第05話 我輩 VS. 復讐を企てる追放勇者

 我城にまた来訪者が……現れなかった。


 転生勇者がいないわけではない。勇者の矛先が他へ向いているのだ。


「はぁ……。なんと愚かしい」


 本来ここへ来るはずだった勇者は、転生時に得た女神のギフト《何でも一つだけ願いを叶えられる力》で、「自分では思いつかないような超すごいスキルが欲しい」と願い、《異次元収納》にスキル進化することができる《収納》というスキルを獲得した。


 しかし、この《収納》という外れスキルしか持たないという理由で勇者パーティーから追い出され、国からも能力がないのに勇者をかたり支援を不正に受け取ったとして国外追放を言い渡された。


 この追放勇者は国から持ち逃げした金で隣国の奴隷を買い、その奴隷に戦わせて経験値を稼ぎ、スキル《収納》がスキル《異次元収納》に進化したところで、ようやく自分のスキルの真価に気づいたのだった。


 《異次元収納》というスキルは、無限に持ち物を入れたり取り出したりできるのはもちろん、元々入手していなくても望んだアイテムを自由に取り出すことができる。

 それはもはや無から物質を生み出す神がかりてきな所業である。


 追放勇者は自分を追放したパーティーを罠にハメて全滅させ、そして国にも復讐すべく王城に忍び込んでいた。


 自分を透明化する外套がいとうをまとい、スルスルと奥へ進み、国王の間に手をかけた。


 そして、国王の間をゆっくりと開いた。


「ようこそ、勇者君」


 国王の間への扉を開いた先にあったのは、ここ、我城の玉座の間である。

 もちろん、我輩が空間を超越してつなげたのだ。


 勇者は思わぬ歓迎の言葉に戸惑っているが、透明化した自分の存在がまだバレていないと思っているのか、忍び足でそーっと前に進んでくる。


 我輩が国王でないのは一目瞭然だろう。

 なにしろ、白いTシャツに黒い短パンという、庶民でも最底辺のような格好をしているのだ。しかも自分より若いときた。

 ただし、間違いなく玉座であろう高級そうな椅子に足を組んで座っている。肘置きに右肘を立て、右の頬を支えている。


「言っておくが、見えているぞ」


 そう言っても信じないので透明化の外套を燃やしてやると、勇者は慌てて外套を脱ぎ捨てた。


 この勇者は見た目に無頓着で、防具店でテキトーに性能のよさそうなものを買いあさって身に着けていた。異次元収納から自分で取り出すには、防具の性能やデザインを考える頭が足りなかったのだ。

 タレ目な豚ヅラのこいつにはお似合いだ。


「何なんだ。ここは国王の間ではないのか? おまえは誰だ? 国王はどこだ?」


「ここは魔界だ。勇者として異世界召喚されたくせに、いつまで経っても来ないから、無理やり来させたのだ」


「はぁ? なんでだよ! おまえには関係ないだろ。邪魔すんな」


 こいつはとことん性根が腐っている。

 自分を追放したパーティーへの復讐を遂げたときには、「ざまぁ! ざまぁあああああっ!」と狂喜して叫んでいた。


 そして、国王に対しては「いまさら帰ってきてほしいと懇願してももう遅いんだよ」という捨て台詞を吐き捨ててから殺すつもりだったのだ。

 あーあ、セリフまで事前に準備しちゃって。


「おまえさぁ、それ、逆恨みだよ。自分を追放した奴らが狭量きょうりょうだとか思っているようだけど、自分だってスキル《収納》がスキル《異次元収納》に進化するって気づいてなかったじゃん。『自分は荷物担当だから』って言っていっさい戦わなかったから経験値が入らなかったんだよね? 結局は自分の失態、自業自得じゃん」


「そんなのしょうがないだろ! まさかスキルが進化するなんて思いも寄らなかったんだから!」


「元をたどればさぁ、『自分では思いつかないような』なんて願うから分不相応なスキルになったんでしょ。ちゃんと自分の頭で考えて女神のギフトを使えばよかっただけの話だよ」


 勇者は「ぐぬぬ」と歯を食いしばった。言い返す言葉が見つからないのだ。


 そのことが分かっているから、我輩はじっくりと待ってやった。我輩がしゃべったらこいつがホッとするからな。


 そうしてたっぷり五分ほど黙りこくっていた勇者がようやく口を開いた。


「過去のことはもうどうでもいい。いまとなっては外れスキル《収納》は最強スキル《異次元収納》へと進化した。俺が世界をしつけしてやるんだ。これは世直しだ」


「何が世直しだ。ただの逆恨み犯罪者が正義ヅラするんじゃねーよ。泥棒した金や異次元から出しまくった金で奴隷をたくさん買うような奴、勇者でも何でもないじゃん」


「いいや、俺は勇者だ。奴隷は丁重に扱っているし、俺といれば幸せになれるんだから、俺は買った分だけ奴隷を救ったんだ」


 馬鹿みたいな言い訳だが、こいつにとっては言い逃れのつもりではなく、これを本気で言っているのだ。びっくりするよね。


「従順な美少女ばっかり買っといて、マジでそれはないわ。下心満載のくせして恩着せがましいのもひどい。男全般と、美しくない少女と、成人済み女性はスルーしただろ。奴隷商の単なる顧客のくせに、間違っても奴隷を救ったなんて言うなよ」


「人選はたまたまだ」


「じゃあおまえの奴隷、小汚いおっさんに変えてやるよ」


「は?」


 勇者はステータスウィンドウを開き、スワイプして奴隷のステータスを閲覧しだした。

 そこには奴隷が中年男性であることが表示されている。


 勇者は固まった。しばらく放心していたが、表示だけが変わっているのだと信じ、《異次元収納》に潜ませていた奴隷を取り出した。


「嘘だろ……」


 腹の出たおっさんが異次元空間からとぼとぼと歩いて出てきた。

 その数、五人。


 勇者は改めて固まった。


「あらら、悔ちぃねぇ~、ボクちゃん。ホラホラ、我輩にも復讐してみ。復讐して『ざまぁ』って吐き捨ててごらんよ」


「くっそーっ! いまさら謝っても遅いからな!」


 勇者は異次元空間に手を突っ込み、そこから大きな筒状の武器を取り出した。

 それはロケットランチャーだ。勇者は迷いなく我輩に撃ち込んできた。


 爆音とともに発射された弾は、透明な壁に着弾し、爆音とともに黒い煙で視界を覆った。


 この勇者、いつもは奴隷たちと連携したりして戦っているのに、奴隷の容姿がおっさんに変わったとたん見向きもしなくなった。中身が変わってないかなど確かめもしない。


 それに、我輩が何をやっても『おまえは何者だ?』と訊かないところに、本当に自分のことしか見えていないのが如実にょじつに表れている。


 とりあえず、奴隷のおっさんたちには消滅してもらった。勇者は我輩がどうなったか黒煙の向こうを注視していて、そのことにすら気づいていない。まあ、こいつは気づいたとしても無反応なのだが。


 煙が引いて我輩が健在と見るや、今度は近未来チックな銃で光線を連射してきた。その光線はすべて我輩の前にある透明な壁に接触すると消滅している。


「おまえさぁ、見苦しいから、もういいよ」


 我輩は先にD国にモノリスを落とした。

 D国をかたどった二十キロの高さを有する黒色物体。これが落ちてしまった以上、D国の国土はまったくの使い物にならない。


 そんなD国モノリスの上に、復讐ざまぁ追放勇者を転送して地上から追放してやった。


 もちろん、スキル《異次元収納》は剥奪しておいた。

 彼に選べる選択肢は、飢えて死ぬか、モノリスの端までたどり着いて落下死するかの二つだけだ。

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