第二話 ギャルゲーみたいな現状はモブに厳しいリアルです
それは今日の昼過ぎの事だった。
——
午前中の仕事が一段落して暇になったユウスケは、中庭のベンチで池の中で泳ぐ鯉たちをぼんやり眺めながら、アリサお手製のお弁当を味わっていた。最近はアリサや話すようになったクラスメイト数人と一緒に昼食を摂る事が増えたせいか、久しぶりの一人に少し寂しさを感じている。
(ちょっと前までは一人の方が楽だと思ってたってのに……不思議だ)
少し離れた位置にある自販機の前でたむろしている人達の会話をユウスケの耳が捉えたのは、そんな事を考えていた時だった。
「それより、お前聞いたか?俺、さっき木澤の奴が話してたのを聞いちまったんだが、マサヤのやつ今日中にアリサさんに告白するつもりらしいわ」
卵焼きを掴もうと動いていたユウスケの箸はピタリと止まった。
「え、マジで!?……え、でもアリサさんって霞ヶ浦と付き合って無かったか?」
「いや、あれデマらしいわ。この前霞ヶ浦本人が否定してたわ」
どうやら二人は少し離れたベンチにユウスケが座っている事に気がついていないようだった。
(……マサヤって、石原の事……だよな?)
今まで少ししか話した事が無いユウスケですらも好印象を抱いている。そんな石原が、この後アリサに告白しようとしているという事実は、ユウスケが自分の感情から逃げる理由にするのには充分すぎた。
自分よりも石原の方が優れているのは紛れもない事実なのだから。
アリサはおそらく石原の告白に応じるだろう。
「あ、そうなん?いーなー、俺もアリサさんみたいな彼女が欲しい」
「その体型で言うか?お前はまず痩せろよ、話はそこからなんだわ。あとお前——」
彼らの声が遠ざかって行くのを感じながらユウスケは再び箸を口に運び始めた。不思議と何も感じない。
ただ、胸がぽっかりと穴が空いたような感覚だけが気がかりだった。
——
「やぁ、ユウスケ君奇遇だね。君もここで食べていたのか」
もう少しでお弁当を食べ終わると言うところで、突然声をかけられた。
「何?」
「へぇ、今日も佐川さんにお弁当作って貰ったんだね。ちょっと見せてよ」
石原はユウスケの近くに歩み寄り、ユウスケごと上から弁当を覗き込む様な格好で耳元に囁いた。
「クソ陰キャが勘違いしてんじゃねぇぞ……お前はアリサに同情してもらってるんだ」
突然の声色が変わりように、鳥肌が立つ。石原の顔は見えないが、声だけでも自分を威圧しているのだと十分理解できた。
「知ってるさ、それぐらい……」
あくまで平常心を保ちながらユウスケは言葉を返す。
「俺は今日アリサに告白するつもりだ。……邪魔すんなよ?」
「そもそも俺に止める権利なんてない」
「だっせぇな……人殺しユウスケ君、俺を恨んで殺したりしないでくれよ?」
気味が悪い引き攣った笑い声が耳元に響く。
「……」
何も言え無くなって黙りこくるユウスケに、石原はさらに追い打ちをかける。
「それと、来週からその弁当は俺の分だ。分かるよな……未練がましいことすしてんじゃねーぞ?」
「……分かってる」
そこまで言うと石原はユウスケから離れた。
「じゃあユウスケ君、またね」
去っていく石原はいつもと同じ笑顔を浮かべていた。
(そうだよな……身分違いだよな)
まだ残っていた何かが完全に壊れた。
気がついていたはずなのに、まだどこか期待している自分がいた。ようやく分かった。これは切り捨てるべき感情であり、抱くことすら許されない感情だったのだ。
ユウスケは乾いた笑い声を出したが、その目からは光が失われていた。
——
自分の想いを完全に切り捨てたユウスケは、その感情をぶつけるかのように午後のシフトに没頭した。人間というのは不思議な生き物で、忙しくしている間は余計な事を思い出さないらしい。
ただただ、何も考えずにお客さんを案内して、はぐれてしまった小さい子と一緒に親御さんを探し、またお客さんを案内して——
そんな事をしていたら、気がつけば文化祭はあっけなく終わっていた。
いつの間にか打ち上げ零次会のようなゆるいムードが漂わせているクラスメイト達を
ほんの数十分前まではクラスの出し物の一部だったはずの装飾類は、早くもそのほとんどが元の面影が残らない残骸と化している。集めたゴミを大きめのビニール袋に詰めながら、文化祭が終わってしまうという現状になんとも言えない感情を燻らせていた。
今はただ、この感情をゴミと一緒に袋に詰め込みたかった。
突然、誰かがユウスケの肩を叩く。
「おっすユウスケ。ここにいたんか、探したんやで」
顔を上げるた先には見慣れた笑顔があった。
「ケンか。おつかれ、どうした?」
「そっちこそ、お疲れさん。突然やけど、お前この後予定あるんか?あとちょっとしたらクラスのみんなで打ち上げ行こって話になっとるんやけんど、どお?」
どうやらこの後クラス全体で打ち上げをするらしい。
だが、ユウスケはあまり気が進まなかった。正直、今の精神状態的に耐えられる気がしなかった。クラス全体の集まりともなれば、クラスの顔とも言えるアリサと石原はきっと来るはずだろうから。
だからユウスケは咄嗟に嘘をついた。
「ケン、俺実は文化祭終わったらゲーセン行くって前から決めてたんだ。せっかく誘ってくれたのに申し訳ないけど……今回はパスで」
無理矢理笑顔を作りながら、ユウスケは出来る限り明るい声を心がけて答えた。それと同時に、数少ない大切な友人であるケンに嘘をついたという事実に胸が強く締め付けられる。
「えー、ワイは絶対に来といたほうがええと思うんやけどなぁ……。ゲーセン行くより楽しいって!だから……な?」
ユウスケはケンに違和感を感じた。いつもこういう時、ケンは引き下がってくれるのにわざわざ突っかかってくるのはおかしい。
「申し訳ないけどちょっと無理だわ……また次の機会で行くから」
ユウスケの口調が少しキツくなるが、それに怯む事なくケンも続ける。
「そう言わんといてや。なんならほら、来てくれるんやったらワイがなんかうまいもんでも奢ったるで?」
この会話に少しずつクラスメイトからの注目が集まりつつある事もあり、ユウスケも少しずつケンを面倒に感じ初めていた。
何故ケンがそこまでして自分にこだわっているのか、理解できなかった。
(俺なんて……いてもいなくても変わんないだろ……)
「要らねえよ、そんなの……お前しつこいな」
「頼むて……ワイはお前ともっと仲良くなりたいんや」
言葉の節々に嘘臭さを感じる。
「知らねぇよ……」
「あ……せやユウスケ、きっと——」
(まだ続くのかよ……)
いい加減、ユウスケは我慢の限界だった。
***
明日も十八時に更新します。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます