第四話 え、人生全て諦めてた俺が転生ですか?
※会話回です。
——
「すいません……。立ったままもなんですし、一度座わりましょうか」
そう言ってルアンメシアが指差した先は、様々な植物に囲まれて小さめのガーデンテーブルと椅子が置かれていた。それどころか、周りもいつの間にかテレビで見たことがあるような温室に変わっている。ガラス張の壁からは山脈に囲まれた高原のような景色も見えた。
真っ白で何もなかったはずの空間が急に様変わりした事に驚きながらも、少年はルアンメシアに促されるままに椅子に腰掛ける。
(冷たい……)
少年は金属製の椅子の冷たさから、この現実離れした現況には似合わないリアリティを感じた。
「どうぞ。熱いと思うのでゆっくり飲んでください」
ルアンメシアはこれもまたいつの間にか用意したティーセットで紅茶らしきものを出した。恐る恐るカップを満たす赤金色の液体に口をつける。
「美味しい……」
「フフッ……よかった」
少し緊張が緩んでしまったのか知らぬ間に声が出ていた。その様子を見てルアンメシアも嬉しそうに微笑んでいる。
(そう言えば、ラノベにこういうシーンあったな。あっちは女神じゃなくて魔女で、お茶もお茶じゃなかったけど……)
「……」
唐突に余計な事を思い出してしまい、思わず握っていたカップの中の液体を覗き込む少年。少なくともしっかり紅茶の風味と味もするからこれは紅茶……のはずだ。
一息ついたところで、ルアンメシアが口を開いた。
「先程は取り乱してしまいすいませんでした。まずは、転生についてお話ししますね」
「……はい」
少年自身、思うところもあったのだがひとまず話だけでも聞いてみる事にした。
胡散臭い話ではあるが、先程の虚無から温室を作り出した芸当を見てあながちルアンメシアが言っていることも嘘ではない気がし始めている。
「そうですね……まあ、すっっっっっっっっっっっっっっっごく端的に言うと私がめ——いえ、貴方が厳正なる抽選の結果転生する権利を得たと言うことですね」
しっかりとした説明をして貰えるものだと思っていた少年は少し拍子抜けしてしまった。
「……すっっっっっっっっっっっっっごく端的にざっくりなんですね」
思考停止状態で少年もルアンメシアが言った事を復唱する。
「いえ、今の言い方だと『っ』が二つ足りていませんね。正しくは、すっっっっっっっっっっっっっっっごく端的にざっくりです」
どうやらルアンメシアはどうでもいい事にこだわるタイプらしい。
(「っ」の数なんてだれも気にしないだろ……)
「はぁ……そうなんですね」
「もっとしっかり言うと魂の選別が行われて、次に適正診断があってとか色々あるんですけどね……。まあ、ぶっちゃけ私もそこまできちんと把握してないので。アハハ……」
どうやらルアンメシア自身も正確にはどのように転生の権利を得る事になっているのか理解していないようだった。その事に少し呆れた少年はルアンメシアにバレぬよう小さめのため息を吐く。
(誰だよ、こんなポンコツに女神なんて役職与えた奴は……案外たるんでるものなのか?神様界隈ってのは)
「あの、一ついいでしょうか?」
そこで最初から聞こうと思っていた事を尋ねてみる事にした。
「はい、なんでしょう?」
「この転生って義務ですか?」
「そうだけど……もしかしてあなた、転生を辞退する気なの……?」
「ええ、そうなりますね。ありがたい話ですが、俺にはもう生きたいという願望はないので。だれか他に必要としている人にでも譲ってあげてください」
ルアンメシアの口調がタメ口になった事を疑問に思いつつ、本音をぶつける。
「……ないで」
「今なんて……?」
「ふざけた事言わないでって、言ってんの!」
突然の口調の荒れように少年は困惑を隠せなかった。
「え……なんですか急に……」
「あーもうっ!ばか!言わなかった私が悪いとはいえ、流石にちょっと頭にくるわ」
そう言ってルアンメシアは勝手にイライラしている。
「どういう事なんだ?何が何だかさっぱり分からない」
いつの間にか少年の言葉遣いも友人相手に話す時のように変わっていた。
「私はね?あなたには幸せな人生歩んで欲しかったの。あんなことで死んでほしくなかったから、お偉いさん方に貴方を転生させてあげて欲しいって直談判したんだけどダメって言われちゃって。だから私は言ったの。女神をやめてもいいからせめてこの人を転生させてあげてください……って……」
「つまり……俺には本来転生する権利すらなかったのに、お前が自分の女神としての人生を肩代わりに俺にその権利を与えたと」
どうやら少年の考えは当たっていたらしく、ルアンメシアは静かに頷く。
「何故そこまでして……」
「聞いて。私はね、実際に出会えたのはついさっきだったけど、ずっと昔からあなたの生き様にいつも勇気を貰ってたの」
唐突にそんな言葉を口にするルアンメシア。
(コイツ……急に何を?)
「私はあなたが壊れてしまった理由は二回とも知っている。それが原因で生きる事に対する執着が無いことも。でもね、あなたは今の自分を否定したがっているけど今と昔であなたは根本的に変わってないのよ」
「っ……!」
触れないようにしていた事を突きつけられ、少年は何も言えなくなる。
「今も昔も変わらずあなたの根底に存在しているのは常に他者を気にかけられる優しさよ。そんなあなたのことが……私は好きなの……!」
ルアンメシアがテーブルから乗り出し、手が動く。その両手はまもなく少年の顔を包んだ。
「佐川アリサが一度壊れてしまったあなたを癒してくれたことも、そんなあの子にあなたが好意を寄せているのも理解しているわ。別にそれを羨む気持ちはあっても妬む事はない。ただ……彼女の事を思い出す時に、少しでもいいから私のことも思い出して欲しい、それだけでいいから……」
何故ルアンメシアがここまで言うのか、少年に一つの仮説が生まれる。
「お前まさか、女神をやめるっていうのは……」
「流石鋭いわね……そう。女神をやめるというのは私自身の存在が消失する事を意味するわ」
「……じゃあ尚更俺は転生なんかしなくて——」
そう言いかけた次の瞬間、頬に痛みが走る。
(痛って……!)
突然の痛みに、少年は自分がルアンメシアから平手打ちをされたのだと気がつくのに少しだけ時間を要してしまった。
「な、何すんだよ急に……!」
「ばか!ばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばか!」
何回も「ばか」と連呼され、少年は少し怯む。
「なんだよ……」
「ばかって言ってるの……!私だって本当はこの仕事を率先してやめたいわけじゃない!」
「だったら——」
しかし、反論しようとした少年の言葉はすぐに遮られた。
「でもね!?さっきも言ったけど私はあなたのことが好き!……好きな人に幸せな人生を生きて欲しいと望むのはそんなに駄目な事?ねぇ、選んで……縋る過去か。それとも、自分で掴む未来か……」
ルアンメシアが下を向いて俯く。その肩がプルプルと小さく震えているのを見ていた少年は咄嗟に立ち上がってルアンメシアを抱きしめていた。
自分でも何故そんな事をしたのか理解できないまま、時間だけが静かに経過して行く。
***
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