side〈A〉第三話: 悩める彼女の歩み方

※今回の話は読む前に第二話「ギャルゲーみたいな現状はモブに厳しいリアルです」をあらかじめ読んでいただけるとより分かりやすいです。


——


 月日は飛ぶように過ぎ去って行き、気がつくと肌を撫でる風が涼しい季節、秋。アリサ達が通う高校には、文化祭が目前に迫っていた。

 毎日遅い時間まで残り、さまざまな人と協力しつつ一つのイベントを作り上げて行く。そんな日々が流れる水の如く瞬く、あっという間に過ぎ去って行った。


 その最中で、クラス内にはとあるウワサがまことしやかに広がりを見せ始めていく。


「この学校の文化祭前後で付き合い始めたカップルは、将来必ず結ばれるらしい」


 取るに足らないウワサに過ぎないということは、アリサ自身も重々理解していたつもりだ。しかし、それでも夢見てしまう。


(もし、この文化祭で私が彼に告白したら……。OKしてくれて……私のことを思い出してくれたりしてくれないかな……)


 それが起こるわけがない都合の良すぎる奇跡であることも、自分の身勝手な想像だともアリサは分かっていた。しかし、頭では理解できていても、彼女はどんどんその感情にさいなまれていく。

 何も進みもしないまま続く、当たり前の毎日がもどかしかった。物静かなユウスケに対して、周りからの人気が日に日に高まっていくのが嫌だった。


(独占したい、尽くしたい、愛したい、愛されたい……)


 そんなとどめを知らない愛情と嫉妬の渦は、誤魔化し続けられないほど強く根を張り、彼女を締めつけていく。



——



 そんな中のある日の放課後。その日分の準備を終わらせたアリサは、とある人物と共に学校近くのファミレスを訪れている。

 ここしばらくの間心中にひたすら溜め込み続けていた感情をひと通り吐露したところ、やはり話し相手は呆れたような表情をした。


「それ……もう告ってもええんちゃうか?」

「……」


 どう言葉を返せばいいのか分からず、アリサはしばし黙りこむ。


(そう簡単な問題なら苦労しないよ……)


 この人物がユウスケとも深い関わりがあるせいもあって、少し話すのが気恥ずかしい。


 テーブルを挟んで向かいに座り、さっきからコーヒーに砂糖をなん杯も入れている話し相手。彼は、神楽坂ケン。

 アリサとユウスケと同じ小学校出身で、昔は毎日三人で遊んでいたほどに仲が良かった。俗にいう幼馴染という奴で、彼もユウスケの解離性健忘のことを由花から聞かされている。彼自身もまた、アリサと同じようにユウスケの記憶からは抜け落ちてしまっているのだが。


 そんな彼とアリサは学校内で数少ないユウスケのを知る人物同士という事もあり、たまにこうやって集まっては色々と雑談をしているのだ。


「お前は昔からここぞって時に踏ん切りが足らへんのや。この前会った時に由花さんも「アリサちゃんがお嫁に来てくれたらユウスケも安心なのにね」って言ってたで?」


 ケンはアドバイスかどうかも分からない言葉で、少し茶化すように笑った。励まそうとしてくれているのはアリサ自身も理解しているが、どう反応するのが正解なのか分からない。

 

「ユウスケ君の感情がん無視じゃん……。そもそもユウスケ君は今も昔も私のことなんて眼中にないだろうし……」


(とか言ってる私も、前に由花さんからのお誘い同居のお誘いに惹かれちゃったから人のこと言えないか……)


 アリサの答えにケンはなぜか少し悩むような表情をする。


「お前なぁ、アイツは——いや、なんでもあらへん。ともかく……まぁ、相変わらずお前は愛が重たいな」

「そうかな……?」

「そりゃせやろよ。お前、俺がユウスケと話しとるといつもすごい目線向けてくるやろ?てかあれ、怖いから普通にやめてくれ」

「うっ……言われてみればそうかも……」


 確かにケンや他のクラスメイト達がユウスケに話しかけているとアリサはついつい嫉妬してしまいがちである。その感情が表情に出ないように気をつけているつもりだったが、どうやら注意不足だったらしい。


(でも……我慢してる時に楽しそうな所見せられちゃうと、やっぱり嫉妬しちゃうなぁ……)


 そんなアリサの心中での葛藤をよそに、ケンは話を続ける。

  

「それと、普通の人は想い人が異性と話しとるならまだしも、同性と話してて嫉妬するなんてねぇんやわ。その域は、もはやヤンデ……やっぱなんでもあらへん……」

「分かってるよ……」

 

(私……やっぱり普通より重いのかなぁ……)


 アリサはビニールレザーで覆われたソファの冷たさを背中に感じながら、一度軽く伸びをした。

 確かに自分でも少しばかり愛が重い方だという自覚はある。だが、それと同時に自分ではまだ大丈夫なラインだと思っていのだが……。


「でもしょうがないじゃん、あんなにかっこいいユウスケ君を独り占めしたいっていうのは人類全てが考えるレベルのことでしょ?それだというのに私はその気持ちを頑張って抑えてるんだよ。でもそれをいい事にユウスケ君に近づいていく悪い虫さん達はやっぱり許せない。それが男の子でも女の子でも関係なく、ね。あー、ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるい。私だってもっとユウスケ君と仲良くなりたいのに話したいのに。もうやっぱり同居しかないのかな……いやでもやっぱりユウスケ君の意思も尊重しないと——」


 アリサは感情がダダ漏れになっている事に気がついていないようで、しばらくの間そのままボソボソと独り言を呟いていた。


 そんな時、テーブル上に置かれたケンのスマホが軽快な通知音をたてた。わざとらしくスマホを持ち上げ、これまたわざとらしく反応するケン。


「あ、あー。悪いミナコからだわー。先帰らせて貰うでなー」


 棒読みな言い方も不思議だが、どうしてケンは気まずそうな表情をして目を背けるのだろう?


 ケンには同じ部活に、桜庭さくらばミナコという彼女がいる。アリサ自身も「アリちゃん」「ミナちゃん」と呼び合うほどに仲がいいのだが、どうやらその彼女からお呼び出しを受けたらしい。少し聞いてみたいことが浮かび、アリサは荷物をまとめ、帰る準備をしているケンに尋ねてみた。


「ねぇケン君……恋人がいるってどんな感じなの?」

「どうって?まぁ……色々あるけど総合して幸せやな」


 少し頬を赤らめながらそう語るケンはとても幸せそうに見えた。


「……ともかく、お前らは色々拗らしとんのや!もはや見てるこっちが焦ったいわ!俺はいつでも力になるからなんでも頼んでくれや、ほな」


 そう言うとケンは昔から変わらない無邪気な笑みを浮かべ、親指を立てる。


「そっか……ありがとう。ミナちゃんにもよろしく伝えて」


 何気ない会話をした事で、アリサは心が少し軽くなったように感じた。が、やはり少し寂しい。昔はああやって和気藹々と話す輪の中にユウスケもいたのに、今はもうここに彼がいないのだから。



——



 どんな選択肢を選ぶ事が最善なのか。その答えが見出せないまま時間は過ぎて行き、とうとう文化祭の二日目の昼時を迎えた。


 考えた結果、タイミングなど諸々の条件が合うのであればユウスケに自分の想いを打ち明けてみようと考えている。が、今朝ユウスケにお弁当を渡した時も緊張のあまり卒倒しそうだったこともあり、上手くやれる自信も全くと言っていいほどにない。


 

***

更新が遅くなってしまい本当に申し訳ございませんでした。



 

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