第9話 耳を塞いだ代償

「そういえば……もしや、お子さんですか?」

 和葉はまさか、と笑って続けた。

「親戚の子供なんです」

 紳士はどおりで大きい子供なわけだと納得した。すると、和葉は急に神妙な顔をして話し始めた。

「あの子たちのお母さんは、私の歳の離れた姉なんですが、酒癖が悪くて……」

 彼女はそのまま続けようとするも、すぐに軽く首を振って訂正した。

「包み隠さずにいうとアルコール中毒なんです。私も疎遠になっていてずっと気付くことができなかったのですが……。いざ家に行ったらひどいありさまでした。でも、それだけだと思ったんです。ただ家が荒れているだけなんだって」

 和葉は項垂れながら軽く艶やかな髪を一束、ぐしゃりと手のひらで握り込む。

「いえ……頭の隅にあった可能性を、信じたくなかっただけかもしれません……」

 紳士は顔を動かさないまま、目だけで婦人に合図を送った。それを受けた婦人はこくりと一度頷き、彼女の横にゆっくり移動する。「失礼しますね」と優しく手を握って、とん、とん、と一定のリズムで子供をあやすかのようにした。

「私は大丈夫だろうと判断しました。ゴミを片付けてその家から出たんです。……その中には割れたコップや皿もあったのに、見ないふりをしました。……私も姉が、怖くて仕方がなくて……そんなの、許されるわけないのに」

 和葉は涙が溢れるのをどうにか堪えながら、奇麗な顔をひどく歪ませて続けた。

「通報が入ったのはそれから三カ月後のことでした。あの子たち、学校のプールの授業に出るのを嫌がるんです。傷だらけの体を、お前の体は汚いって、同級生にからかわれるみたいで……」

 その時、ついに彼女の目から涙が溢れた。

「今は私が子供達を預かってます。お金のことは国からの支援金や朝と夜働くことでどうにかなっているんですが、この子達は親からの愛を知りません……。いつもボロボロの服を着せられて、ご飯ももらえず痩せ細っていました」

 婦人はあまりに衝撃的な内容に、自分も涙を堪えるので精一杯だった。

「それに、私が見て見ぬ振りをした三カ月の間に、この子達が受けた傷は……私がこの先何をしたとしても癒えません。私も、姉と同罪なんです!」

 彼女はよほど自分の行動を悔いているのだろう。ついに声にならないほどしゃくりあげながら、それでも必死に、懺悔のように老夫婦へ話し続けたのだった。

「私、お二人のお話聞いて、どうしても思っちゃいました。なぜ、この子達はお二人の元に生まれなかったんだろうって……なぜ今こんな私の元に、私はあの子たちを引っ張り上げる力も、身代わりになる勇気さえ無かったのに……!」

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