第五話 ノーポンコツ・ノーメンヘラ

「……いいのか?俺なんかのために……」


 ルアンメシアはあまり気にしていないような素振りをしてはいるが、自分の存在が消えてしまう事への恐怖は少なからずあるはずだ。自分に転生する権利を与えたせいで、ルアンメシアがそんな事になってしまうのは流石にいたたまれない。

 「やっぱりごめん」と言ってくれる事を少年は願う。


「いいの!あと、俺なんかって言うのはもう禁止。全く、あなたはどんだけ自己肯定感低いのよ」


 しかし、ルアンメシアの答えは変わらなかった。今はただ、この笑顔を見るのが辛い。この厚意を受け取る事がルアンメシアの望む事なのに、それをする事がルアンメシア自身の幸せには繋がらないという、ジレンマに近い何かが少年を苦しめる。


「じゃあせめて……何かさせてくれ。俺にできることだったらなんでもいい」

「んーじゃあ……」


 ルアンメシアはしばらく何か考えるような表情をした後、突然少年の頭を引き寄せ、そのまま口づけをした。驚きのあまり、少年の脳はフリーズする。

 十秒ぐらい経っただろうか。


「これでいいよ、ありがと……」


 恥ずかしそうに顔を赤らめるルアンメシア。もちろん、少年にとってそれはファーストキスだった。少年はほんの少しだけ、ルアンメシアに対してドキドキしてしまっていた。


(……気まずい)


 椅子に座り直した少年は、そこで一つの可能性を思いつく。ちょうど今の変な空気を変えようとしていた少年は口を開いた。


「なあ……転生についてなんだが……異世界転生によくある事だけどさ、向こうの世界に何かを持って行く事は可能なのか?」

「まぁ、ある程度制限はあるけど……出来ないことはないわ。何か持って行きたい物でもあるの?」


 突然の話に理解が追いついていなさそうな表情を見せるルアンメシア。もし、少年の考えている事が可能なら、ルアンメシアのがどうにかなるかもしれない。


「ルアンメシア……女神を持って行く事は可能か?」

「え……できるけど……。待って、それって私の事!?」

「そうだ。行こう、俺と一緒に異世界へ」

「わわわわ……私が!?あ、あなたと?」


 目に見えてあたふたし始めるルアンメシア。よほど困惑しているのだろう、発する言葉まであやふやだ。かく言う少年の耳も赤くなっているのが見えなくもわかるほどに熱かった。

 しかし、こうでもしないとルアンメシアは消滅してしまうのだから、背に腹はかえられない。


「い、行くよ!?行くけどさ……その……いきなりだったから……」


 ルアンメシアは相変わらず困惑しっぱなしだが、どうやら来る気はあるようだった。


「そうか、よかった」


 ひとまず安心だろう。


(色々としてもらったのに俺は彼女に何も返せない。その上、相手を見殺しにする事は……俺にはできない)


「で、でもね……一つ条件が!」


 ルアンメシアがそんな事を言い始め、一瞬にして嫌な想像の数々が少年の脳を駆け巡る。

 ありえん量のみかじめ料を定期的に払わされたり、こき使われるのだろうか流石にそんな事はないだろうと信じたいが、少し怖い。


「まあいいけど……なんだ?」

「転生したらさ……その、私と結婚して」


(なんだそんなことか。そんなのだったらいくらでも……って、?)


「は?」


予想とはかけ離れ過ぎた答えに思わず少年は声が出てしまった。


(結婚……?こいつ今、結婚って言ったよな?)


 いくらなんでも飛躍しすぎた要求に少年は流石に聞き違いを疑う。


「今なんて……?」

「結婚してって言ったの。なんかその、人の結婚生活とかを見てたらなんか羨ましいな〜とか思って……。だめ……?」


 ルアンメシアが期待に溢れた上目遣いで見つめてくるが、少年は返答に困った。一度、今ままでの話の流れをざっとまとめるとこうなる。


 理由も分からないまま死亡して、転生することになり、ルアンメシアが自分のことが好きだと知り、結婚を申し込まれる。←今ココ


(全部やばいけど、一番最後だけ一際意味不明すぎるだろ……)


「えーっと、ルアンメシアさん。俺とお前は今日初めて会ったわけだよね。流石に急すぎない……?」


 少年の言葉にルアンメシアは頬を餅のようにぷくーっと膨らませる。


「私の初めて奪ったくせに……!責任とってよ!」


 どうやらルアンメシアにとってもあれはファーストキスだったようだ。

 それはそうと、その言い方だと色んな意味で誤解を招く気がする。そもそも、奪ったというよりも少年がルアンメシアに唇を奪われたと言う方が正しい。


「おいおい……そっちが一方的にしてきたんだろ……?俺には責任無い——」

「うるさい!今はそんな事関係ないでしょ!実際、私の初めて奪ったじゃない責任取りなさい!」


 ルアンメシアはそう言いながら、「女の敵!責任取れ!結婚!」と大きく書かれたプラカードをこれまたどこからともなく取り出して掲げた。


「おい、ちょっと暴論過ぎじゃ——」

「それだったらキスされた時に、拒めばよかったじゃない。あなた拒んだ?」

「いや、それはいきなりのことで——」

「言い訳よね?」

「えっと——」

「逃がさないわよ……?」


 少年が何か言おうとするとする度にルアンメシアにあっけなく潰される。

 

(なんなんだよさっきから……目が笑ってないし)


「結婚、するわよね?」

「——はい」 


(承諾せざるを得ない状況に追い込んで仕留めるって……メンヘラかよ……)


 最早「ルアンメシア」から「メンヘラシア」に改名した方が良いのではないだろうか?


「え、えへへ……遂に……遂に婚約しちゃったぁ!女神辞めてでも転生権ゲットして本当に良かったなぁ……やっぱり好き。(行こう、俺と一緒に異世界へ)ってずるいよもう、惚れ直しちゃうじゃん。あ、でも転生する前に(霞ヶ浦ユウスケかっこいい所集)の録画全部処分しとかないと……。もったいないけど転生したら毎日いくらでも匂いクンクンし放題なわけだし、こっちの世界からだとできなかった髪の毛の収集もやり放題だよね……!待ってじゃあ……脱いだ下着とかも……。あ、あと逃げたりできないように既成事実も早めに作らないとだよね。じゅるり……うん、それがいいね。子供もいっぱい作ってサッカーチーム作らないと……。はぁ、好き。好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き」


「コノコウチャ、オイシイナァ……」


 さっきからルアンメシアが何か物騒な事を呟いているような気がしたが、少年はそれを聞き間違いだという事にしておいた。何故かカップを握る自分の手が震えている事を疑問に思いながら少年は紅茶を啜る。


 とりあえず転生したら身の回りの物が急に無くなったりしないよう、細心の注意を払う事にしようと少年は固く決意するのだった。



***

メンヘラって怖いですね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る