第十話 レイジ・ローズウィルドの憂鬱

「フェリシア姉さん……せめてもう少しマシな服装をして来なよ……」


 フェリシアがいつものように研究所と自室を彷徨っているのであれば、白衣を着ていようと別に構わない。だが今、この会場内には多くの貴族だけでなく王族も来ているはずだ。そんな状況でラフな格好白衣でいるのは少し問題があると思う。これ以上変な目で見られるのは流石に勘弁してほしい。


(まぁ、今からでも着替えてくれるならまだ大丈夫か……)


 しかし、レイジのそんな淡い期待は簡単に潰される。


「何度も言ってるけど白衣は私の一部だから無理……。それと白衣を脱ぐと思考速度が四十二パーセント落ちる」


 頬を膨らませて子供のような言い分を披露するフェリシアだが、忘れてはいけない。これでも彼女は一応レイジの七歳年上、十七歳なのである。


(もういいや……なんかバカらしくなってきた)


 レイジには人間の脳がそこまで繊細なものだとは思えないのだが、フェリシアに限ってはあながち間違いだとは言い切れないのがまた面倒だ。というのも彼女は、史上最年少で国お雇いの魔法学者になった本物の天才だからである。


「あー……そうだったね、忘れてたよ……」


 フェリシアには白衣の他にも色々とこだわりがある。

 例えば、目が悪いのに決してメガネをしようとしないこと。本人曰く、「メガネをかけると思考速度が二十六パーセント下がる」そうだ。他にも紅茶の温度だとか、部屋の散らかり具合の変化にも彼女は非常に敏感だ。

 まぁ、歴史的に有名になる人物は何かしら変わっている所がある人も多いことだし、フェリシアのこだわりもきっとその類いなのだろう。

 

「あ、そうだそうだ」


 短時間のカオス成分過剰摂取のせいで半分昇天しかけていたレイジはフェリシアの言葉で現実に引き戻された。彼女は白衣のポケットを何かゴソゴソと引っ掻き回し、やがて指輪と小さな瓶を取り出す。


「はい、誕生日プレゼント」


 そう言ってルアには指輪を、そしてレイジには小瓶を手渡した。指輪の方は目のような模様が形どられており、小瓶の方には少し緑がかった青い液体が入っているようだ。

 

(いや、今この場でプレゼントを渡すのはおかしいだろ……)


 レイジがそんな脳内ツッコミをする一方で、ルアは何故か散歩に連れて行ってもらった犬のように興奮していた。


「フェリシアお姉ちゃん……これって……!」

「うん、お願いされてた思考盗聴用の魔道具。つけた人の思考が盗聴できるようにしといた。使用前にルアの魔素を流し込んでおけばすぐに使える」

「やった!えへへ……これでレイジが何を考えていようと全部お見通し……」


 恍惚とした表情でフェリシアからもらった指輪を眺めるルアを見て、周りの人々はドン引きしている。一方その様子を平然と受け入れるローズウィルド家の人間はやはり異常なのだと、レイジはしたくもない再認識をしてしまった。


(……指輪型の魔道具には十分気をつけよう)


「で、レイジの方は何がいいのか聞いてなかったからB薬にしといた」

「は……?」


  フェリシアの言葉の中にありえない単語が含まれていた気がするが、流石にその可能性はないだろうと脳が思考を拒否している。幾らフェリシアでもそんな言葉を公衆の面前で言うわけがないとレイジは信じたい。


「え、だからびや——」

「いやいや、二回言わなくていいって!ていうかそれ絶対俺の歳でもらうもんじゃないよね!?」

「え……でもセリファとお母さんがレイジぐらいの歳の子はこれがいいって……」


 困惑した表情を浮かべるフェリシアを見て、レイジ自身も困惑したくなった。


「セリファ姉さん……?母さん……?」


 言葉の節々からさまざまな感情が滲み出ているのが自分でもよく分かる。


「べべべべべべべ、別に私は。マ、ママがそう言ったから賛成しただけで——」

「セリファちゃん!?わ、私だって——」


 醜い罪のなすりつけあいに、レイジは羞恥心と家柄、双方の高さは比例していないことに逆に冷静に納得してしまった。再び、大きなため息をつく。

 

 このようにローズウィルド家は本当に公爵家なのか怪しいような家ではあるが、個々の実力は本物だ。父は騎士団長で、母は遠距離射撃の名手。一番上の姉は国が認める天才学者で、二人目の姉は国立学園の生徒会長、兄は剣の天才。双子の姉は十歳にして高度な魔術を扱うことができる。

 レイジにとってそれは誇り高いことだ。でもだからこそ、実はレイジは家族に対して多大なコンプレックスを抱いている。

 

(だって俺は——)



——



 時を同じくして、ローズウィルド公爵領から五キロ圏内に位置する廃教会。そんな場所で、その集まりは行われていた。日光が半壊した天井から漏れるのみで、森に飲み込まれたその場所は昼下がりとは思えないほどに暗い。


「——いいな?計画は以上だ」


 大剣を背に担いだ大男が植物に侵食された祭壇に立ち、側廊に座る怪しげな黒ローブを羽織った30人ほどの集団に何かを確認していた。


「もう一度言う。ターゲットはレイジ・ローズウィルド、並びに王族関係者だ。双方共、生死は問わない。必ず捕えろ」


 大男の話が終わると黒いローブを羽織った集団は、不気味な程一斉に頷く。そしてその様子を確認した大男は二マリと気持ち悪い笑みを浮かべていた。



——

 


 太陽が沈み、本格的に月の時間となり始める頃、ローズウィルド邸では未だパーティーが続いていた。会場では、賑やかな舞踏会が催されている一方で、レイジは人混みを避けるようにバルコニーで一人で月を眺めている。先程まではレティシアがそばにいたのだが、彼女はいつもと同じように気がつくといなくなっていた。まぁ大方、何処かでサボっているのだろうが。


 こうしている理由の半分、は昼前から始まったこの宴の長さへの疲れ。そしてもう半分は家族への疲れだ。国王や他のお偉いさん方からの祝いの言葉も家族の誰かが起こすトラブルもしばらくは懲り懲りである。


 大きく一度伸びをしているとレイジは背後に何者かの気配を感じ、少し身構える。そのまま月を眺めていると気配の主は何気なしに声をかけてきた。


「レイジ殿、だいぶお疲れのようですな」


 おそらくだが、どこかしらの家の人間が何かを狙って話しかけてきているのだろうと思い、レイジは振り向きもせずに答えた。


「ええ。なんでこんなパーティーやるんでしょうね」

「違いないですな、いくら伝統とはいえど馬鹿らしくなるもの。ハッハッハ」


 その人物の高笑いに釣られ、レイジも苦笑する。


「全くです。貴族も王族もよく飽きないでやってられますよ」

「まぁ、良いではないですか。……こんな機会でもなければ余と其方は直接話す機会もないだろう?」


 口調が急に変わった事に違和感を感じ、レイジは咄嗟に声の主の方に振り向く。

 視界に入ったその人物が誰であるのかを脳が理解した途端、彼は自分の肝が冷えていくのが分かった。


(あ……)


「あ、あなたは……」


 レイジが今の今まで話していたのはブリス・ベデルナ。すなわちベデルナ王国現国王であった。


「そう、「よく飽きないでやってられる」王族だ」


 一気に冷や汗が吹き出し、頭が真っ白になっていく。遅いと分かっていつつも頭を下げた。


「も、申し訳ございませんでした!」

「気にするでない。……護衛はいらん、下がれ」


 国王の一言で、彼の後ろにいた護衛と思われる人物二人組はバルコニーの扉を閉め、そのまま扉の前に仁王立ちした。

 国王と二人という気まずい状況に緊張しつつ、レイジは再び謝罪する。


「改めて、ご無礼をお詫びいたします陛下。なにぶん気が緩んでいたもので……」

「構わん、余も少しいたずらが過ぎたな。それにこのような宴が面倒である事もまた事実だ。余も人が多い場所は苦手でな」


 そう言うと国王は先程のような高笑いをしたが、さすがにレイジはもう苦笑することはできなかった。



***

更新が遅れてしまい、申し訳ございませんでした。もう少し予定のやりくりを工夫します。



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