころか減ってるのよ。嬉しいわ」

 婦人は悪びれる様子もなく笑顔で言った。

「来年は二つの皿に分けて出してくれ」

「はいはい」

 婦人は紳士の子供のような態度がかわいくて仕方がなかった。

「それにしても本当に綺麗な月。写真を撮りたいくらいだわ」

 そこで婦人はふと、かずはにカメラの機能が付いていたことを思い出した。スマートフォンでは電話以外、何もできない老夫婦でも、かずはに頼めば思い出の写真を撮ることができるかもしれない。

「家族三人の写真、かずはに頼んでみましょうよ!」

「おぉ、やってみるか」

 紳士は軽く気合を入れるように、ふぅと息を吐いたあと、庭の方へ立ち上がり三人で向き合った。

「いい?撮るわね?」

 婦人の言葉に、紳士はこくりと頷いた。

「かずは、写真を撮って!」

「ピシャッ」

「まぁ!撮れた、撮れたわ!」

 婦人は、年齢も忘れてしまったのかと思うほど大はしゃぎして、かずはを撫でくりまわしていた。

「ああ!しかし……この写真はどこから見るんだ?」

 紳士は苦笑いしてかずはを見つめた。

「そんなこと、いいじゃない!家族三人の写真があることに意味があるのよ」

 実は、かずはを中心に撮影されたこの写真には、かずはの姿は写っていない。老夫婦は当然、そのことに気付いていないだろう。この写真は、夫婦の苦手なスマートフォンに保存されているからだ。しかし、実際の写真にはかずはを優しく見つめる二人の姿が写っていたらしい。きっと三人の瞳の奥には写真よりもはっきりとした、家族の姿が刻み込まれていることだろう。

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