第三話 とある少年の人生終了

「悪いんだけど、今日はお願いだから一人にしてくれ。今日、多分疲れたんだと思うわ、俺。誘ってくれたのに、ほんと……ごめん」


 また何かを言おうとしているケンの言葉を遮るように、ユウスケは近くで自分達の同行を見ていたクラス委員の女子に声をかけた。


「高橋さん、ゴミ処理終わったから俺帰るね。……お疲れ様」

「え、あ……ありがとうございました。お疲れ様です」


 荷物を纏め、教室を出たユウスケは再びケンに遭遇した。どうやらユウスケが出てくるのを待っていたらしい。


「すまんな。その……色々……」

「ケンが自分を責めないでくれ。俺の問題だよ、ごめん」

「お前も悪うない。マサヤの奴、お前にあんな事——」


 ケンが何を言おうとしているのか、ユウスケはなんとなく察した。おそらくケンはあの時の石原の言葉をどこかで聞いていたのだろう。


(もしかして……さっきの異様なテンションの高さも俺を励ますために……?)


 そんなケンに八つ当たりをしてしまったと思うと、ユウスケは自責の念で胃が割れそうになった。


「ありがとう。でも、もういいんだ。あと、嫌じゃなかったらでいいけどさ……これからも仲良くしてくれると嬉しい」

「……おう、今度とびっきりの店教えたるから……一緒に行こか。佐川さんも一緒に」


(やっぱりコイツには全てお見通しってことか……。どこまでいい奴なんだよ、お前は……)


 昇降口まで送ってくれたケンに感謝の言葉を告げ、ユウスケは学校を後にした。

 くだらない八つ当たりしてしまった自分への自己嫌悪が脳を埋め尽くす。駅へと向かう上り坂は、いつもよりも傾斜がきついように感じた。



——



(……もう、何もかもが、どうでもいい……)


 自己嫌悪に走るだけで何もできやしない無力で臆病者な自分の事が、大嫌いだ。もう何も考えたく無いのに、脳はユウスケの感情を無視して次々と後悔という名の刃物を投げつけて来る。


 「俺なんて……別にどうなったっていい」


 ユウスケは不意にそんな言葉を呟いていた。その途端、光を失っていたユウスケの目は何かを悟ったかのように動きを止める。


(何故、忘れていた……?)


 簡単なことだったのだ、全て「そういう物なんだ」と妥協してしまえばいい。アリサが関わって来てくれるまではそうやってずっと無駄な感情は潰してきたのだ。アリサの示してくれた生き方はモブキャラでしかない自分には許されないものだった、ただそれだけのこと。

 これからはアリサの優しさに甘えるべきじゃ無い。


(あの二人が幸せならそれでいい)


 石原があの時放った言葉が全て的確である事は、ユウスケ自身が一番理解している。


(石原はきっと、彼女を幸せにしてくれるはずだ。俺は……素直に祝うべきなんだ。好きな人が幸せであることが一番いい)


 もうユウスケはなんの表情も浮かべていなかった。    


(多くの人のためになるなら、俺が一人で背負い切ればいい、簡単な事だ)


——高校入学以降、アリサが懸命に取り戻してきたはずのユウスケの目の光は消えていた。それどころか、今は色すらも失われ灰色となって何を捉えるでも無く宙を浮いている。


『まもなく、一番線を快速電車が通過いたします。黄色い線の内側まで——』


 そんな業務放送が聞こえた瞬間だった。ユウスケの体はバランスを崩し——



——



  視界に捉えたその人物は笑顔を浮かべていた。今まで見てきた表情からは想像のつかないような、悍ましく歪んだ笑顔を浮かべたアイツが。


(なぁ、なんでお前なんだ?——石原)


 ユウスケは理解することを放棄した。意識が飛んだのはその直後の事だった。



 少年の命の燈が潰えたこの日以降、彼の死という絶望に打ちひしがられた少女の目からもまた、光が失われることとなる。



——



 一体どれ程の時間が経過したのだろうか?気がつくと少年は今まで見たこともないような不思議な場所に立っていた。

 周囲を見回しても見渡す限りの真っ白な空間続いており、何一つ物が見当たらない。その上、無音すぎて逆に酷い耳鳴りもし始めた。


(……なんだよ。一体どこなんだ、ここは)


 電車が目の前にあって、振り返った所に石原がいたところまでは覚えているのだが、何故か少年はそれ以降の記憶を持ち合わせていなかった。


(ってことは……俺はあの時死んだのか?だとすれば、ここがあの世ってやつか?)


 疑問が少年の脳内で巡り続ける。今自分のいるこの場所の事も含め、何かしらの折り合いがつく答えを組み立てようとしてはいる。だが、自分はあの時に死んだのかもしれないというなんの解決にもならない答えを導き出すだけで根本的に何も納得できないまま時間だけが経過していく。


 何も無い空間に知らない声が響いたのはそんな時だった。


「気がつきましたか、霞ヶ浦ユウスケさん。……いえ、霞ヶ浦ユウスケさんと言った方が妥当でしょうかね」


 少年は咄嗟に声の主の方へと振り向く。

 目に入ったのは、一人の女性だった。微妙に青みがかかった綺麗な銀髪と、人間離れしたかのような美しい顔立ちをしている。左髪に着けられた金環日食を模ったような金色の髪飾りがアリサの持つあどけない可愛さとは違った、高潔で凛とした感じの美しさを引き立てている。だが、それと同時に何だか違和感もある、そんな女性が立っていた。


(なんだこの人……何か変な気が——)


 しばらく、ボーっと見つめていて少年はようやく気がついた。

 その女性の後ろに何かが付いていた。いや、生えていると言った方が妥当だろう。まるで、白鳥や天使の羽のような真っ白な羽が彼女の背中にはあった。


(なんだ……羽か)


 一瞬違和感の正体に納得しかけてしまったが、何かがおかしい気がする。少年はまだしっかりと働いていない脳で今一度よく考えてみる。


(……羽?それに、さっきの霞ヶ浦佑介っていう事はやっぱり、俺……)


 少年がその違和感が自分の許容範囲内ではなかった事に気づくのと同時に、自分の死と言う衝撃的な事実を受け入れ始める。


「失礼しました、自己紹介が遅れましたね。私、この度貴方のを担当させていただくこととなりました。ルアンメシアと申します」


 ルアンメシアの声は透き通った水面が風で撫でられているかのような、聞いていて心地よいものだった。


「は、はぁ……」

「まあ、俗に言う女神ってやつですね。早速ですが前世での心残りと、来世についてのご説明を……」


 少年は理解が追いついていないなりに、必死で話を解ろうとしているのだがとっかりの一つも掴めないまま話は進み続ける。


「……」


 とうとう何も言えなくなって黙りこくっているとルアンメシアは、あ!とでもいうかのように口を押さえた。


「す、すいません、置いてけぼりにしてしまいましたね!私ったら、つい……癖なんです。毎回毎回変にカッコつけようとするんですけど、うまくいかなくて……」

「そうですか……」



***

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