黒キ剣聖〜転生しても俺だったんだが、それどころじゃなくてなんか周りにヤンデレが多すぎるんだが!?〜
錦木れるむ(ほぼ活動休止中)
第零章 転生編
第一話 普通科高校の一般生
目に映る景色がぼやけ、体のバランスが崩れる。まるで、立ちくらみを起こした時のような感覚だ。段々と線路側へ落ちていくその状況にはパニックを起こしそうなものだが、
「あばよ……!霞ヶ浦!」
そんな声が耳に届いた時にはユウスケはとっくに諦めていた。直感的にもう助からないと理解していたのだ。その時には既に、彼の目前に電車が迫っていたから。
自分の事を突き落とした人物が誰だったのか最後に確認しておこうと、彼は視線を後ろに送る。
視界に入ったその人物は——
——
『まもなく、二番線を快速電車が通過いたします。黄色い線の内側までお下がり下さい……』
(……あぁ、うるさい)
霞ヶ浦ユウスケはなんともいえないような苦笑いを浮かべながら、帰りの列車を待っていた。
周囲の音に対して、普段彼はなんの感情を抱くこともない。だが、今日に限ってひどく耳障りに感じていた。こんな風に心がささくれになっている時にはイヤホンで音楽を聴けたらいいのかもしれないが、電池が切れて使い物にならないのは既に確認済みだ。
考えないように心がけているのに、どうしても余計な事に頭を使ってしまう。終わった事だと頭では理解できていても、まだ心が追いついていなかった。なぜ人間はどうにもならない事に執着し続けてしまうのだろうか?
一週間の終わりの日であるのと同時に、捉え方によっては始まりの日でもある日曜日。普段であれば昼過ぎまでユウスケを夢の世界に滞在させてくれるこの曜日ではあるが、今日に限っては違った。
というのも、今日は彼の通う高校で開催される文化祭の二日目にして、最終日だったのである。
この文化祭の最終日のタイミングで彼は学校内でずっと想いを寄せていた
——
話は高校入学直後まで遡る。当時、人間関係で色々あった中学校時代に疲れていたユウスケは高校では他人に下手に干渉しない事にして過ごしていた。全ての授業を適当にこなし切って、放課後は黙々と部活に取り組む。幼少期から続けていた剣道は、面倒な事を忘れせてくれる。それで満足しているつもりだった。
そんなユウスケの停滞して日常に割り込んできたのが、アリサだ。
始まりは、入学から一か月が経った頃。ユウスケがいつもと同じように昼食を栄養ブロックで済ませようとしていた時だった。
「ユウスケ君、お昼ご飯毎日それだよね?ダメだよ、ちゃんと食べなきゃ」
それまで大して話したしたことも無かったアリサに突然咎められた事は印象的で、ユウスケは今でも鮮明に覚えている。
「え……いや、結構これでも充分だよ」
適当にやり過ごそうとするユウスケに、アリサはブレなかった。
「ユウスケ君は剣道部だったよね?だったら尚更しっかり食べなきゃだよ」
「……まぁ、そうかも。気をつけるよ」
そうは言ったものの、結局翌日の朝登校したユウスケの腕には、いつもと変わらないコンビニのビニール袋がぶら下がっていた。それを見ていたのか否か、昼休みの入った直後栄養ブロックの箱を取り出したところで彼はアリサに声をかけられる。
「またそれ買ったの?これ……作って来たから良かったら食べてよ。いらなかったら残してそのまま返してくれても大丈夫だから」
アリサから手渡されたのは、巾着袋に入ったお弁当だった。急な事に事態をうまく飲み込みきれなかったユウスケは「ありがとう」と言って受け取ることしかできなかった。
流石に貰ってしまった手前、食べない訳にもいかずユウスケのその日の昼食はアリサのお手製弁当となった。
昼休みの終わり、ユウスケは空になった弁当箱をアリサに渡した。
「その……ありがとう。美味しかった」
「よかった!あのさ……もし明日も……。ううん、明日からも作ってきたら食べてくれたりする……?」
「う、うん……」
——その翌朝も、そのまた翌朝もアリサからお弁当を手渡されるようになったユウスケは、しばらくも経たないうちにコンビニへ寄らなくなった。
好意に甘えるばっかりなのは申し訳無く思い、お金を払わせて欲しいと頼んだユウスケにアリサは首を横に振った。
「お金なんていらないよ。私はやりたい事をやってるだけだし」
「じゃあせめてなんかさせてくれ。流石にして貰うばっかりは申し訳ない」
「うーん……だったらさ、今日から部活の後一緒に帰ってよ」
こんな風に、日に日にアリサと関わる機会が増えていった。
最初こそ、ユウスケはアリサの事をおせっかい焼きな人だとしか思っていなかった。しかし、毎日欠かさずに自分の事を気にかけてくれるアリサに彼は少しずつ、でも明確に惹かれて行く。
美しく長い茶髪と整った目鼻立ちをしていて少しそそっかしいアリサは、入学当初から男女を問わず人気だった。普段あまりクラスメイトと話すことの少なかったユウスケでもアリサの話はよく耳にした程だ。
だからこそ、彼の疑問は深まって行くばかり。自分と一緒にいる機会が増えたせいで、しばらく経つと「霞ヶ浦とアリサは付き合っている」なんていう根拠のない噂まで立っていたぐらいだ。何故これと言った価値もない自分にアリサは関わり続けてくれるのか。
一度、一緒に帰っている時にユウスケはアリサに尋ねたことがある。
「佐川さん、なんでそこまでして俺の事を気にかけてくれるんだ?なんて言うか、君が得られる物なんて無くない……?」
しばらく考える素振りを見せたアリサはその吸い込まれるような瞳でユウスケを捕らえて、微笑んだ。
「急にどうしたの?特に理由なんてないよ。ほら、人が何か困っていたら助けるのは当然のことでしょ?…… それはユウスケ君が一番よく知っているんじゃないかな……?」
「そっか……いつもありがとな」
「どういたしまして!そういえばユウスケ君来週末、剣道の大会でしょ?もしよかったら——」
「誰よりも一番よく知ってるんじゃないかな」、その言葉に引っかかりを覚えていたが、ユウスケはそれ以上追求する事は出来なかった。何よりも、今あるこの関係が拗れてしまう事をユウスケは恐れたのだ。
そう、その頃にはとっくにユウスケは自分の感情が「恋」である事に気づいていた。もちろん分かってはいた。学年のアイドルと言えるようなアリサと、なんの取り柄もない自分では釣り合わないことぐらい。
でも、分かっていたとしても好きにならないでいられるはずがなかった。その気持ちを抱えたまま、アリサに関わり続ける事にユウスケは限界を感じていたのだ。日に日に気持ちが高まり、一つずつの言動が少しずつだが着実におかしくなっていく自分がいたから。
そうして長い間悩んだ末に、この文化祭でユウスケはアリサに告白しようと決心した。これで例え振られたとしても、素直に諦めがつく。そう思っていた。
だけど、現実とはいつも無慈悲なものだ。それを許してくれることはなかった。
***
明日も更新します
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