第32話 我輩 VS. 全知全能の神

 地上はすべてモノリスに覆われ、国境は消えた。

 我城はモノリスの上にあり、地上を独占している。


 おっと、まだだった。モノリスの上に追放した者がいたな。

 永遠に転生し続ける者もいたから、まだモノリスの上に居座っている。


「しょうがねーなぁ」


 我輩は我城を訪れた者たちをすべて消滅させた。

 無限転生する大賢者や、定食屋にいた不死身の上級吸血鬼といった、いまだに死に損なっている者たちすべてを消した。


 目障りだから消したわけだが、結果的に慈悲深いことをしてしまった。

 我輩は彼らを生き地獄で苦しませるために抹消しなかったのだが、それを継続すべきかどうかを考えるほど、我輩にとって彼らの存在は大きくない。つまり、どうでもいいのだ。


 この世界のすべての人類を消し去ってスッキリした。


 いまやモノリスの上には我城がただ一つの建造物として存在し、その中に我輩とペットのモフが二つだけの生物として存在しているのみ。


 壮観だ!


 え? 寂しくないのかって?


 まったくもって寂しくないが、何を言っているのだ。

 たとえペットのモフがいなくとも寂しいなどとは思わん。


 強がっているだと?


 そんなわけないだろ。マザコン野郎やメンヘラ女と一緒にするな。

 こちとら転生前ですらホームシックになったこともないわ。


 我輩は世界中の国を一国ずつ消していったわけだが、正直なところ、そんなまどろっこしいことをせずに、すべて一瞬で消したい気持ちが出てくることもあった。

 それを我慢していたのも、すべては女神に嫌がらせをするためだった。


 さて、大地はモノリスによって滅んだわけだが、女神が次に勇者を転生させることができるのは、このモノリス上か海か空しかない。

 転生場所によっては、女神のギフト《何でも一つだけ願いを叶えられる力》を使う前に死んでしまう。


 おや、女神のやつ、上司の神に泣きついているではないか。ついに音を上げたのだ。


 何度勇者を転生させても我輩に返り討ちにされ、女神は精神的に疲弊していた。

 最近では我輩への恨みを募らせて躍起になっていたが、ついに根負けしたのだ。


 あ、女神のやつ、怒られてやんの。


 女神の仕事は人間界への魔物の侵攻を止めるために勇者を転生させること。女神は仕事の成果を出せなかったのだから、上司に怒られるのは当然だ。

 しかも、事はそれだけでは済まない。我輩という魔王よりよっぽど大きな脅威を生んでしまったのだ。もはや重大事件。この問題を引き起こした責任は重い。


 女神は引き続き使命を果たすよう命じられ、元の仕事に戻った。責任を放棄するなと説教されて終わりだった。

 女神は神に助けてもらえなかったが、説教をされる以上には責任を追及されることもなかった。


 女神は泣いた。転生させるチャンスが来ても見送り、仕事を放棄している。


 女神の負け。

 我輩の完全勝利だ。


 ふははははは!

 これまでは女神に直接手を下すのを我慢していたが、もういつでも処していいな。


 女神はまだ傷心中なので、メンタルが回復してきた頃合いに処しに行くとしよう。いま処したらもったいないからな。


「ぷぅぷぅ」


 モフが怯えている。珍しいこともあるものだ。我輩の庇護下にあって怯えるとは。

 全知の我輩には原因は分かっている。これから起こる事象に、モフの生物としての本能が反応を示したのだ。


「大丈夫だぞ」


 我輩がそう言って撫でてやると、ふかふかの毛を寝かせてモフは眠りについた。


 そして、さっきモフが恐れていたことが我城を襲う。


 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!


 大地が揺れる。大地が揺れて、モノリスごと我城を揺らしている。

 マグニチュードで言うと11の地震。震源は我城の直下。


 広大な海から次々と山が顔を出し、噴火してマグマを飛ばした。

 狙いすましたように射出された溶岩が我城に降り注ぐ。


 ――ゴロゴロゴロ、ゴガガガァアアアアアアンッ!!


 空を黒雲が覆い、まばゆい光と轟音ごうおんをともなって、特大の雷が空気を切り裂き我城へと直撃する。


 まだまだ終わらない。ピンポイントに我城を狙った災害が続く。


 二十キロメートルというモノリスの高度を越えて、巨大津波が我城に海水を打ちつける。

 津波が持ち上げていた沈没船や海洋モンスターが波と一緒に体当たりしてくる。


 激しい竜巻が四方から我城を削り取らんと迫ってきて、我城の座標で合体した。


 巨大隕石が三つほど降ってきて我城に直撃した。


 隕石は海にも落ち、海水面の高さを引き上げる。さらにモノリスごと地盤が沈んで我城の海抜が下がっていき、ついにはモノリス上が浸水した。


 もちろん、我城は無傷だし、城内への浸水はない。


「うっとうしい!」


 我輩は新たなモノリスを落とした。それは、この星のすべての海を覆うもの。


 ゆえに、この星の地表すべてをモノリスが覆った。

 モノリス上にあふれた海水はすべて消滅させ、さらにモノリスの上にモノリスを重ねて空も消し、我城を外側モノリスの上に瞬間移動させた。


 これでこの星は完全にモノリスで覆われた。水もなければ大気もない。地殻の上にモノリスだけが存在する星。我城の窓からの景色は宇宙空間。


「はぁ……」


 この状態はこの状態で構わないのだが、これは我輩の気分で模様替えをした結果ではないので、ただその点だけが不満だ。


 よって、その原因にお仕置きをする必要がある。


「おい、いまから行くからな」


 我輩がそう言って睨みを利かせると、向こうから我城を来訪してきた。


「失礼するよ。我輩殿、ちょっと話をさせてもらいたいのだが構わんか?」


 来訪者は神である。全知全能の神。

 白い一枚布を巻きつけた姿の、波打つ白い長髪のジジイだ。


「構わんぞ」


「もう身を引いてはくれぬだろうか?」


 神の声は弱々しかった。我輩の答えはこいつも知っている。

 それでもこうして会話をしているのは、女神みたいな観測者にリアルタイムで情報を共有するためだ。


「ちょっかい出しておいて敵わなかったから下手に出るって、虫がよすぎるんじゃない? 神のくせに人間みたいなことするね」


 我輩が怪訝けげんな表情を向けると、神は気まずそうにうつむいた。


 さっきの地震やら津波やらの自然災害は神が我輩を攻撃したものだ。神も我輩を倒せるとは思っておらず、どうにかこの星から追い払えないかと試みたにすぎない。

 ただし、それらの攻撃はこれまでのどの勇者よりモフが恐怖したものだった。


「申し訳なかった。このとおりだ」


 神は腰を九十度に曲げて深々と頭を下げた。


「い、や、だ。おまえの部下の女神が悪い。ひいては上司のおまえも悪い」


 ふーん、土下座はしないんだ、などと思いつつも、土下座したところで我輩の答えは変わらない。我輩は絶対に身を引かない。


「本当に申し訳なかった。どうしても駄目か?」


「どうしてもだ。仮に我輩が身を引いたとしても、ここにあるモノリスはずっとここに居座り続けるぞ。たとえ全知全能の神だろうが、全能かつ絶対優位の我輩が出したモノリスは消せない。おまえ、この星をどうするつもりだ?」


「どうにかモノリスも消してほしい。駄目ならもうこの星はやるから、ほかの星には手を出さないでほしい」


「それも嫌だね。我輩は《全知全能最強無敵絶対優位なる者》だ。ありとあらゆる世界において、我輩こそが最上位の存在となった。もう我輩を止められる者はいない。我輩は我輩の思うがまま、好きなようにする」


 神の諦めが、ため息として吐き出された。背筋が曲がり、なで肩から両腕が力なくぶら下がる。


「我輩殿、この後はどうするおつもりか?」


「気まぐれだ。この星のモノリスを消すかもしれんし、ほかの星をモノリスで潰すかもしれん。既存の宇宙を消したり新しい宇宙を創ったりするかもしれん」


「特に決めてないのなら、少しくらい融通してくれてもよいのではないか?」


「駄目だ。あ、おまえの全知でも知られないようにしていたことだが、これから確実にやることはいくつかあるぞ」


 神が落ちくぼんだ目を見開いて我輩に視線を注ぐ。


「それは気になっておった。未来が見えんのは、やはりお主が隠しておったのだな。して、それを教えてくれるというのか?」


「ああ。これからおまえを消し、それから神の世界、つまり神界を消す。もちろん、ほかの神々もろともな」


「なんと!」


 神は絶望し、失意のあまり自ら消滅した。


「逃げんな」


 我輩は神を復活させ、恐怖を与えてから改めて我輩の手で消滅させた。


 そして、神界を消滅させた。


 女神一人を除いて、神という存在がすべて消え去った。

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