第一章 幼少編

第八話 転生したらトイレ中だった件

 突如として頭痛と激しい動悸が襲ったその瞬間、封じこめていた鎖が弾け飛んだかのように、眠っていた少年の意識は覚醒した。

  

(あ……そうか、俺は転生して……)


 少年は自らが「霞ヶ浦ユウスケ」であったことを思い出すのと同時に、それまで封じられていた記憶が一気に脳に流入し始める。この世界で過ごしてきた十年間と、前世での十七年間の記憶が急激に入り混じっていくその感覚は、まるで自分自身が自分以外の何かを吸収していくかのような、これまでに経験したことのない気持ち悪さがあった。


 やがて、完全に記憶を取り戻した少年はと同じ苦笑いを浮かべる。


(で、記憶を取り戻すなんていうビッグイベントの時に限って、なんで俺はトイレにいるんだ……)


 ゼイル暦3324年11月17日、ベデルナ王国八大貴族が一家、ローズウィルド公爵家の次男として生を受けた少年、レイジ・ローズウィルドは十歳の誕生日を迎えた。そしてこの日、レイジは十年間封じられていた前世の記憶を取り戻したのだった。

 ……そう、よりにもよってトイレ中にである。

 


——



(しかし本当にぴったり十年で思い出したんだな……。俺の記憶が戻ったって事はも——ひとまず、戻らないとな)


 十五歳で成人扱いになるこの世界において、十歳の誕生日という日は十五歳の誕生日の次に重要な立ち位置にある。この日を迎えた以降は国立学園の入学試験を受けられるようになったりと多くの権利を得られるからだ。

 そのため、十歳の誕生日の誕生日を迎えた貴族の子供には自分の邸で盛大な祝いを受ける事が恒例行事となっており、それはローズウィルド家においても例外でなかった。

 せっかく大々的に祝ってくれているのに、当の本人がいつまでもトイレに篭っているというのは流石にまずいだろう。


 トイレから出てきたレイジは、廊下の壁に寄りかかっていたメイド服姿の女性と目が合った。


「レイジ様、お腹のお加減の方は大丈夫ですか?それと、ボクは待ちくたびれたのでこのまま休ませてください」

「あぁ、心配をかけたな。あと、減給されたく無かったら最低限の仕事はしろ」


 手渡されたハンカチで手を拭きながらレイジは再び苦笑いを浮かべる。


「せっかくの十歳の誕生日パーティーでお腹を下すとは、レイジ様はつくづく運の悪いお方です。前世は多くの女性を誑かすふしだらな魔王だったのでしょうか?……最低ですね」


 勝手に捏造した罪状でレイジにジト目を向けてくるのは、レティシア。物心ついた辺りからレイジに支えている専属メイドだ。ショートボブに整えられた綺麗な紺青色の髪と目鼻立ちがくっきりした顔を持ついわゆる、綺麗系美人というやつなのだが……とにかく口が悪い。レイジの方が四歳も年下である上に、一応雇い主なのだが一切の容赦がない。


「いつも言っているがさすがに言い過ぎだ、普通に傷つく。……戻るぞ」

「……承知しました」


 そしてこのレティシア、さらにタチが悪いのが——


「おやおやレイジおぼっちゃま、それにレティシアさんも。こんな所にいらっしゃったのですか……。そのご様子……また面倒事にでも見舞われたのですか?」

 

 会場である邸のパーティーホールに戻ったレイジに駆け寄ってくるローズウィルド家のメイド。どうやら何も言わずに会場を抜け出していたレイジを心配して探してくれていたらしい。


「あぁ……急な腹痛に見舞われてな」


 レイジがため息混じりにそう言うと、すかさずレティシアがレイジとメイドに頭を下げた。


「申し訳ございません……主人の健康管理はメイドの仕事だというのに……。レイジ様、いつも申し訳ございません。、無能なダメイドで……」

「いえいえ、レティシアさんはもっと自信を持つべきですよ。私なんか若い頃には——」


——そう、レティシアは人前では謙虚で自己肯定感ゼロのメイドという仮面を被っているのである。

 実際のレティシアはすぐに主人であるレイジに悪態を突くわ、しょっちゅうどこかにいなくなるわで決して良いメイドだとは言えない。それでもレイジが今までレティシアを解雇しないのには理由がある。たまに気まぐれで焼いてくれるクッキーが極上だからだ。

 

(……でもやっぱりもう少しぐらい優しくしてくれてもいいんじゃないか……?)



——



(記憶が戻ったせいもあるのかもしれないが……やはり人が多い場所は疲れるな……)


 と、騒がしい会場内を疲れた表情を見せながら彷徨っていたレイジの元にドレス姿でありえん速さで駆け寄ってくる少女が一人。レイジの双子の姉であるルア・ローズウィルド、もとい元女神ルアンメシアだ。ちょうど色々話しておこうと考えていたレイジにとっては都合が良いと思ったのも束の間。


「ねーね!やっぱりレイジも記憶戻っ——」


 人混み溢れる会場内のど真ん中でそんなを言おうとしたものだから、レイジは慌ててルアの口を塞いだ。途端に、周りにいた人々の視線が二人に集中する。あまりに不用心なルアに、レイジは呆れた。

 そのままレイジはルアを連れてその場から一時撤退し、人気のない廊下まで連れて行く。周りに人がいない事を確認してからレイジは口を開いた。


「おい、お前は馬鹿なのか……?家庭教師から習っただろうが……転生者は魔力の純度が高いって」

「え?それがどうしたの?」


 別に頭がお花畑ポンコツである事を咎めるつもりはないが、ルアにはもう少し警戒心を持ってもらいたいものだ。


「よく考えてみろ、純度の高い魔力は希少なんだろ?色々面倒ごとに巻き込まれる因子を俺は持ちたくない」

「あ、そっか……ごめん。それより、どうしたの?せっかく記憶が戻ったのになんかテンション低くない?」

「そうか?それより俺はお前の不用心さの方が問題だと思うんだがな」

 

 誤魔化すように笑うルアを見て、レイジはようやく重要な事にがつく。

 十年間もの間、これが当たり前だったせいでさっきまで何も感じていなかったのだが、目の前にいるルアの見た目がルアンメシアと殆ど変わっていない。ぱっと見た感じからして体が全体的に縮んでいることと、付けている髪飾りが金環日食型から三日月型に変わっていることぐらいしか違いが思い浮かばなかった。


(待てよ……)


 首筋を嫌な汗が伝う。この十年間の記憶にレイジは引っかかるものを感じた。

 慌てて近くの窓で自分の容姿を今一度確認する。


 ……嫌な予感というのは、どうしてこここまで的中してしまう物なのだろう。

 窓に映る顔はレイジにとって見覚えしかないものだった。


(いや、前世の俺ほとんどそのまんまじゃん……)


 多少の違いはあれど、髪色や顔立ち、雰囲気までも前世の幼少期とほとんど大差ない自分がそこにいた。強いて違いを上げるとするならば瞳の色が前のものより青みがかっている所ぐらいだろうか。





***

これからしばらくは第零章番外編と第一章本編を交互で更新していきます。

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