第七話 異世界転生と残され少女の過去追想

※中盤からはアリサ目線の番外編です。

——


「それじゃあ、もうそろそろ行きましょうか」


 そう言ってルアンメシアが指パッチンをすると、テーブルの上に広げられていたティーセットは跡形もなく消失していた。

 唐突に目の前にあった物が消えるという現実離れした現象に少年は少し戸惑う。


「あ、ああ……。……最後に一つ聞いておきたい事があるんだが、いいか?」

「ええ。答えられる範囲内でならね」


 聞いておくべきことなのか、否か。少年自身も未だ分からずに躊躇しつつ、尋ねた。


「何故俺は石原に殺されたんだ……?」


 途端にルアンメシアの表情が曇る。辺りを包む空気も、一瞬にして張り詰めたものへと変わった。


「それは……ごめんなさい。話せないの、これは規則だから……」

「いや、気にしないでくれ」


 知りたい気持ちはあるが、同時に規則であるならばしょうがない事だとも少年は理解していた。


(過去に縋るよりも未来……だよな)


 少年は立ち上がり、ルアンメシアへと手を差し伸べる。


「……行こう、ルアンメシア」

「……そうね!」


 ルアンメシアも、それに応じるように少年の手を掴み、チカチカと点滅する非常口マークが掲げられたドアへと向かう。何故かは分からないが、少年は直感的にここをくぐると全てが始まる気がした。

 ドアのノブを掴もうとすると、隣のルアンメシアが口を開く。


「転生してからしばらくは今の記憶がないまま過ごす事になる。記憶が戻るのは、転生してから十年後よ」

「……分かった」


 ルアンメシアは穏やかな笑顔を浮かべていた。


「必ずまた会いましょうね、十年後に」


 頷いてドアを開いた直後、視界が強い光に包まれる。すると、少年の意識は少しずつ吸い込まれるように落ちて行った。



——



 人生は思った通りにはいかない、そんな事はとうに理解しているつもりだった。しかし、どうしても受け入れることが出来ない。

 佐川アリサは立っていられず、駅のホームに崩れ落ちる。

 

 ユウスケを霞ヶ浦ユウスケたらしめる優しさ。その優しさが再びユウスケ自身を壊してしまった。



——



 ユウスケとアリサの出会いは今から10年程遡る。


 当時から既に、アリサには両親がいなかった。

 アリサが物心つく前に、二人とも交通事故で亡くなってしまったらしい。二人の死後、アリサを引き取ってくれた祖母はお金周りの面倒は見てくれた。

 しかし、祖母はアリサに一切の興味を示さなかった。どれほど良い成績を取ろうと、どれほど何かに打ち込んでもそれは変わらなかった。

 後から知った話だが、祖母は自分の娘と駆け落ちした男との間にできた子であるアリサの事を酷く嫌っていたそうだ。


 しかし、当時まだ小学生だったアリサにはそれが分からなかった。祖母が自分の事を「いらない子」と呼んでいるのを聞いてしまっても、諦め切ることができなかった。

 だが、どれ程頑張っても祖母に認められない。家の使用人やクラスメイトにも認められず、理解されない。アリサの目に映る世界はどんどん光を失って行った。自分に自信がなく、生きる気力を失っていたアリサは、クラスの男女数人にイジメの標的にされた。

 上履きを隠され、ランドセルにイタズラをされ、教科書に落書きをされ……。バレない程度の嫌がらせをアリサは誰に相談することもできなかった。誰にも迷惑をかけたくない、これ以上弱いと思われたくない、その一心でアリサは嫌がらせを一人で背負い込み続ける。笑顔を絶やさず。

 

 そんなある日だった。


 日直だったアリサは担任にお願いされたノートを運んでいた際、イジメっ子の一人に足を引っ掛けられ、ノートを全て落としてしまった。すかさず拾おうとするも、他の誰かがノートを踏み付けて拾わせてくれない。

 どうすればいいのか分からずそのまま唖然としてた。


「やめろ」

「邪魔すんな霞ヶ浦!」


 突然、ユウスケがノートを踏みつけていた者を無理矢理押し退けた。退かされた者は抗議の声を荒げるが、ユウスケは冷静に吐き捨てる。


「お前さ……恥ずかしくないの?」

「うるせぇ!コイツ、そもそも気に入らないんだよ!」

「そうそう。いつもニコニコしてて気持ち悪いし……」


 他のいじめに加担していた者達も、口々にアリサに対する理不尽な不満をぶつける。


「へぇ……じゃあ気持ち悪かったら何してもいいんだ……?」

「それの何が悪いの?悪い所があるから


 男子の一人が自信ありげに、狂った正義を振りかざす。


「なるほど……ね……」


 ユウスケが不敵な笑みを浮かべた直後、彼の拳がその男子の頬にめり込んだ。その男子はふらりとよろけて、そのまま壁に衝突する。


「な、何すん——」

「何って、イジメをしてるのが悪い所だから。異論あるか?」


 有無を言わさぬ正論で言葉をねじ伏せたユウスケは。教室にいた他のクラスメイト達に対しても怒りを露わにした。


「お前達も何故止めない……恥を知れ!いいか、これからアリサに手を出した奴は……僕の敵だ!」


 ユウスケはノートをそのままにアリサの手を掴んで廊下に駆け出した。それ以降の事はもう覚えていない。ただ、あの時に見た前を走るユウスケの背中と「ごめん、気づけなくて」という言葉は今でも強く記憶に残っている。

 当時、クラスの中心的な立ち位置にあったユウスケの影響力もあってか、次の日からイジメはピタリと止んだ。


 それからアリサは、ユウスケと過ごすことが多くなった。毎日一緒に登校したし、放課後はどちらかの家で宿題をしたり遊んだりもした。

 光を失っていたはずのアリサの目は、徐々に輝きを取り戻していく。


(そう……ユウスケ君は私にとってのヒーローだった……)


 ずっと一緒に居たい、アリサがそう思い始めた矢先の小学校四年生の夏、親の都合でユウスケが遠い所に引っ越す事になる。幼いながらも自分の感情が恋だと自覚していたアリサは、ユウスケから引越し先の住所を教えてもらい、手紙のやり取りも続けた。

 だが、中学二年生の冬、突如としてユウスケから手紙の返事が来なくなった。きっと飽きられたのだろうと思った。

 ユウスケ程素敵な人なら、きっと近寄ってくる人間は少なくないはずだ。それでも、いつか再会できる事を願って、アリサは自分を磨くようになる。容姿に気を使うようになり、自分の気持ちをきちんと伝えられるようにし、自立した生活をする為に一人暮らしを始めた。

 全てはユウスケに吊り合える人間になる為に、全てはユウスケと再び会えた時に恥ずかしくないために。

 

 高校入学時、クラス名簿を見た時アリサは飛び上がりたい気分だった。今の自分だったらユウスケの隣に居られる、そう思っていたのだ。


 しかし、再開したユウスケはあの時のアリサのように目の光を失っていた。


 それだけではなかった。ユウスケは何故か



***

実はアリサとユウスケが初対面では無かったという話でした。何故ユウスケは壊れてしまったのか、何故アリサの事を忘れてしまったのか……次回も楽しみに!

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