side〈A〉第二話: 自己肯定感が低めで尽くす系の幼馴染は好きですか?

 ユウスケに近づきたいという下心が一切ないと言ったら、それは嘘になる。だがそれ以上に、アリサは今のままにしておくとふとした瞬間に彼が消えてしまうような気がしていた。そんな彼をそばで支えたかった。


「……分かったわ。強くなったのね、アリサちゃん」

「はい、ユウスケ君のおかげです」


 入学式の一件以降、自分がユウスケに忘れられている可能性に目を向けるのが怖くて声をかけることができずにいたが、由花から話を聞いた今の自分なら現実に向き合える気がする。

 ただ、恩返しがしたかった。


(だとしたらまずは……)


「由花さん、一つお聞きしたい事があるのですが——」



——



 ユウスケの家を訪れた翌日の昼休み、コンビニのビニール袋を机上に出した彼にアリサは意を決して声をかけた。


「ユウスケ君、お昼ご飯毎日それだよね?ダメだよ、ちゃんと食べなきゃ」


 というのも、ユウスケは毎日の昼食を簡易栄養食で補っており、アリサは前からずっとその事が気になっていたのだった。アリサが話しかけられた事に気がついた彼はビニール袋をゴソゴソとしていた手を止めた。


「え……いや、結構これでも充分だよ」


 少し反応に困っているかのような笑顔を見せるユウスケ。かつての透き通った笑顔ではない苦笑いに、アリサは一瞬心が締め付けられる。だが、ここで引き下がるわけにもいかない。


(ちょっとずるいような気もするけど……しょうがないよね……)


 少しばかり負い目を感じながらも、アリサは昨日由花から教えてもらったを早速使わせて貰うことにした。


「ユウスケ君は剣道部だったよね?だったら尚更しっかり食べなきゃだよ」


 由花曰く、ユウスケは昔から「」という言葉に弱いそうだ。本当に上手くいくのかアリサは多少疑心暗鬼だったが、彼はほんの一瞬苦笑いではない笑顔を浮かべた。


「……まぁ、そうかも。気をつけるよ」


 あの頃と変わらずユウスケが剣道に真摯に向き合っている事が分かり、アリサは嬉しかった。


 

——

 


 しかしその翌日、相も変わらずユウスケの机の横にはいつもと変わらぬコンビニのビニール袋がぶら下がっていた。が、ここまでは予測済み、というよりここからがアリサにとっては本題と言える。


 昼食の時間、いつもと同じ動きを繰り返そうとしていたにユウスケにアリサは再び声をかけた。今度はとあるものを携えて。


 「またそれ買ったの?これ……作って来たから良かったら食べてよ。いらなかったら残してそのまま返してくれても大丈夫だから」


 そしてアリサはユウスケにお弁当の入った巾着袋を渡した。


(いっ……言っちゃった……)


 平静を装ってはいたが、実際にはアリサの心臓はかつてないほどに跳ね、脳内が真っ白になっていた。それと同時に、彼女は心配になる。いくら由花からユウスケの好物やその作り方のアドバイスをもらっているとはいえ、それは百パーセントのコピーにはならない。


 そして……周りからの視線が痛い。当然である。「クラス二大美男子」の片割れと呼ばれるユウスケに手作りのお弁当を渡すだなんて注目されるに決まっている。

 彼は「ありがとう」と言って受け取ってくれたが、緊張の反動かその後数分間アリサは耳から湯気が出ていた。



——

 


 昼休みの終わり、他のクラスメイトからの質問攻めに疲れて机に突っ伏していたアリサはユウスケに空になった弁当箱を渡された。


「その……ありがとう。美味しかった」

「よかった!あのさ……もし明日も……。ううん、明日からも作ってきたら食べてくれる……?」


(あ……)


 突然話しかけられた事への困惑のせいで咄嗟に出た言葉。その恥ずかしさに自分で気がついた頃には、その言葉は既にユウスケに届いてしまっていた。

 穴があったら入りたい気分になる。


「う、うん……」


 ユウスケの表情は窓から差す日光のせいでよく見えない。


(ひとまずよかったのかな……?)


 一瞬、ユウスケの顔が少し赤く見えた気がしたが、それはきっと昼下がりの少し赤みがかった太陽のせいだろう。


 その後何回かユウスケからお金を払わせて欲しいとお願いされたこともあったが、アリサは断った。そもそも受け取って貰えなかった可能性もあるというのに、こんな博打を打ったのは、ユウスケの健康面の心配が半分、それとユウスケに再び認知してもらいたいという願望があったからだ。お金が欲しいわけではない。

 言えない。というより言えるわけがない。お弁当を作らせて欲しいと由花に提案したら二人分の材料費と人権費(?)を無理矢理渡された挙句、毎日オフのユウスケの写真を送ってあげると言われただなんて。その写真をスマホのホーム画面に設定したり、部屋の壁に貼って毎日崇めていたりしているだなんて。



——



 それからユウスケは少しずつアリサに心を開いてくれるようになって行く。部活帰りに一緒に帰ったり、休日に二人で出かけたり。

 そうしているうちにあっという間に時間は経過して行く。光を失っていた彼の瞳にも段々光が戻って行き、まだぎこちなくではあるが苦笑いではない笑顔を見せてくれる事も多くなって行った。


 ずっと近寄りがたさのあった彼が少しずつクラスの輪に馴染んでいくこと。そして、アリサとよく一緒に過ごすユウスケを見た一部のクラスメイトが二人が付き合っていると勘違いしてくれたことが嬉しかった。

 だが、最も後者はユウスケが否定したせいで立ち消えになってしまった結果、アリサにとって嬉しくない事が起こった。それまで遠くから彼を眺めているだけだった他の女子達が近寄ってくるようになったのである。


 アリサのクラスには「二大美男子」と呼ばれる男子達がいる。一人はサッカー部のキャプテンをやっている石原マサヤという人、そしてもう一人がユウスケだ。当の本人はあまり自分のことが好きではないようだが、ユウスケはモテる。 

 それまではユウスケと二人でいる事が牽制になっていたが、恋人関係では無いと知られた途端、一気にユウスケに悪い虫がまとわりつくようになった。不幸中の幸いは、ユウスケは未だ自分がモテないと思っていて彼女らの好意に気がついていないことだろうか。


 そして彼女らへの嫉妬の感情を認知したことで、改めてアリサは自分がユウスケに惹かれているのだと実感した。

 それと同時に考えるのだった。


(……これ以上悪い虫さん達が寄り付くんだったら……由花さんが提案してくれたみたいにユウスケ君の家に転がり込むのもありなのかな……)




***

「ばけのかわがはがれた!

  佐川アリサ はヤンデレだ!

   ドクシャ はどうする?」


 ・あいされる 

 ・バッグ(しらないうちに「記入済みの婚姻届」がはいっていた)

 ・あいす   

 ・にげる(にげられるとはいっていない)

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