第21話 我輩 VS. 国宝と称された鍛冶師

 我城に来訪者が現れた。それも何人も。


 しかし彼らは転生者ではない。

 いずれもT国で活動する中で頭角を現し、名を馳せた武人たちである。


 彼らには二つの共通点があった。

 一つは腕っぷしや剣技に自信があること。

 もう一つは扱う武器の性能に自信があること。


 ここで注目すべきは後者の共通点である。

 剣にしろ、槍にしろ、斧にしろ、つちにしろ、いずれも一国に一つあるかないかという国宝級の代物を何人もの来訪者が持っていた。


 その理由は明白。

 T国にそれらを作れる鍛冶師が現れたのだ。


 彼女は女神のギフト《何でも一つだけ願いを叶えられる力》で《史上最高の鍛冶師》になった。


 彼女はあっという間に名を上げ、たくみわざを求めて名のある武人たちがぞくぞくと依頼に来ることとなった。

 その際、うわさというテイで客にいろいろと吹き込み、我輩を討伐するよう差し向けたのである。


 そうとは知らずに我城を訪れた武人たちがどうなったかは言及するまでもないだろう。


 我輩はT国へ瞬間移動し、国宝と称される鍛冶師が経営している鍛冶屋を訪れた。


「いらっしゃい!」


 我輩を迎えたのは、紺色の法被はっぴを着た黒髪ポニーテールの女だった。

 こいつが例の鍛冶師だ。


「この剣を修繕してもらえるか?」


 我輩が鍛冶師に渡したのは、ダイヤモンド百パーセントでできた折れた剣である。

 ダイヤモンドは金属とは違い、一度折れたら元に戻すことはできない。もちろん、我輩ならばそれすらも可能だが。


「これはまた、すごい剣ですね……」


 さすがに面食らっているが、しかし彼女は腰にげていたハンマーを手に取った。

 それからダイヤモンドの剣の破面をつなぎ合せるようにならべ、そこへ向かってハンマーを振り下ろした。


 すると、ピカッと光を放ち、二つの長い塊だったダイヤモンドが一本の剣へと変化した。


「はい、できました」


 不可能と思われた依頼を成し遂げ、ドヤ顔でそれを差し出してきた。

 この鍛冶師には金属結合も共有結合も関係ないということだ。


「うむ……」


 我輩は剣を受け取り、それを下から上へと観察する。


「料金ですが――」


「おい。剣が一センチ短くなっているぞ」


 さっそく料金を請求しようとしてくる鍛冶師をさえぎり、我輩がクレームを入れた。


「それはたぶん、破片がなかったからだと思います。私はあくまで鍛冶師なので、さすがに存在しないものを生み出すことはできません」


「できないなら最初からできないと言うべきではないか? 余計なことをしてくれたな」


 まさかこんな無理難題の依頼をこなしてクレームを入れられるとは。

 この鍛冶師はそう思っている。


 もちろん我輩の目的は、剣の修繕などではなく鍛冶師への嫌がらせである。


「そうは言われましても、この世界に私より優れた鍛冶師は存在しませんよ。私は不可能を可能にしてみせたのですから、それで手を打つべきではありませんか?」


「おい、おまえ、何もかも間違っているぞ。一つ、おまえは不可能を可能にしたのではない。可能になったということは、それは不可能なことではなく最初から可能だったということだ。それともう一つ、我輩が鍛冶師になればおまえより優れた鍛冶師が現れることになる」


 我輩は右手に握るダイヤモンドの剣を垂直に立て、左手の指でコンと叩いた。

 すると、ダイヤモンドの剣はビカッと光って一センチメートル伸びた。


「なっ! 何なんですか、あなたは!」


「我輩は《全知全能最強無敵絶対優位なる者》だ。おまえが倒すべき相手だ」


 さすがに鍛冶師も状況を飲み込み、あとずさった。

 自分の渾身こんしんの武器を売りつけた何人もの客を我輩に差し向け、その全員が失敗している。

 我輩の強さは重々察していて当然だ。


「私が刺客に強い武器を供給しないよう脅威を排除しに来たわけですね?」


自惚うぬぼれるな。それはとんでもない勘違いだ。我輩はおまえに卑怯者であることを自覚させに来たのだ」


「卑怯者? 私が?」


 眉をひそめる彼女は、女神のギフトでいまの地位を手に入れたことを言われているのかと思っているが、そうではない。

 それを我輩が懇切丁寧に説明してやる。


「安全な所から他人を誘導するばかりで、自分はいっさい危険をおかさない。それで使命を果たしていることにしている卑怯者。下心丸出しで容姿の美しい助手を雇い、自分だけは順風満帆な人生を送る気満々でいる卑怯者。我輩という危険な存在を討伐するよう誘導しておいて、きっちりともうけている卑怯者」


「いいじゃないですか! 私は鍛冶師なんですよ!」


「それはおまえが選んだからだろうが。女神のギフトを使えば何にでもなれた」


「私は女ですし!」


「おまえ、転生前は男だったろうが。女神に頼み込んで女になったくせに、なに言ってんだ。それにおまえほどの鍛冶師なら武器を扱う力も申し分なく持っている。おまえが直接我輩を討伐しに出向いてもいいはずだろうが」


「私は国宝とされる鍛冶師です。この国には私が必要です!」


「勘違いするな。本当に必要とされているのは我輩を倒す勇者だ」


 鍛冶師はワンテンポ遅れて自分の化けの皮を剥がされたことに気づき、なりふり構わなくなった。


「うるせーなぁ! 分かったよ。俺がおまえを直々にぶっ殺してやるよ!」


 鍛冶師は壁に掛けてあった剣を取り、剣の腹にハンマーを叩きつけた。


「起きろ!」


「はいよ、ご主人!」


 その剣は鍛冶師が自分のために作っておいた、鍛冶師の考える最強の剣である。

 意思の宿る魔剣であり、剣の心得がなくとも剣が自ら動き最強の剣士になれる逸品。


 我輩はダイヤモンドの剣を構えた。


「そんな飾り物で戦うつもりかよ」


 鍛冶師がそうわめくのも無理はない。

 ダイヤモンドは非常に硬いが、それゆえにもろい。靱性じんせいを有する金属剣と打ち合えば、簡単に折れて打ち負けてしまう。


 しかし、鍛冶師の魔剣と我輩の剣の勝負にそんなことが関係するはずがない。


「おらぁっ!」


「ふん」


 ダイヤモンドの剣が魔剣を斬り飛ばした。

 魔剣の意思は消滅し、斬り飛ばされた魔剣の刃先が鍛冶師の頭部に突き刺さった。


 鍛冶師は両目を見開き、口を大きく開けたまま後ろに倒れた。


 我輩は瞬間移動で我城に戻り、T国に国の形をした高さ二十キロメートルの黒い塊たるモノリスを落とした。


 なお、鍛冶師が差し向けてまだ我城に辿り着いていない刺客がいたが、全員処分しておいた。

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