第13話 我輩 VS. 異世界飲食店

 我城にまた来訪者が、現れなーい!


 このパターンけっこうあるよね。自分の使命を放棄して願いの叶え逃げをする奴。


 今回の転生者は女神のギフト《何でも一つだけ願いを叶えられる力》で《望んだものを何でも冷蔵庫から取り出せる力》を得た。

 そして、この世界のL国で自分の転生前世界の料理を出す定食屋をいとなんでいる。


 こいつは巨大な冷蔵庫を持っているので、《望んだものを何でも冷蔵庫から取り出せる力》を使えば、それこそ自由に何でもタダで手に入れることができる。

 新鮮な野菜や肉はもちろん、なんなら調理済みのホカホカ料理だって取り出せる。

 食材だけではない。調理器具も自由に揃えられるし、果ては金まで出現させられるのだ。

 もっとも、こいつは食材と調理器具以外では能力を使っていないようだが。


 というわけで、どうせ国ごと潰すけど、とりあえず嫌がらせをしに行こう。


 え? 平和に飲食店を経営しているだけだし人の役に立っているのに、なんで嫌がらせなんかするのって?


 勘違いしているようだから改めて教えてやろう。

 我輩は人間にとっては悪であり、誰かを攻撃するのに大義名分などまったく必要ないのだ。


 我輩が気に入らない奴は我輩の思うまま好きなように攻撃する。

 相手が聖人であろうと悪人であろうと一般人であろうと関係ない。

 働き者の男だろうと絶世の美女だろうと生まれたての赤ん坊だろうと関係ない。

 人間だろうと犬猫であろうと天然記念物であろうと絶滅危惧種であろうと虫であろうと植物であろうと関係ない。


 というわけで、我輩はL国に瞬間移動した。


 店は郊外にあり、知る人ぞ知る隠れ家的な存在だった。

 まずは様子見で普通に入店する。


「らっしゃーい!」


 は? らっしゃーい、じゃねーよ。いらっしゃいませ、だろうが。


 だがここでケチをつけるのはまだ早い。ジャブを打たずに、いきなりストレートを打ちたいからな。


 我輩が二人用テーブルに着くと、猫耳のウェイトレスがおしぼりと水を持ってきた。


「ご注文が決まりましたらお呼びください」


 こいつは元奴隷の獣人だ。店主が彼女のことを不憫ふびんに思い、店の売り上げを使って貴族から買い取ったのだ。

 猫耳ウェイトレスは実に楽しそうに働いている。


「待て。注文はもう決まっている。この店にあるメニューをすべて一つずつだ」


「え? ……少々お待ちください」


 猫耳ウェイトレスは店主に確認しに行った。

 まどろっこしいので、時間を早送りした。


 白いコック帽を頭に載せ、白いコックコートを着た店主が我輩に確認しに来た。

 我輩の注文が冗談ではないこと、金は持っていることなどを答えると、店主は注文をうけたまわった。


 そして、手始めにから揚げ定食、親子丼、卵焼き、ウーロン茶が順に届いた。


「らっしゃーい!」


 傭兵をやっている竜人の男が入店してきた。

 彼は我輩より先に来ていた上級吸血鬼の女の隣の席に座り、彼女に親しげに話しかけた。


「いつものでいいですか?」


「おうよ、頼むぜ」


 竜人の男は常連で、いつも焼肉定食を頼んでいる。

 ちなみに吸血鬼の女はトマトジュースを固定して、三種類のパフェをローテーションしている。


 数分後、竜人の男の前に焼肉定食が運ばれてきた。


「お待ちどう様です」


「おう、サンキューな」


 こうなることは知っていた。

 そして、我輩が動くのもこのタイミングだと決めていた。


「おい、待てよ。焼肉定食は我輩が先に注文していたんだが。なんで後から来た客に先に出してんだ?」


「え?」


 猫耳ウェイトレスが困惑していると、竜人の男がつっかかってきた。


「おいおい、少年。おまえさんの前には大量の料理があるじゃねーか。この娘は俺にもおまえさんにも気を利かせたんだ。野暮なことを言っちゃいけねぇ」


 そんなことは分かっている。我輩のテーブルにはたくさんの料理があり、何もない客に先に出しただけ。気の利いた店員だ。

 だが、我輩から言わせれば、我輩に確認してからそうすべきだ。


「我輩がこれらの料理に手をつけなかったのは焼肉定食を待っていたからだ」


「そうは言っても、一度にそんな大量には食べられないだろう?」


「いや、食べられるけど。どの品もひと口で食べられるけど」


「おいおい、嘘はいけねぇ。大人をからかうもんじゃねえよ」


 竜人の男は背が高く筋骨隆々だが、態度は紳士的だ。

 服装も白いカッターシャツと黒いスラックスで、高級レストランのドレスコードにも対応できる代物。


 しかし彼は自分の屈強さにおごりがある。

 強いのに謙虚である自分に酔ってもいる。

 そんな彼だから、実は短気で、内心では少しずつイライラをつのらせている。


「嘘じゃないぞ。実演できたら土下座して謝罪する?」


「ふん、いいぜ。そこまで言うならやってみせてもらおうか」


 我輩が口を大きく開けると、眼前の料理がすべて一瞬で口の中に吸い込まれた。店内にいる者全員が唖然としている。


 しばらくして、竜人の男がようやく口を開いた。


「いやぁ驚いた。でもよぉ、気を利かせただけの店主にそんなに強く言うことでもねぇよな?」


 はい、ブッブー。竜人の男は行動を間違えました。


「おまえが言うべき言葉はそれじゃない。我輩の手をわずらわせておいて約束を破るとか最低だな。万死に値する」


 我輩が手をかざすと、竜人の全身が雑巾のようにねじられ細切こまぎれになった。


 問答は無用だ。どうせ会話を二往復もすれば、彼は力ずくという暴挙に出ていたのだから。


「きゃあああああああっ!」


 猫耳ウェイトレスが悲鳴をあげ、客たちがバッと立ち上がり、コック姿の店主が厨房から駆けつけてきた。

 猫耳ウェイトレスは店主の胸に顔をうずめて泣きじゃくる。

 その間に貴族の男が店主に状況を説明した。


 竜人の男の様子を見て、我輩のことを話が通じる相手ではないと悟ったのだろう。店主は深みのある赤いドレスを着た女の方にチラチラと視線を送る。

 その女とは、さっき竜人と相席していた上級吸血鬼だ。彼女は店主にうなずいてみせた。


 吸血鬼はこの世界でもかなり強い部類の種族で、上級ともなれば吸血鬼特有の弱点も克服しており、その脅威的存在は意思を持つ災害とすら言われている。


「何者かは知らぬが少年よ、我々の行きつけの店で悪ふざけがすぎたな。力ずくで排除させてもらう」


「はぁ、出た出た。人気者でたくさんのファンを抱えていることをいいことに、そのファンを使って邪魔者を攻撃する奴。いわゆるファンネル飛ばし。卑怯者め。自分で挑んで来いよ」


 吸血鬼の女が店主をかばうように近づいてきた。

 こいつもこいつで正義感を振りかざし、仲裁に入ることで悦に入る厄介ファンだ。

 こいつは店主が目配せせずとも横からしゃしゃり出てくるつもりだった。


「後悔しても遅い。上級吸血鬼の私が――」


 我輩は吸血鬼の女をテキトーな恒星の中へとワープさせた。

 彼女は陽の光など吸血鬼特有の弱点をすべて克服した不死身の存在だが、恒星の中ではひたすら焼かれ続け苦しみ続けるしかない。

 もちろん、我輩なら不死を無視して殺すことも可能だが、害悪ファンネルに「後悔しても遅い」をそのままお返ししてやったのだ。

 我輩と店主の問題に横槍を入れた報いだ。


 それから、貴族の男を含めた他の客全員の口と鼻を消してやった。

 全員苦しみもがいた末に窒息死した。


 残ったのは店主の男と猫耳ウェイトレスだけ。

 猫耳ウェイトレスは相変わらず店主の胸に顔をうずめていた。

 店主は茫然自失ぼうぜんじしつ状態で立ち尽くしている。


 そんな店主に我輩が厭味いやみを言う。


「我輩は夢を追う人間は嫌いじゃないよ。でもさぁ、おまえさぁ、なんで女神のギフトを自分の夢を叶えるために使っちゃったの? それ、世界平和のために戦うっていう約束でもらったものでしょ?」


 我輩の問いかけに店主は無言を貫いた。

 彼には答えられない。答えようがない。

 できてしまったからやっただけ。魔が差しただけ。

 たくさんの人を幸せにしているのだと言い訳して自分の欲望を正当化し、小さな罪悪感を塗り潰したのだ。


 我輩は異世界飲食店を店主と猫耳ウェイトレスごと燃やし尽くした。


 これはもちろん、制裁や粛清しゅくせいたぐいではなく、ただ単に我輩がしたいことを実行しただけである。

 我輩の説教みたいな言葉も、すべて単なる精神的な嫌がらせだ。


 その後、我輩は我城に戻ると、L国に国の形をした高さ二十キロメートルの黒い塊たるモノリスを落としたのだった。

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