第31話 我輩 VS. ギャグ漫画の住人
我輩の元に招待状が届いた。
我輩が世界中の国をモノリスで潰しまくったせいで、転生者の転生する先がなくなり、女神は転生者に好きな世界に転生させることにした。
その結果、今回の転生者は自分のバイブルだと称するお気に入りのギャグ漫画の中に転生したのだった。
もちろん、女神は我輩を倒してもらうためにそいつを転生させたので、そいつが我輩に招待状を出したのは女神の指示であり、招待状を世界を越えて転送したのも女神である。
「まったく、転生者を転送しろよ。なんで我輩が出向かなきゃならんのだ」
我輩は膝上のモフを撫でながらそう独り事を呟いた。
当然ながら我輩がその招待状を無視することもできるし、無理やり転生者のほうを我城に召喚することもできるのだが、招待状には「ギャグ漫画の中でなら絶対に負けない」などと
「モフ。ちょっと出かけてくるから、おまえは留守番していろ」
「ぷぅぷぅ」
我輩は立ち上がってペットのモフを玉座の上に下ろし、瞬間移動と同じ要領で転生者のいるギャグ漫画の世界へと世界間移動をした。
移動した我輩の眼前には長い昇り階段がある。
それは黒い石階段で、その上に赤い絨毯が敷かれている。
まるでゲームのラスボス部屋に通じる階段だ。
しかも、階上からはピアノの音色が聞こえてくる。
クラシックを思わせる
なんともギャグワールドに似つかわしくない雰囲気だが、何のためにこんな舞台が用意されているのか、我輩にはすべて筒抜けだ。
瞬間移動すれば早いところ、我輩は親切にも階段を登ってやる。
そして、登りきった先にある扉を開き、中に入る。
シックな雰囲気の部屋の中央でタキシードを着た男がピアノを弾いており、我輩が到着したことを察し、曲を終止符へと導いた。
――ターン! リンリンリン。
ピアノの音がやんだところで、軽快なタンバリンの音が部屋に響いた。
そのタンバリンを鳴らした奴こそが転生者であった。ピエロばりに派手な格好をしている。タンバリンはピアノの演奏をぶち壊す暴挙のつもりだ。
なお、ピアノ奏者はまったく関係のないただのピアニストである。
男がタンバリンをタンタンッと叩くと、ピアニストはお辞儀をして部屋を出ていった。
「えぇっ!? クスリともしないじゃん!」
「そりゃあ知っていたからな」
普通の人なら「ピアノが台無しじゃん!」と言って笑うところか。
「知ってたんかい! あ、こっちもツッコミ待ちだよ」
男は両手を広げ、仰け反りながらツッコミを披露した後、我輩を指差してツッコミを要求してきた。
「『転生者はおまえかよ!』って? おまえ、お笑いを舐めてんのか? ツッコミが必要なら自分で相方を用意しろよ。自分の落ち度を他人のせいにするな」
「ぐう! その意見にはぐうの音も出ませんわ。て、『ぐう』言うとるやないか! くそっ、こうなったら、おまえなんか落ちてきた豆腐に潰されて死んでしまえ!」
タンバリン男が再び我輩を指差すと、鋼鉄の豆腐が男自身の上に降ってきて潰された。
それから豆腐が消滅し、ペシャンコになっていた男がビヨーンと伸びて元に戻った。
「自分に落ちるんかい! あ、死んだと思った? 死にましぇーん! 死んだように見えてもギャグで片付くから無敵なんですぅ!」
こいつの自信の源はここから来ているのだ。だから自分の土俵に我輩を来させなければならなかった。
もっとも、我輩にかかればそんなのは無視してタンバリン男を殺すこともたやすいのだが。
「我輩に無駄な時間を取らせるな。さっさとかかってこい」
「やい! 世界感にそぐわないことを言ってギャグの雰囲気を潰すのズルいぞ!」
「ズルい? 我輩はおまえの土俵に立ってやると言っているんだが。おまえは女神から我輩が《全知全能最強無敵絶対優位なる者》であることを聞いたな? その我輩をこの世界でなら倒せると言うから、わざわざ出向いてやったのだ。で、どうやって我輩を倒す気だ?」
「お笑いで勝負だ! あんたが負けたら、あんたは自害してくれ」
タンバリン男はまたしても我輩にビシッと指先を向けた。
「構わんが、勝敗はどうやって決めるつもりだ?」
「先に相手を笑わせたほうが勝ち、でどうだい? ギャグでも漫才でもコントでも何でもいいから、とにかく相手を笑わせるようなことを交互にやる」
どんだけ自分のギャグセンスに自信があるんだ、こいつ。前世は芸人でも何でもない一般人だったくせに。
「やめておけ。我輩は絶対に笑わない。そして我輩なら強制的におまえを笑わせることができる。ギャグなんぞ無意味だ。主観的な基準の勝負ではおまえに勝ち目はないぞ」
親切な忠告に感謝してほしいものだ。
わざわざ出向いたからには、徹底的に相手の土俵で戦ってやろうではないか。
「くっ、何でも全知全能で片付くのズルすぎだろ。ま、こっちもギャグで片付く無敵世界にいるから、人のことばかりは責められんけど」
「我輩とおまえを同列にするな。で、勝負方法は?」
タンバリン男は目を閉じて腕を組み、
しばらくすると、右の拳で左の手のひらをポンと叩いた。閃きの喜びで目だけでなく口も開いていた。
「ダジャレ勝負でどうだ!? あ、まさかあんた、ダジャレを聞いた瞬間に反射的に『寒い』とか『は?』とか言って白けてみせるナンセンスな輩じゃないだろうな?」
「我輩はそれほど無粋ではない。いいだろう。それで勝敗の決め方は?」
「どちらかが先にダジャレを言って、それを採点する。その後、三分以内により優れたダジャレを言う。交互にそれをやっていき、先により優れたダジャレを言えなかったほうの負けだ。採点はレイボン式ダジャレ評価基準を使う。この評価基準、知ってるか?」
「ああ、知っている。勝負の方法もそれでいい」
レイボンとは、この世界を成すギャグ漫画の作者レイボン氏であり、レイボン式ダジャレ評価基準とは、彼が考案して漫画の中で使用したダジャレの採点法である。
レイボン式ダジャレ評価基準は以下のとおり。
〇技術点(客観評価)
①ダジャレ成分の文字の長さ(加点方式)
ダジャレ部分が長いほうが高得点。
「ダジャレ成分の文字数×5点」
例:カッコウの格好 → かっこう4文字×5点=20点
②コンボ数(加点方式)
ダジャレ成分の単語が何回出てくるか。多いほうが高得点。
「ダジャレ成分の単語の出た回数×5点」
例:庭には二羽鶏がいる → 「にわ(には)」× 4 → 4回×5点=20点
ただし、単語の意味が同じ場合は0点。
例1:足が足かせになる → どっちも足の意味が同じ
例2:石がストーンと落ちる → 石もストーンも同じ石
また、ダジャレ成分の読みが似て非なるものは0点。
例1:ダジャレを言ったのは誰じゃ → だじゃれ と だれじゃ で単語が一致しない
例2:カッコウの学校 → かっこう と がっこう で単語が一致しない
③文章中のダジャレ成分の多さ(基準10点から増減)
ダジャレになっている部分が文章のどれくらいを占めるか。無駄が少ないほうが高得点。
「ダジャレ成分の文字数 – 非ダジャレ成分の文字数」だけ10点に加点。
文字数はひらがな換算。最低点は0点。
例1:アルミ缶の上にあるミカン
→ダジャレ成分:10文字、非ダジャレ成分:4文字
→10 – 4=6 → 10点に6点加点で16点
例2:カッコウの格好
→ダジャレ成分:8文字、非ダジャレ成分:1文字
→8 – 1=7 → 10点に7点加点で17点
〇芸術点(主観評価)
④ダジャレ成分の難易度(10点/減点方式)
ダジャレを文章に組み込む難易度が低いと減点。最大10点。
知名度の低い固有名詞、人名、会話の語尾(~じゃ、~だわ)などは減点対象。
例:タナー君、棚を蹴ったな?
→人名のタナーはいくらでも作れる。後半は会話の語尾で簡単にダジャレを作れる。
→ 2点
また、ダジャレ成分の読みが似て非なるものは0点。
例:ダジャレを言ったのは誰じゃ → だじゃれ と だれじゃ で単語が一致しない
⑤文章の自然さ(10点/減点方式)
作った文章に無理やり感があると減点。最大10点。
例:マウスを買ってきまうす
→無理に語尾を変形して合わせている。
→ 0点
⑥オリジナリティ(20点/減点方式)
すでに有名なもの(使い古されたもの、早口言葉など)は減点。最大20点。
直感的な判断となるが、判断が難しい場合はすでに使われていないか調べる。
〇総合点
総合点=技術点+芸術点
というわけで、我輩はタンバリン男にルールの最終確認をする。
「芸術点は主観評価だが、ここには第三者がいない。評価は技術点のみにするか? 全知の我輩であればレイボン氏の主観評価をひっぱってくることも可能だが、それはおまえが我輩の言葉を信じるか次第だ」
「ここまでこっちの土俵に上がってくれたんだ。あんたのことを信じるよ。芸術点も含めた総合点でいこう。先攻は譲る。お手並み拝見といこうか」
そういうわけで、我輩はダジャレを一つ披露した。
「トマトと的とマトン」
このダジャレの評価は以下のとおり。
〇技術点
①ダジャレ成分の長さ
トマト:3文字 → 3×5=15点
②コンボ数
トマト と的 とマト ン:3回 → 3×5=15点
③文章中のダジャレ成分の多さ
10 + ( 9 – 1 ) =18点
〇芸術点
④ダジャレ成分の難易度
並列の「と」で少し強引につないでいる部分が2回あるので10点から2点減点
→ 8点
⑤文章の自然さ
「トマトを的に当てるゲームの商品がマトンである大会の準備物一式」という説明が考えられなくもないが、トマト、的、マトンの3つに関連性が小さいので10点から5点減点
→ 5点
⑥オリジナリティ
過去にレイボンがこのダジャレを聞いたことがなく、簡単に思いつきにくそうなので原点なし
→ 20点
〇点数
技術点合計=48点、芸術点合計=33点、総合点=81点
「我輩のダジャレは81点だ。これより優れたダジャレを三分以内に言えなければおまえの負けだ」
「えっ、ちょ……。そんな高得点のダジャレ思いつきませんてぇ!」
この日、この漫画世界はタンバリン男とともに消滅したのであった。
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