第十一話 悪夢はもう、始まっている。
「身構えんでもいい。なぁレイジよ、其方は……無理などしてはおらんか?ほら、周りからの期待の目が辛いとかでもかまわん」
「いえ、特には……」
ほとんど話したこともない国王から、突然真意が読めない話をされても警戒心が高まる一方だ。レイジは尚更身構えてしまう。
(話の流れが見えないな……)
なぜ国王がただの十歳児に過ぎない自分との一対一の対話を望んだのか。レイジはまだその理由を見出す事ができていない。
「そうか。ただ、な……其方にはもう少し年相応の子供としての生き方をして欲しい。いや、其方はもう少し子供らしくしてていいのだぞ?ルア嬢のようにな」
ルアに関しては、子供なのではなくポンコツなだけだけな気もする。だが、確かに自分は同年代の子供に比べると多少性格が冷めているのほうなのかもしれない。
(何を隠そう、俺……精神年齢アラサーなわけだし……)
前世の頃と合わせると精神年齢は二十六歳になるが、珍妙な事を言うわけにもいかない。話の矛先を変えるため、レイジは適当な落とし所で話の流れを強制的に止める。
「……ありがたきお言葉感謝いたします、陛下」
「まぁ、周りの者たちから過度な期待を受けるのも分かる。……何せ其方は王国建国以来二人目の……いや、少なくともこの大陸中で歴史上で二人目の、
「……」
レイジが
というのも
レイジの祖先であり、ローズウィルド公爵家の初代当主、レオニス・ローズウィルド。ベデルナ王国の独立戦争で後の初代国王を支え、国の独立後は公爵家の名と騎士団長の地位を得た人物だ。
六百年以上前の人物であるのにも関わらず、初代勇者の息子だとか、実は人間ではないだとかさまざまな説が未だに飛び交っている程、その名は知れている。
レイジの持つ
しかし、それを良く思わない者達も当然いる。レイジ自身が持つ特殊な事情によって、この力が上手く活かせていないのが主な理由だ。
今日一日だけでも何度「宝の持ち腐れ」と陰口を叩かれたことか。自分だけの問題だと、どうでもいい事だと割り切るわけにはいかないのだ。
これはこの力を持って剣の名家と呼ばれる家に生まれた自分が背負う宿命なのだから。
「ハハ……重く受け取らんでくれ。其方は其方らしく生きよ。余は其方に無理をしてほしいわけではないのだ。そして知っておいて欲しい、余は其方の味方であると」
それだけ言うと国王は「また会おう」と言い残し、会場の方へと戻って行った。
たまに、今の国王のような事を言ってくれる人がいる。だが、妥協や諦めは自分に対する甘えでしかないと分かっているからこそ、悔しい。
再び一人になったバルコニーから夜景を眺めていると、しばらくして口の中に鉄の味が染み渡った。ハッとして唇に触れる。どうやら無意識のうちに唇を噛み締めていたようだ。指には血液が付着していた。
——
そんな時、街のさまざまな場所から一斉に火の手が上がった。最初は、何かの見せ物でもやっているのかと思ったがどうにも様子がおかしい気がする。
その直後、領地内の至る所から何度も爆発音が響いた。瞬く間に火の手はその数と勢いを増していく。
(……は……?)
呆気に取られ、バルコニーから動けないでいたレイジ。そんな彼に追い討ちをかけるように上空から鼓膜を引き裂くかのような多数の奇怪な鳴き声が聞こえた。
あまりの五月蠅さに自分の耳を強く抑え、上方へと目をやる。それらを目にした途端、レイジは血の気が引いて背筋が冷えていくのを鮮明に感じた。
目に映ったのは月を覆い尽くさんばかりの、これまで見たこともないような数多の魔物だった。そんな奴らが屋敷に向かって飛んできている。
それまでの明るく賑やかな雰囲気と打って変わり、会場内から聞こえてくる声も一瞬にして困惑と恐怖の声に変貌を遂げた。
「なんだあの魔物の群れは?」
「ねぇこれ、避難したほうがいいんじゃ……」
「おいおい、街が燃えてるぞ!?」
そんな時、飛行していた魔物の一体がレイジの方目掛け何かを吐き出した。ありえない程の速さでこちらへと迫ってくるそれは自動車程のサイズの火球だった。それを見て、慌てて建物の中へと逃げようとするレイジ。しかし、もうすぐそこまで火球が迫っているのが身を焦がすかのような暑さから分かる。
ほどなくして、バルコニーの床は強い衝撃に襲われ、レイジはその場に尻もちをついてしまった。どうにか直撃は逃れたようだが、火球は割と近くに衝突したようだ。異様に空気が暑い。呼吸をするたびに吸い込む空気の温度が上がっているような気がする。助けを求めたい所ではあるが、あいにく誰も自分が落ちかけていることに気がついていないようだ。
(早く逃げねぇと……)
立ち上がろうとレイジが右脚を床に立てた瞬間、どうやら今の衝撃で弱っていたらしく、今度は床が崩落した。バランスを崩し、体内の血液が半身に偏っていくような感覚。自然と視線が下方に向かう。地上四階の高さに相当する場所から見える地面は異様に遠く見える。
(っ……!!)
この事態をどう打開すべきか脳をフル稼働させるも、何も思い浮かばないままレイジの身体は落下の一途を辿るばかり。風が身の毛一本一本を撫でていくような涼しさが恐ろしさを増させていく。
「レイジ様!」
落下の恐怖が少しずつ大きくなっていく最中、突然名前を呼ばれた。
声が聞こえた方、バルコニーがあった場所へと視線を移すと、何者かがレイジへと飛んだ。レティシアだった。素早く、そして身軽に落下していく瓦礫を次々と飛び跳ねる。まるで映画のワンシーンかのように異様に時間がゆっくりと進んでいく。彼女はレイジを抱き抱え、そのまま近くの瓦礫を力強く蹴飛ばし、開いていた窓から屋敷に飛び込んだ。
「レイジ様、ご無事ですか?」
レイジを逆お姫様抱っこしたのまま、いつもと変わらない無表情のまま話しかけてくるレティシア。少しの間起きた事が理解できず、呆然としていたレイジだったが、やがて我に帰った。
「レティシア、来てくれたのか?」
「……ええ、一応レイジ様はボクの主人ですので」
「ありがとう……」
「あ、そういうのいいですから。それといい加減降りてください。いつまでボクの胸に手を置いているつもりですか?……最低ですね」
(あ……)
言われてみれば、先程から右手に何か柔らかいものが触れていた気がする。急いで降ろしてもらい、どうにか落ち着いた。
ジト目を向けられて自分が少し嬉しくなっている気がしたが、流石に気のせいで収めておくことにした。いくらなんでも自分のメイドにマゾ気質を開拓されかけただなんてあまりに情けない。
***
レティシアさんイケメンすぎて惚れそうです。
それはそうと、レティシアのファンアートをいただきました!「頂いたファンアート」に掲載しましたので見ていただけると幸いです!
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