第九話 俺の家族にまともさを求めるのは間違っているだろうか

 こういう場合、前世から劇的に見た目が変わったりすることが転生のセオリーだと思っていたレイジは少しモヤついた。


「なぁ……転生ってこうさ、もうちょっと見た目変わったりするものなんじゃないのか?」

「あ……確かに言われてみれば……。おかしい、普通は魂が肉体に引っ張られるはずなのに。何故——」


 ルアの反応を見るに、どうやらこの状況は普通では無いらしい。


(まぁ、だからと言っても今更どうこう言う事じゃ無い……か)


 ぶつぶつと何かを呟いているルアをよそに、レイジは自分の姿を改めて観察してみようと窓を覗き込む。直後、彼は自分の真後ろに人影がある事に気がついた。


「レイジ様、ルア様。早めに会場へ戻られた方がよろしいかと、旦那様と奥様が探しておられましたよ」

「うわっ……ってレティシアか。びっくりするだろ……」


 驚きのあまり変な声を出してしまったことを恥じつつ、レイジはため息混じりに不満を口にする。

 レティシアが知らないうちに居なくなって、またどこからともなく現れるのはいつもの事ではある。だが、やはり慣れない、というより慣れられる気がしない。


(まぁ……今回はきちんと業務をこなしてくれたことだし、まだ許せる——)


「レイジ様がびっくりしたとかボクにはどうでもいいです。それと自分の姿ばっかり見て、もしかしてレイジ様は自惚れているのですか?……キモイですね」


(——前言撤回しよう。やっぱりコイツ許せない)


 やはりレティシアはレティシア以上でも以下でもないようだ。

 レイジに向けられた言葉を聞いて、それまでずっと独り言に勤しんでいたルアがレティシアに噛みつく。


「ちょっとレティシア!レイジはキモくないよ!」

「そうですか、ボクはあくまで自分の主観で言っているだけですよ」


 レティシアがいつものポーカーフェイスのまま、煽るような事を言うせいでルアがさらに


「レティシアは何なの?そんなにレイジにかまって欲しいの?でも残念でした!レイジは私のダーリンなんだからね、この泥棒猫尻軽メイド!」

「残念ですがボクはレイジ様にはそんな感情は一切抱いておりませんので。それに——」


 正直、レイジにはルアとレティシアがそれぞれ遊ばれている子犬と弄んでいる猫にしか見えなかった。

 

「やめろ、二人とも。ルアはもう少し公爵家の娘であるという自覚を持て。レティシアも少し口を慎め。」

「ごめん……」

「申し訳ございませんでした」


 流石に悪いと思ってくれたようだ。レイジはそれだけでも十分マシだとおもうことにした。


「分かったならいい。で、レティシア。父さんと母さんが呼んでいたんだろう?」

「はい、もうそろそろ戻って来なさいとの事でした」

「……分かった。戻るぞ、ルア」


 非常に嫌な予感を感じながらレイジは歩き始めた。



——



 再び会場に戻ったレイジはルアを引き連れ、両親の元へと向かった。


「おー!レイジにルア、どこ行ってたんだ?」


 かしこまった服装をしたガタイのいい男性が料理を片手に手を振っている。

 レナード・ローズウィルド公爵。レイジ達の父であり、ローズウィルド家の現当主だ。


「すいません父さん。すっかり存在を忘却してました」


 少し棘のある言い方であることは自覚しているが、これはしょうがないのである。

 案の定、レイジの言葉を聞いたレナードは泣き真似をして見せた。


「おいおいひどいぞレイジ……。父さん悲しいぞ、全くいつの間にこんな冷めたい子になっちゃったんだ?」

「そうよ、全くもう!誰が育てたんだか、お母さんレイジちゃんが甘えてくれなくて悲しい。ルアちゃんはこんなに甘えてくれるのに。ほら、ルアちゃん!」


 そう言ってルアに手を広げるのはメリル・ローズウィルド公爵夫人。子供と旦那を溺愛しているレイジ達の母だ。


 そして、そんな彼女にルアが「わーい!ママ大好き!」という言葉と共に飛びつく。


(おいおい……ルアまで便乗するのかよ)


 パーティーという人が多く見ている場で娘を溺愛する母とそれに甘える娘。つい先程ルアに「もう少し公爵家の娘であるという自覚を持て」と言った事がレイジはバカらしく思えてくる。


「育てたのはあなた達でしょう……?はぁ、全く……。それに俺は冷めた人間なんかではありません。ただ呆れているだけです」

「全くもう、レイジちゃんは本当に昔からそっけないわね。お母さん悲しいわ」


(はぁ、めんどくさい……)


 もし仮に二人が酒に酔っていてこんな性格になっているのであればどれだけ良いだろう?だが、残念ながらこの人達はシラフだ。この人達が自分の父親と母親であることを正直レイジは疑わしく思っているほどだ。

 もう一つ言うなら、この父親がこの王国の騎士団で、母親が引退したとはいえ元は騎士団遠距離射撃部隊長だった上に公爵家の娘だなんて……レイジは信じない。

 さらに言うなら、お互い公爵家の人間でありながら◯キ婚しただなんて——。


(俺は絶対に信じない……いや、信じたく無い)


 今日になって何度目かも分からないため息を吐いたレイジは突然肩を組まれた。


「誕生日おめでとうレイジ!俺はおまえみたいな超ハイスペックな弟がいてくれて本当に誇りだぜ!」


 こうやって陽気に絡んでくるのはハック・ローズウィルド。鬼の角のようなアホ毛がチャームポイントの二歳年上の兄だ。誰かさん譲りのどこか抜けた性格の持ち主である。

 と、そんな彼の頭を閃光の如くゲンコツが襲う。

 

「ちょっとあんたは落ち着きなさい!次期ローズウィルド家当主として恥ずかしくないように振る舞いなさいよ、全く!」

「痛ってえな、ゲンコツはひどいぜセリファ姉!」

「ふん、うるさくするのが悪いのよバカ!少しはレイジを見習いなさいよ!」


 ハックと早速口論になっているのはセリファ・ローズウィルド。姉御肌な性格の持ち主である五歳年上の姉だ。今の感じを見て、「割と常識人じゃん」と思ってはいけない。実際は頭の中お花畑ポンコツ、つまりルアと同類だ。


「ふん!うるせいや!おいレイジ、お前は兄ちゃんの味方か?それともセリファ姉の味方か?」


 どうやらまた面倒な事に巻き込まれそうな気がする。


「ねえ、レイジ。レイジはこんなバカ兄よりも私の味方よね?」


(やっぱ変だよ……この家族……)


 レティシアのようなジト目でレイジは二人を見る。


「セリファ姉さんも、ハック兄さんもしょうもないよ。俺に頼らず当事者間で解決してください。それと、色んな人がいる所で恥をかくような言動は避けた方がいいと思うよ……」


「「……」」


 どうやらようやく冷静になってくれたようだ。二人とも耳が真っ赤になっている様子を見て、レイジは少しホッとした。


「同意。私もそう思う」


 と、突然真横から聞き慣れた声が聞こえる。いつの間にか、レイジの横にはこの場に似合わぬ白衣を身に纏った女性が立っていた。


 フェリシア・ローズウィルド。いつも白衣を身に纏っている七歳年上の姉だ。レイジを除くこの家族内で恐らく最もまともな人間である。

 ……この場においても白衣を着ている事を除けば。



***

カオスですね。

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