第十三話 王女探して約30分、知らないうちに危険度MAXになってました

 レティシアを引き連れ、避難すべく歩く。そんな最中で人がとっくにいなくなっているだろうと思っていた廊下、オロオロと彷徨っている女性を見つけた。多少の違和感を感じながらも、レイジはその女性に声をかける。


「一体どうされましたか?今は避難を優先していただきたいのですが……」

「こ、これはレイジ・ローズウィルド様……!?……えっとその……突然の質問となってしまい非常に申し訳ないのですか……エレナ王女をお見かけになりませんでしたか……?」

「エレナ王女って……もしやエレナ第二王女陛下の事ですか!?」


 エレナ王女、すなわちベデルナ王国第二王女エレナ・ベデルナ。レイジの一歳年下の九歳であり、甘やかされて育ったため少しわがままな性格をしていると噂される人物だ。王女であると同時に、レイジと同じSランクのジョブである職業ジョブ:聖女セイントを持つことで有名でもある。そんな彼女がどうしたのだろうか?


「はい……あ、私エレナ様の教育係を務めさせていただいているものでして——」


 なんでも女性は王女の教育係を担っているらしいのだが、その王女と避難する中でいつの間にか逸れてしまったようだ。


「王女陛下はすでに地下に避難してるのではないのですか?」


 途中で逸れてしまったにしても一人で、もしくは誰に連れられて避難している可能性は大いにあるはずだ。しかし、そんなレイジの楽観的観測に教育係は首を横に振る。


「いえ、私もそう思いつい先程まで私自身も地下にいたのですが、エレナ様はいらっしゃいませんでした……」


 避難を優先したいところではあるが、人を見殺しにするかもしれない状況を傍観することはできない。


(やるしかない……よな)


 不安を残しながらも、レイジは王女の捜索に手を貸すことを決意した。


「……レティシア」


 彼が言わんとしていることを瞬時に理解してくれたらしくレティシアは静かに頷く。


「……承知いたしました」

「自分達も王女陛下の捜索、手伝わせていただきます」

「いえでも、私の不注意が原因ですし……本当にいいのですか……?」


 教育係は自責の念に駆られているのか、心苦しそうな表情をする。


(きっと今一番辛い思いをしているのはこの人と王女なんだ……手を差し伸べないでどうする……?)


 レイジは自分の手が震えていたことに気がつき、ぎゅっと強く握り締め直す。


「はい、大丈夫です!ですが、カタリナさんは一度地下に戻って、増援を呼んで来てください。人手は多ければ多いほどいいですから。先に自分とレティシアで捜索しておきます」

「わ、分かりました」


 教育係はコクコクと頷く。


「そしてレティシア、何かあったらを使ってくれ」


 そう言って、レイジは胸元から取り出したペンダント型の連絡用魔道具をレティシアに示す。

 

「……承知いたしました。にできる限りで頑張らせていただきます」


 普段はサボってばかりの彼女は、この道具を使ったとしても碌に返事を返しても来ない。

 だが、レイジは知っている。いつもの無関心な彼女だが、レイジ本当に困った時は絶対に助けてくれるのだ。今回もきっと協力してくれるだろう。

 

「……でははこちらの方を探してきます。お二方もどうかご無事で」

「私は地下に向かって増援を呼んできますね!」


 そう言い残し、二人はそれぞれの方向に去っていった。


 二人を見送った後、歩き始めたレイジは少し考え込むような表情を見せていた。というのも、さっき一瞬だけレティシアが立ち止まって教育係の事を恐ろしい眼差しで睨みつけていたのである。

 普段はあれほど無表情で無関心な彼女があそこまで表情を変えるだなんて……。

 

(レティシアのやつ……あの人に対して何か気に入らない事でもあったのか……?)



——



 レイジが捜索を開始してからそろそろ三十分が経過しようとしている。

 しかし、今のところ王女の手がかりすら見つけられておらず、ペンダント型魔道具にもまた一切の反応がない。時折聞こえる魔物の鳴き声や爆発音、そして窓から見える火の手の上る街の景色は、見慣れたはずの屋敷の廊下をひどく恐ろしい場所へと変貌させる。


 しばらくしてレイジは深く咳き込んだ。そういえば先程から辺りの空気も暑く、焦げ臭い。割と近い場所でも火事が起き始めているのだろう。

 できる限り高いところの空気を吸い込まないように、彼は姿勢を低くしつつ進む。冷静であろうと心がけようとすればするほど、逆に焦りが大きくなって冷静さを欠いていく。


 (もう、引き上げて俺も避難した方がいいんじゃないのか……?)


 そんな誘惑がぼんやりと浮かび始めた頃、レイジは掃除用具の収納された部屋の角でうずくまる少女を発見した。美しく結われた赤髪に、小さなドレス。件の王女がそこにいた。

 彼は慌てて駆け寄る。


「探しましたよエレナ王女!こんな所で何をなされているのですか?」


 突然声をかけられたことに驚いたのか、王女は小さな肩をビクリと揺らす。が、顔を上げた先にいたのがレイジだと分かり多少安堵したような表情を見せた。


「えっと……あなたはレイジ・ローズウィルド様……ですわね?」

「はい、ご挨拶が遅れてしまいました、レイジ・ローズウィルドと申します。それより陛下、このような所でどうされたのですか?」

「えっと……教育係にここに隠れていれば安全だと言われたのです」


 だとすればおかしい。教育係は先程、避難する中でいつの間にか逸れてしまったと言っていた。レイジの脳に嫌な考えが浮かぶ。


(もしかして……俺がここにいるという状況は仕組まれていたのか……?)


 


「いえ、陛下ここは危険でございます。避難しましょう」

「え……でも……」

「国王陛下も護衛も皆さん地下にいらっしゃいますよ。大丈夫です、必ず離れたりしませんから」


 しかし、そんな暖かな空気は長くは続かなかった。 


「貴殿ら……レイジ・ローズウィルド、そしてエレナ・ベデルナであるな?」


 地を這うような低い声。そしてそれに続くように薄気味悪い雰囲気が後方に感じた。

 途端に背筋が冷たくなっていく。コイツには関わってはいけない、そんな警告が脳から発されている。

 王女も何か嫌な感覚を感じているのか、少し怯えている。


「……さぁ?人違いでは?」


 振り向きもせずに、あくまでもレイジはシラを切ろうとする。うまく誤魔化すことができるか分からないが、やるだけやってみることにした。


「クックック……そうか。どうやらNo.138がうまくやってくれたようだな……。貴殿らには我と共に来てもらいたい」

「……もし、嫌だと言ったら……?」


 気味の悪い笑い声が聞こえた直後、突風がレイジの頬を切りつけすぐ左前にあった壁が。一瞬にして起きた、現実離れした状況に理解が全く追いつかず、彼は呆然としたまま熱いような感覚の残る頬に手を伸ばす。

 ゆっくりと滴る、生暖かい液体が手に触れた。


「無理矢理にでも一緒に来てもらうまでだ。無論、我としてもできれば手荒な真似はしたくない、無駄な血を流すつもりはないからな。ここは素直に従うのが貴殿らにとっても得策だと思うが」

 

 振り向いた先にいたのは大剣を担いだ軍服のような格好をした大男だった。今の風が彼が放ったものであることは容易に理解できた。

 彼はレイジの顔を見た途端、一瞬だけ呆気に取られたような顔をしたが、直後その表情は気持ち悪い笑顔に変わる。いつか見たものとよく似た、悍ましさの見え隠れする表情。


 それを目にした途端、霞ヶ浦ユウスケ前世が終わった瞬間がフラッシュバックする。

 遠ざかっていく駅のホーム。

 鼓膜を裂くような警笛。

 落下する身体を撫でる冷たい空気。


 一つ一つを思い出す度に、鼓動がドクドクと強く早まっていく。



***

3週間ぶりの更新となってしまい、申し訳ございませんでした。少しずつではありますが、頑張って更新していきますのでよろしくお願いします。

また、今回より作中で出てきた用語を解説する用語解説欄を作成致します。世界観への理解を深めていただけると幸いです。


[用語解説]

ローズウィルド家

薔薇と獅子が象られた家紋を持つ、ベデルナ王国八大貴族の一つに数えられている公爵家。初代当主(レオニス・ローズウィルド)が初代国王の親友であったと同時に独立戦争の総指揮官として参加していた為、かなり早い段階から高い地位を獲得していた。

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